第49話 勇者さんは情緒不安定
前回までのあらすじ!
おっさん勇者は常に一言多い。
丸一日を休息にあてた日の翌日、俺はルナに見送られてシュトゥンのあとに続く。ルナの個室を出て無人の牢屋に入り、シュトゥンは奥の壁を片手で押した。
ガゴっとコンクリートの壁が奥側に倒れる。
「おやまあ。てっきり本気で死骸を積み重ねて足場を作る気かと思ってたぜ」
あいかわらず野太い声で、シュトゥンがつぶやいた。
「それでは配給時に監守から見られてしまう。掘る方が確実だ。ルーグデンス監獄には見回りがいないからな。道具があり、そして時間さえかけられるなら、誰でもこの程度の隧道は掘れる」
どっちもやりたい仕事じゃないね。道具っつったって、ろくな道具もなかったろうに、よくもまあこれだけのものを。
俺は尋ねる。
「問題は階段のある高さにまで隧道を繋げることができるかだが、開通はしてんだろ?」
「当然だ。その点は普通の種族なら苦労しそうだが、己にとっては大した問題ではなかった。力だけはある。さすがに、そこまで掘るには四つほど月を跨いだがな」
俺は唇を歪めて笑った。
「バケモンかよ」
俺と戦ったときの傷はもちろん、ミリアスにつけられた傷さえもう見えなくなっている。肉体の頑丈さは、魔族の中にあっても他の種族を圧倒している。
シュトゥンが鼻を鳴らして微かに笑った。
「これが鬼だ」
シュトゥンは外した壁を両手で持って引き出すと、俺に顎で行けと合図をする。
「行け。隧道の出口は階段よりも遙かに上にしてある。階段に戻るにはそこから落下しろ。壁は最低限の薄さを残して砕いてある。片手で押せば崩れるはずだ」
「おい、それだと一回しか使えねえだろ。壁が外れりゃ監守に抜け道がバレる」
壁は押すことができても、引くことはできない。押したあとは当然、階段側に落ちて砕ける。俺が通ってきた隧道は、階段を通る監守から丸見えになっちまう。
「まあな」
「話が違うぜ。ルナはいつでも出られるっつってた」
「そううまい話などない。我らが女王もそれくらいはわかっているはずだ」
くそ、あの尻デカめ。騙しやがったな。
そうなると話は別だ。
「ミリアスが再び襲撃しにこないとも限らん。おまえとルナも一緒にこい。俺たち二人ならルナを守りながら上まで辿り着ける」
「そうだろうな。だが無理だ」
「何でだよ」
「いま牢に残っている者は、魔族民からなる評議会議員と穏健派の文官たちのみで構成されている善人だ。置いてはいけない」
「そういうことか……」
シュトゥンがいなくなれば戦える者がいなくなる。そうなれば全滅の恐れもある。
俺は表情を歪めた。
「……言いたかねえが、ミリアスは俺やおまえより強えぞ。対抗手段がねえ」
件の魔術、フェンリルの咆哮だ。
あれは対策もなくどうにかできるような類の魔術じゃあない。音の振動なんぞ、どう足掻いたって防ぎようがねえんだ。
それがなくても厄介な剣士だというのに、切り札にあんなもんを持ってやがったとは。
フェンリル、あのワンコロめ。あいつさえ魔力を奪われていなければ、どうにでもできたものを。
「知っている。万全であればと考えていたが、フェンリル殿の咆哮は己では防げぬ。戦意を喪失したふりをして不意でもつかねば、己は一昨日に死んでいた。おまえもな、ライリー」
「そこだよ。俺は運良くおまえに助けてもらえたが、おめえが死んじまったら結局ルナも誰も守れねえだろ」
「それでも行けない。己よりもルナがここを動かぬ」
「一か八か全員を連れ出すってのはどうだ? 二人での護衛となると、ちと頭数が足りねえが」
「承諾はしないだろうな。必ず犠牲者が出る」
まったく、頑固な尻だ。けしからん。押せば押し返してくるような弾力性は、そのでけえケツだけにしとけと言いたい。
「……いっそ気絶させて運ぶか」
「やめておけ。目を覚ましたあとで寝首を掻かれるぞ。そういう女だ、あれは」
俺はガシガシと頭を掻いた。
「おまえ、尻デカに惚れてんだろ? じゃなきゃそこまで付き合わねえはずだ」
「ああ」
照れもせずにあっさりと認めやがった。だが、シュトゥンは付け加える。
「己が仕えるべき主は、己が決める。それだけだ」
「女としては? ケツすげえぞ? パンッパンだぞ? 枕にしたら気持ちいいぞ!」
「さてな。己は千を超える年月を生きてきた。時代をわたり、世界をわたり、多くの国やヒトの栄華と衰退、そして滅亡と死を眺めてきた。それゆえか、その感情はすでに失われて久しい」
顔色一つ変えずにだ。
いいね、この無骨さ。嫌いじゃない。かっけえわ。俺なら何千年生きたってぜってえ真似できねえけど。
「そうか。……じゃあもうしゃあねえなァ」
「ああ。仕方がない。仮にも己が主と定めた女だ。煉獄の底まで付き合うだろう。だが、たった一人の女のために無謀を働くことにおいては、おまえほどではないと思うがな」
「う、ううううるせえなっ」
それに引き換え、俺の俗物ぶりよ……。なんでこんなに違うの~……。
だが、それがなきゃあ、俺は戦えねえ。これでいいんだ、俺は。
そもそも俺がどうこう言えることじゃなかった。シュトゥンの言う通り、俺も相当アホな部類だから。ルランゼのために単身敵地に乗り込むくらいだ。危険度に関して言えば、俺の方がよほど狂っていた。
そういや誰かが言ってたっけか。恋をすれば頭が悪くなるって。
だがまあ、持論を展開させてもらえりゃ、その状態が愛なんだろうなっていまならわかるよ。ルランゼならともかく、シュトゥンなんぞに語って聞かせることでもねえけどな。
いや、やっぱここは愛の伝道師として懇切丁寧に聞かせてやろう。そして取り戻してやるんだ。シュトゥンに、胸を焦がすほどの感情ってやつを。
「あのな、シュトゥン。その状態こそが愛――」
「さっさと行け。男が喋りすぎだ」
「うぃ。ほなサイナラ!」
ン何だよこいつぅ! いまいいこと言おうとしてたのにィ!
俺が借りた魔導灯を掲げて隧道に足を踏み入れると、すぐにシュトゥンが声をかけてきた。
「待て」
「何だよ。やっぱ俺のいい話を聞きたいんだろ?」
「訳のわからんことを言うな。忘れていた。これを持っていけ」
シュトゥンが俺に何かを投げた。それは俺の皮膚一枚を掠めて、細い隧道の壁にビィンと突き刺さる。
「危ねえだろうがっ!! おめぇぶっ殺すぞコノヤロー!」
「サーベルタイガーの牙を水場で二日かけて削り、磨いておいた。おまえの包丁と長さは変わらんし、攻撃を受けるには少々軽すぎるが、魔力付与がなくとも折れん。包丁一刀よりは良いだろう。持っていけ」
「あ、はい。あざっす」
優しい……。好き……。
「あ~、念のために聞くが、おまえにもミリアスに対抗するための武器はあるんだな?」
「足を滑らせた監守の折れた槍や錆びた剣が多少ある。十分だ」
折れた槍に錆びた剣ね。あの小僧相手にゃ役に立ちそうにはない。
しゃあねえ。道々で監守の武器を落としてやるか。
「じゃ、ありがたくもらっとくぜ~」
「ああ。ではな。軍神毘沙門天の加護があらんことを」
「……どちらさん?」
軍神? 戦神ガリアじゃねえの? 故郷の神か?
「さてな」
しばらく見つめ合う。
「じゃあな、シュトゥン。簡単にくたばるんじゃあねえぞ」
「おまえもな。友よ」
「カッ! そいつになった覚えはねえが、そのうち上で酒でも飲もうや。ウォルウォっておっさんとこに美味え酒があるんだ。ちょいと強めのな」
「知っている。あれはきついが美味いな。やつは壮健か?」
「おう。魔王城から早めに追放されたおかげで強硬派に狙われることもなく、元気にクク村で娘に集る馬の骨どもをぶん殴ってるよ」
「やつらしいな」
そうか。同じ穏健派か。
それっきりだ。もう振り向かねえ。後ろ手を振った。
俺は魔導灯を頼りに隧道の急斜面を小走りで登っていく。背後で隧道の入り口が閉ざされる音が聞こえた。シュトゥンがコンクリート壁を戻したのだろう。
巨体の鬼が通れる広さだけあって、なかなか快適だ。進むほどにわずかに螺旋を描きながら登っている。ルーグデンス監獄の壁ん中だ。当然そうなるだろう。
やがて行き止まりに辿り着く。
そっと手で壁を撫でると、微かに揺らいだ。
「ここか」
時刻は深夜。配給の監守はこない。
俺は右足に魔力を纏わせると、思い切り壁を蹴り抜いた。鈍い音が響き、砕けたコンクリートが遙か下の螺旋状階段へと散らばって落ちる。
階段までの高さは成人男性が五人分ってとこだ。五点着地は使えねえな。転がったらまた腐肉のエリアに落っこちちまう。
全身に魔力を纏い、俺は飛び降りた。両足のみで着地する。
魔導灯の光に慣れたためか、闇がまた見えなくなった。
けれども俺は穴の底を見下ろす。そこにまだ鬼がいる気がしてな。
「……くたばんじゃねえぞ」
そうして俺は地上を目指し、走り出した。
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