第46話 勇者さんはイカれてる
前回までのあらすじ!
男性が女性から言われて一番傷つく言葉は「キモイ」に決定しました。
剣戟――!
俺は扉を持ち上げて開けると同時に身を入れ、すぐさまそれを閉じた。足で腐肉を掻き、扉を埋めて隠す。
屍肉の敷き詰められた円形のフロアでは、熾烈な戦いが繰り広げられていた。一方はシュトゥンで、もう一方は――何者だ?
フロアの外周、四箇所には炎が灯っている。
魔導灯の白い光を出す炎じゃあない。燃えているんだ。死骸が。炎は不自然に他の死骸には燃え移らず、さりとて消えることもない。
おかげで闇に慣れていない俺の目でもその光景を見ることができた。
おそらくあれは魔法の炎だ。魔族は金属や土以外にも、炎や水ですら魔術によって加工する。ルランゼは以前俺にそう教えてくれた。
目を凝らす。
「誰だ、ありゃあ……?」
三バカがルーグデンス監獄に派遣されるかもしれない、とは思っていたが、そこにいたのは、女と見紛うばかりの金色の長い髪をした美麗な剣士だった。
見窄らしい俺の穴あきローブとは正反対に、煌びやかな意匠の施されたマントを羽織っている。まるで人魔を問わず貴族のような出で立ちだ。間違っても監獄に着てくるような衣装ではない。
そいつは長い髪とマントを振りながら、曲剣のような形状の細剣で次々と斬撃を繰り出す。
流水の軌道だ。たとえ剣でそれを防げたとしても、受けた刃の上をゆるりと滑らせ、懐まで潜り込ませる型。なるほど、そのための曲剣だ。
シュトゥンの腹部から鮮血が散った。
「む……う……ッ」
サーベルタイガーの牙で応戦するシュトゥンは、防戦一方だ。
俺と戦ってたときとは違って、あきらかに動きにキレがねえ。と言いたいところだが、どうやら苦戦の理由はそれだけじゃあなさそうだ。
「六千将の鬼族とは聞いていましたが、所詮はこんなものですか。つまらないなあ」
まるで新月のような軌跡を残して、青年の斬撃は鬼を追い詰めていく。華奢にすら見える肉体で、己の倍はあろうかというシュトゥンを翻弄する。
あの青年が何者かは知らないが、いまルナの護衛であるシュトゥンを失うわけにはいかない。
「底が見えたので、そろそろ終わりにしましょうか」
「む……っ」
距離を取るため、シュトゥンがバックステップを切る。だが青年は追わず、ただ剣を持たない左手を掲げるのみで。
「――無駄ですよ」
直後、シュトゥンの背後にころがっていた死骸が、爆ぜた。背中から爆風に煽られたシュトゥンが前のめりに膝をつく。
「ガ……ハ……ッ」
さっきの爆発はあれか。炎の系列魔法なんだろうが、爆破は見たこともねえな。
「どうやらあなたには喰らうだけの魔力もなさそうだ。それでは、さようなら」
魔力喰い!? まさか、フェンリルの!? こいつか!
青年が膝をついたシュトゥンへと踏み込むと同時、俺は足下にあった頭蓋をやつへと向けて蹴り上げていた。
シュトゥンの頸部を狙って繰り出された斬撃の軌道が急激に弧を描いて変化し、俺の蹴った頭蓋を真っ二つに割る。
青年の視線が俺に向けられた。
「無粋な。果たし合いの邪魔をするだなどと、これだから蛮族は」
「まーなんだ。邪魔して悪いんだが、ちょいと訳ありでな。そいつをいまここで殺させるわけにゃいかねえんだ。勘弁してくれや、ボウズ。……で、いいんだよな? それとも嬢ちゃんかぁ?」
挑発だ。やつの意識をシュトゥンから俺に向けさせる。
だが実際に、目鼻立ちまで美しい。まるでハイエルフ族のようだ。耳は尖ってねえから、おそらくは魔人族か、あるいはフェンリルの言った通りに人間族だとは思うが、いずれにせよかなり中性的な顔立ちをしている。
油断はできねえ。深傷を負っているとはいえ、あのシュトゥンを平然と追い詰めたのだから。
だがそいつは。
俺を見るなり眉根を寄せ、困惑の表情を見せた。
「……何でこんなところに……?」
しばしぽかんと口を開けて呆然とした後、青年は突然無邪気に笑い出す。
「あは、あはははははは! まさか本物? 嘘でしょう!? あははははははは!」
「何だよ。ヒトの顔見て笑うなよ。そりゃあよ、おまえさんに比べたらちょいと無骨な作りだろうが、俺のこのダンディズムに溢れたツラだってそう捨てたもんじゃ――」
「失礼ですが、あなた、ライリー・キリサメですよねっ!?」
「お、ああ? ええ~……?」
誰ぇ~……?
「どっかで会ったかあ? 最近忘れっぽくてよ」
「いえいえ。知らなくて当然。私にとってかつてのあなたは天上人でしたから」
俺が天上人? てことは勇者時代の知り合いだよな。当時の俺はルーグリオン地方には踏み込まねえ主義だったから、人類領域の――。
「おまえ、やっぱ人間か?」
「そうですよ。あなたと同じ人間族です」
やはりフェンリルから魔力を奪ったのはこいつらしい。
なるほど、やり方は知らんが魔族の魔力を奪ったからこそ、俺が見たこともなかった爆破魔法や、消えない火の魔術を使えるようになったってことか。
面倒だな。ああ、面倒だ。
「ああ、これは失礼。偉大な先輩を前に申し遅れてしまいました」
「先輩?」
そいつは大仰な仕草で右手を胸にあて、俺に頭を垂れた。
そうして言ったんだ。その名を。
「――王都ザレス中央教会聖堂騎士団第一大隊“神槌”の副隊長を務めておりました、ミリアス・リオルグと申します」
「うえ――っ!?」
俺が驚いたのはやつが人間だということでも、あのムカつくカザーノフ大司教の聖堂騎士団所属だということでもない。こいつがたったいま名乗った名だ。
それはつまり、同姓同名でないのであれば。
唇をゆるめてにこやかな表情を作り、青年は言った。
「ご存じないかもしれませんが、あなたの後任勇者です」
「……やっぱりか。おいおい、領域侵犯で魔族を無差別に殺し、ジルイールの怒りを買った結果、魔王軍の侵攻によって踏み潰されたって聞いたがねぇ」
勇者ミリアスは死んだはずだ。俺はその話を人類領域の瓦版で確認した。
だがまさか人類の新たなる勇者が死を偽装してまで、魔王軍の側近団入りを果たしていただなどと、誰が思いつくものか。あげくフェンリルから魔力を奪い取り、偽物の魔王の手足となって動いていたとは。
何なんだ、こいつは?
まさか工作員か?
いまの偽魔王は人類の傀儡なのか?
「ああ、表向きは死んだことになっていますね。というか人類領域ではそうなってますよ。“神槌”の隊員にはそう見せましたから。死んだようにね」
「ガイザス王やカザーノフの糞野郎は知っているのか?」
厳王ガイザスはともかく、カザーノフ大司教はミリアスの直属の上官だったはずだ。
だがミリアスは事も無げにこう言った。
「アタマの不出来な脳筋王も、小狡いだけが取り柄の鼠司教も知りませんね。私が死んだと思ったままでは? わざわざ丁寧に灼いた偽の死体も用意しましたし」
何なんだ、これは。人類王家の暗躍ではないのか。
だったらあの偽魔王はどこからきたやつなんだ。
「おまえ、なぜこんなところにいやがるよ」
「そっくりそのまま質問をお返ししますよ、先輩。人類領域では、私という勇者を失ってあなたを求める声が高まっているのでは? といっても、あちらに帰ったところでもう人類に未来はありませんがね」
「どういう意味だ?」
「滅びますよ、もうすぐ。魔族領域と人類領域の狭間、人類各国の防波堤になっているのは厳王ガイザスとザルトラム王国でしょう。ところがもう王都ザレスは陥落寸前だ。そうなれば魔王軍の侵攻を止められる国はもうありません。あとは蹂躙されるだけ。人類は滅びます」
俺は訝しげに尋ねる。
「おまえはそれを止めるために単身でルーグリオン地方に潜入したのか?」
「先輩こそ、そうなのでは? 狙いは魔王の暗殺ですかあ? いま思えば、前線都市ガルグで魔王の寝所にまで潜ったのは先輩なんでしょう? だって他にそんなことができそうな人間はいませんからね! ……あ、私がいましたかっ」
厄介だな。口まで達者だ。軽口に見せながら、どうにか俺から情報を引き出そうとしてきやがる。
さて、どうこたえたものか。偽物の魔王なら暗殺とこたえても別に構わねえ。が、こいつ、どこまで現状について知ってやがる。
つか、全部わかってて偽魔王の側近団にいるんだよな。
十中八九、あっち側だ。そもそも追っ手じゃなきゃ、こんなとこまで入ってこねえだろ。
「先におまえがこたえろ。俺が先輩。おまえが後輩。クビんなったからって、そこんとこの関係は変わんねえかんなっ」
我ながら小物のような物言いだが、ミリアスは肩をすくめた。
「正直、秘密にすることでもないので何でも言いますよ。他でもないあなたにはね」
だがそう言ったはずのミリアスが、俺に向けて曲剣の切っ先を持ち上げる。
「――っ」
「まあでも、そちらで死にかけている鬼もやきもきしているみたいですし、殺し合いながら、というのはどうでしょうか」
視線をシュトゥンへと向けると、やつは壁を背に胸を押さえて呼吸を荒げていた。さすがに血を流しすぎだ。治療が必要だろう。だが、ミリアスの前で地下へと続く扉を開けて見せるわけにはいかない。それはシュトゥンも承知しているはずだ。
「どこを見ているんです、先輩。背中から斬りかかっちゃいますよ」
ざぁっと空気が変わった気がした。ミリアスを中心として広がり続ける闇に呑まれるような感覚だ。かなりの剣圧を感じる。
フェンリルから魔力を奪ったというだけでただ者じゃあないのはわかっちゃいたが、舐めてかかれる相手じゃねえことはたしかだ。
もう何が何だか。
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