第44話 禁術なる封印術
前回までのあらすじ!
囚人さんの弱点は酒。
ルランゼ――!
気づけば俺は引き寄せられるように、彼女へと走り出していた。シュトゥンの制止の声がしたが、その声が、言葉が何を意味しているのかさえ理解できないほどに全身が痺れて、彼女を求めていた。不覚にも涙が出そうになっちまった。
自分が思うよりもずっと、望んでいたんだ。この瞬間を。
手の届く距離にルランゼがいる。いるんだ。そのぬくもりが欲しくてずっと走り続けてきた。だから手を伸ばす。
「ルラ――」
俺は両腕で彼女を細い身体を掻き抱く――寸前に右腕を白魚のような手にそっと取られて、足をベシッと払われ、地面と逆さになってポ~ンと空中に浮いていた。
「おお?」
彼女は俺の腕を両手でつかんだまま膝を曲げ、俺を脳天から監獄地下牢の固い地面に叩き下ろす。
「せいっ」
「んがッ!?」
ゴスン、と音がして背中から地面に落ち、俺の意識は途切れた。
たぶん、数秒くらいだが。
一瞬で意識を再起動して、俺はムクリと上体を起こす。俺のすぐ目の前には、監獄女王様の下半身があった。
俺はそれをとにかく凝視しながら言ってやった。
「ン何すんだおめぇ!?」
「それはこっちの台詞だっ。いきなり抱きつくなんて不埒な真似をっ。シュトゥン、誰だよ、こいつっ。というか話すならわたしの顔を見ろ! 下半身と会話をするなっ!!」
「安産型だな。素晴らしい」
顔面に彼女の足裏が再度迫り、俺は首を傾けてそれを躱してやった。
さっきは油断してたせいで魔力を纏う暇もなかったが、いざ冷静になりゃ素人の蹴りだ。あ~あ~、スカートん中まで丸見えだ。性格なのか、本人はあまり気にしちゃいねえみてえだが。
「く……! 避けるな!」
俺はあぐらを掻いたまま、ふて腐れるように膝に肘を置いて頬杖をついた。
「い~い眺めだよ、くそったれ」
「なんだと!」
頭が曇る。だが霧は一瞬で晴れた。
わかったんだ。ここまできてまた空振りだってことがな。
監獄にルランゼはいない。それどころか、前線都市で得たこたえまでもが間違いであったと気づいた。
振り出しだ。
俺は二発目の蹴りが飛んでくる前に立ち上がり、シュトゥンを振り返る。件の鬼は右の大きな掌で顔を覆って、呆れたようにため息をついていた。
「己は止めたぞ」
「……うるせえ。俺はいま機嫌が悪い」
目の前の女王が怒りの声をシュトゥンにぶつける。
「……っ。こういう輩は皆殺しにしたって言ったのに、何でまだいるんだっ!! おまえ、それでも魔王の側近か! 旅団長であれば任を果たせ!」
「面目次第もございません。ですが、この男はその手の輩ではありませぬゆえ」
旅団長。魔王軍兵士およそ六千の将を務める、魔王軍でも十体しか存在しない最高位の将軍だ。道理で強えと思ったぜ。
いや、そんなことよりもだ。もうわかってんだ。わかった。
さっき彼女の下半身と会話をしたときだ。
俺は大きなため息をついた。
「前は乳がでかかったが、今度はケツがでけえんだよなぁ~……」
「な――っ!?」
かぁ~と監獄女王の顔が染まった。
羞恥ではなく怒りにだ。憤怒の形相をしている。シュトゥンよかよほど鬼だ。こういうところもルランゼとは違う。
けれど俺は臆することなく、監獄女王に尋ねた。
「先に名乗るが、俺は元勇者のライリーだ。あんたは?」
「勇者!? ふざけるなッ、貴様に名乗る名など――ッ」
「いいからさっさとこたえろッ!!」
声を荒げた。いや、荒げてしまった。そんなつもりはなかったんだが、感情が理性を押しのけて爆発しちまった。
シュトゥンも女王も絶句している。
このときの俺は、いまにも暴発しそうな感情を、かろうじて、本当にかろうじて抑え込んでいたからだ。
「いや、すまん。怒鳴るつもりはなかった。……だが、頼む。こたえてくれ、ルナ・ジルイール」
「……ッ! なぜわたしの名を――」
ルナがシュトゥンを睨むも、シュトゥンは首を左右に振った。
俺は彼女の正体をシュトゥンから聞かされたわけじゃないからな。わかっちまっただけだ。
「名はもういい。俺が知りてえ質問はここからだ」
俺はシュトゥンの腕を拳で軽く叩いて続けた。
「魔王の側近であるはずのシュトゥンが、里子に出されて王家を去ったはずのあんたを守ってたってことは――」
言葉が喉の奥に沈んだ。嫌な汗が額から頬を伝う。
そうして俺は、言葉を絞り出した。
「……ルランゼはどうなったんだ……?」
双子を凶兆と捉える魔族だ。本来魔王を守るべき側近が、いまは捨てられた方の妹を守っている。それが王家の血筋を絶やさぬためだとするならば、意味するところは。
最悪の想像に、俺は自分の思考を意図的に閉ざした。
ルナが眉をひそめる。
「おまえは――」
「教えてくれ……ッ」
ギリと、奥歯が鳴った。顔どころか両腕まで火照った俺は、食いしばった歯の隙間から喉を絞るように言葉を吐き出す。
けれどようやく出た声は、親を見失った迷子のガキが話すときのように、弱々しく震えていた。
「……ルランゼは……死んじまったのか……?」
耳に鼓動がうるさい。血流が血管を押し広げているのがわかる。
膝が折れて、いまにも崩れ落ちそうだった。怒りと、愛情と、悲しみと、すがりつきたい小さな希望が入り交じり、頭がおかしくなりそうだった。
「……あいつは……もう……いないのか……?」
それまで激怒の表情をしていたルナが、舌打ちをして視線を逸らせた。そして彼女は懐に手を入れて一枚の布を取り出し、乱暴に振りかぶって俺の顔面へとおもいっきり投げつける。
「拭け! 男がみっともない顔を見せるな、バカ者が!」
「ぅぅ、すぐ怒るくせに優しい……」
「や、やかましい! 優しくなどない!」
俺はそいつを手に取って顔面を拭った。ついでに鼻をかんでやった。そのまま突き返してやると、ルナが嫌そうに顔をしかめる。
シュトゥンが代わりに受け取らされて、指先で摘まみながら部屋から去っていった。たぶん洗いにいったんだろう。
なんかごめんねぇ。
「――早とちりするな。ルランゼ姉様はわたしを人質に取られて偽物の魔王に敗北し、いまはとある場所で身を潜められておられるだけだ」
「生きているのか!?」
ルナが力強くうなずいた。
冷え切った心に、小さな火が灯った気がした。俺はそいつが風に吹かれて消えないように、両方の掌でそっと包み込む。大切に、大切に。
大丈夫。まだ繋がっている。
「あたりまえだ。あの姉様が死ぬものか。姉様は禁術を用いて自らを魔都ルインの魔王城地下に封印された。わたしはそれをこの目でたしかめたんだ。あの封印術を外部から破れる者はいない」
「封印? 自分で自分を? とにかく生きてはいるんだなッ!?」
「ああ。だが、あの状況に陥られた姉様を解き放つことは非常に困難だ。偽物もそれが原因で姉様を殺せなかった。だからわたしもまだ生かされている。わたしを殺せば、姉様の封印が解けた際に人質がいなくなってしまうからだ」
禁術、封印。聞いたこともない話だが、想像はできる。
先代ジルイールとサクヤだ。禁術とチート能力がぶつかり合い、魔力嵐を作り出した。そうでもなければ、現在まで伝わる魔導技術や剣術ではあの魔力嵐を説明できない。
「あの禁術は一度かけると本人にすら解けん封印術なんだ。解除できる者はただ一人。それを発動時に術者が設定する。もしその者がどこかで死んでいれば、もはや姉様は寿命が尽きるまで二度と封印の外には出てこられないだろう。いや、寿命が尽きてもか」
「……フ、俺か」
「そんなわけがあるか! 貴様ごときが姉様の特別だなどと、つけあがるもいい加減にしろ!」
「ぅぅ、そ、そんな勢いよく否定せんでも……か、可能性はあるだろ? ない?」
ルナがうつむき、悔しそうにうつむいた。
この様子から、ルナ自身ではなかったようだ。まあそれが当然だろう。解除者をルナに設定していたら、ルランゼはいまごろもう偽魔王の手の中だ。
封印はまだ生きている。
ルナが高圧的に鼻を鳴らした。
「ふん。どのみち、本来あの術は絶対に発動させちゃだめな類のもんだ。でも、わたしが人質にされて姉様の足枷となってしまった。姉様は父の影響を強く持って生まれてきたが、わたしは母の方だったようだ。わたしには魔力が一切ないんだ。……だからわたしさえいなければ、姉様なら偽物を倒せたかもしれないのに……」
震え声でそうつぶやいたルナに、俺は首を左右に振る。
「そんなこと言うなよ。ルランゼは喜ばねえ」
「う、うるさい! わかってる!」
ルナが首を左右に勢いよく振って、長い髪に手櫛を入れる。
「そのようなことより、貴様は姉様の何なのだ? 人間族の勇者など、魔王にとっては最悪の敵であるというのに、貴様のその態度からは姉様への情がうかがえる」
「情じゃねえ。愛情だ。話せば長くなる」
「構わない。見ての通りの身でな。時間は腐るほどある」
うなずき、俺は久しぶりに楽しい想い出に浸るべく、口を開いた。
「いまからおよそ一年前の――」
「一年前!? では貴様が姉様の言っておられた例のお相手か! 噂のオアシスとやらに出向いたかと思えば、よもや敵性種族、それもこのようにしょぼくれたおっさんに心を奪われていたとは。竜を倒せるような歴戦の戦士には到底見えんし、話が合っていそうなのはどすけべだという情報だけではないか。このヘンタイめ」
理解が早ええ。まだ一言しか言ってねえのに、全部言われちまった。
そんで俺の心を踏みにじるのも早ええ。たった一瞬なのに、また泣きそうになった。
「まさか本当に貴様が封印術を解ける唯一の者なのか……?」
「言ったはずだ。可能性はあるってな」
ルナが掌で額を押さえて天を仰いだ。
「こんな不審者が……姉様、どうして……男を見る目が死んでいらっしゃる……」
「刺さるわ~、ルナちゃんの言葉。おっさんの胸にすんごい刺さるわ~」
何かこのルナちゃん、シュトゥンより俺との相性が悪そうだぞ……。なまじルランゼと顔が同じだから余計にきつい……。
でも、そっか。俺の独り相撲じゃなかったんだな。ルランゼも俺のことを、ちゃんと思っていてくれていたんだ。だからルナに俺のことを話していた。きっとそうだ。
生きていて、そして、彼女の気持ちがわかっただけでも、ここまで来た甲斐があった。
なあ、ルランゼ。俺は絶対におまえを救い出すからな。だからもう少しだけ待ってろ。二人でオアシスに帰ろう。このメイド服を持って。
「あ、いま気持ち悪い妄想してそうな顔してる!」
当たってるけど、そういうこと言うのやめろ!
尻がでけえ。
楽しんでいただけましたなら、ブクマや評価、ご意見、ご感想などをいただけると幸いです。
今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。




