第40話 地の底へと続く大穴
前回までのあらすじ!
いっつも死にかけとんな、おっさん。
こりゃすげえや!
サーベルタイガーの強くしなやかな肉体。その頑丈な毛皮につかまって、凄まじい速さで山を駆ける。風の壁を突き破り、茂みの葉を散らして、倒木を跳び越え、サーベルタイガーたちは躍動する。
それがおよそ三十体だ。ちょいと数が合わねえ分は、俺が群れのボスを殺してからレンが崖を下りてくる間に逃げちまったんだ。
だが、戦力としても足としても十分だ。
「ハッハ! 行け行け行け行けぇ!」
俺を乗せた一体を群れの中心にして、サーベルタイガーたちがルーグデンス山脈を駆けていた。風を追い越し、景色を溶かし、木の葉を舞い上げて。
最初、俺が乗るにはちと肉体が小さ過ぎるかと思っていたが、まったくの懸念だ。どうやら俺は、やつらの筋肉を未だに見誤っていたらしい。
俺のサーベルタイガーの斜め後方には、レンを乗せたサーベルタイガーが、そしてその横にはレンを下ろして身軽になったコボルトが、チャカチャカと陽気な肉球の足音を鳴らしながら続いている。
「おい、犬! ちゃんとついてきてるかあっ!? おめえがいねえと俺たちは文無しになっちまうから頑張れよ!」
「ヘッ、ヘッ、ヘッ、ヘアッ! オサーッ、オサンッポゥッ! イ、犬、アヘルッ!」
金貨袋も外してやりゃよかった。こりゃわずかな重みでも大変そうだ。血走った白目を剥きかけてやがる。野性味がすげえ。でも何かあの顔面おもしろいし、いいか。
風に掻き消されないよう、大声で今度はレンに話しかけた。
「犬のやつ、本気出しゃこんなに速く走れたんだなっ」
「さすがに必死だと思いますよっ。それに、むしろサーベルタイガーたちが犬さんも含めて私たちに合わせてくれているようですっ。新たなボスを振り落とさないように加減してくれてるそうですっ」
「ボスにはならねえっ。あくまでも共闘関係の友人だって伝えてくれやっ」
「わかりましたっ」
山から下りて全速力で走ったら、こいつらどうなるんだ?
「……にしても、だ」
てか、思い知らされたね。身近なところにサーベルタイガーの危険性なんざよりも、よほど比較にならないほどの危険性を秘めた存在がいたことを。
もちろん、生長後の炎竜もそうなのだが、それ以上かもしれねえ。
レンが、自身の乗るサーベルタイガーの耳に何かを囁きかけている。たぶん、さっきの俺の言葉をだ。
「……」
俺はいまさらながらに、ウォルウォの言葉を思い出していた。
レンを嫁にと求める輩は多い。なるほど。これは深刻な問題だ。
なぜなら彼女がその気になれば、魔族の王である魔王とは別の、魔物の王である魔王――仮に魔物女王とでも呼ぶべきか、それが誕生しちまう可能性すらあったんだ。
そいつは不死種ギリアグルス同様に、無限に仲間を増やせる可能性を持った、第三の新たなる勢力を築ける可能性を秘めている。さらにギリアグルスには敵対種族の血液という糧の制約があったが、恐ろしいことにレンにはそれがない。
ウォルウォがレンに近づく馬の骨を片っ端から拳でしばいて回っていたのは、娘に対する強い愛情のみならず、彼女の大きすぎる潜在能力を託すに値する男を品定めせざるを得なかったからなのかもしれねえ。
魔物使い。そら恐ろしい潜在能力だ。何気にこいつもユニークだよな。
「私が何かっ?」
「や、何もねえよっ。……どすけべだから見てただけ」
「ごめんなさいっ、最後の方、聞こえませんでしたっ」
「聞こえないように言ったんだよ」
「?」
その才能を持ったやつが優しいゴブリンのレンで、そしてレンを育ててきたのがあの老獪ながらもまっすぐなウォルウォでよかったと、この瞬間に俺は心から思えた。
「山脈を抜けるぞって言ったんだっ」
「はいっ」
猛スピードで山を下る。高え崖も何のそのだ。
俺たちを運ぶ群れは、あっという間に平地へと躍り出た。
群れの捜索をしながらだったとはいえ、三日をかけて踏破してきたルーグデンス山脈が、半日どころか四半日の、さらに半分程度の時間で抜けられちまった。まったく、人間ってやつの限界を感じさせられるね。
さて。もうルーグデンス監獄は目と鼻の先だ。これ以上進めば監視に見つかる。
「レンはコボルトと身を隠してろ! サーベルタイガーを五体連れていけ! 俺は残りと一緒に群れに身を潜めながら監獄に突っ込む! 丸一日経過して脱出していなかったらクク村に帰れ! いいな!?」
「承知しました! 戦神ガリアのご武運を、ライリー様!」
レンを乗せたサーベルタイガーが群れから離脱していく。それを追って五体のサーベルタイガーと、そして白目で舌を出した口から泡を吹きまくってるコボルトもだ。おまえの顔面笑えるぞ。
「……武運ね。あいにく昔から神さんとは相性が悪いんだ……」
俺は二十五体のサーベルタイガーを引き連れて、まっすぐに夜のルーグデンス監獄へと平原を突き進んでいく。
このままギリギリまで見つからずに進むべきかもしれねえが、それだと突入後の敵が多すぎる。サーベルタイガーの群れと監守であるデーモン族の集団をぶつけなければ意味がない。
息を吸う。限界まで。
そうして俺は吼えた。あえて獣のようにだ。
「――ウオオオオオオオオオォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」
高ぶれ、高ぶれ、そう念じながら。
疾走しながら、群れはすぐさま俺に呼応する。サーベルタイガー二十五体が、一斉に走りながら咆哮を上げだしたんだ。
――ガアアアアアアァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!
獰猛に、威圧的に。空間がビリビリと震えた。
その咆哮はサーベルタイガー以上の速さで平原の草を薙ぎ払いながら疾走し、ルーグデンス監獄にも響き渡った。
大慌てで監守を任されているデーモン族が飛び出してくる。遠目の夜目では定かじゃねえが、その数はおよそ百五十といったところか。
迫る群れを見て武器を取り出したときにはもう遅い。闇から出現したサーベルタイガーはやつらの喉笛へと次々と食らいつく。強靱な鱗を持つデーモンも、下半身に四つの脚を持つデーモンも、剣呑な角を持つやつも、サーベルタイガーの牙の前に次々と引き裂かれていく。
その後は乱戦だ。二十五体のサーベルタイガーが縦横無尽に平原を駆け回り、体勢を立て直したデーモン族とぶつかり合う。
いいや、俺を乗せた一体だけは別行動だ。俺はサーベルタイガーの背中ではなく、腹にしがみついていた。その一体だけは乱戦を抜け出してルーグデンス監獄の入り口である階段近くにまで走り、そして俺をその場に落として乱戦へと戻っていく。
俺は大穴の地下へと続く階段まで転がって、監守であるデーモン族に発見されることなく、魔導灯で照らされた階段を駆け下りていった。
巨大な穴の底が見えねえ。
「どこまで続いてんだ、この大穴は」
穴の外周に造られた螺旋状の階段を駆け下りる。大穴の底は真っ暗で、覗き込むと根源的な恐怖を感じた。
「うっへ、怖え。落ちたら一巻の終わりじゃねえの。よくこんなおっかないところで監守なんぞやってられんなぁ」
サーベルタイガーどもには自分たちが死なねえ程度に、監守デーモンどもをなるべく長く引きつけていろと命令している。目的は命の奪い合いじゃねえから、敵に押されれば引くし、敵が引けば押す。ただの時間稼ぎだ。あの速さで翻弄されれば、当分の間、監守は戻ってこないだろう。
しばらく階段を下っているが、監獄には到着しない。牢獄なんて一つもねえんだ。
唯一見つけられたのは監守の詰所だ。俺は明かりの漏れる詰所を、身を屈めながら通り過ぎようとした。できる限り、ただの魔物の襲来事件であると思わせておきたいからだ。
けれど、そのときだった。
「おい、上にいったやつら、まだ騒いでんな。おまえ、ちょっと様子見てこいよ」
「へいへ~い」
詰所から出てきたデーモンと鉢合わせた俺は、一瞬にしてその特徴を見抜く。
デーモン族の相手は手練れの剣士であってもややこしいんだ。なぜならデーモン族ってやつらは、他のどの種族にもあてはまらねえ不可思議な姿形をしている魔族のことを総称してそう呼んでいるだけだからだ。
当然、容姿からして様々であれば、弱点もそれぞれ別になる。強さもピンキリだ。だが、だからこそ厄介なんだ。弱い固体と同じ姿をしているやつが強かったりしたらもう泣きたくなる。
その中でも外れなしに特に危険だとされているのは、蝙蝠のような黒羽根を持つ魔人族みたいなやつらと、両足に蹄を持った二足歩行型の山羊頭だ。
幸い、鉢合わせたやつにその特徴はない。乾燥肌のように全身の皮膚が硬化した、全身真っ赤なやつだ。赤いといっても火娘のように熱を伴っているわけではない。小さな角が申し訳程度に生えているが、あまり役に立たなさそうだ。
察するに肉弾戦型――正面からはちときつい。
「な――ッ!?」
戸惑うデーモン族を分析しながら、俺はやつの死角に潜るようにして背後に回り込み、背中に飛びついて両腕を巻き付け首を絞めた。
「あ……が……ッ」
声は出させねえ。
数秒で落ちた。汚えヨダレがローブの腕に垂れて、俺は舌打ちをする。
「お~い、さっさと行けって。何ドタバタやってんだよ」
詰所の中から面倒くさそうな声が響いた。
「へいへ~い」
俺も合わせて面倒くさそうにこたえる。
「……」
数秒待ったが、出てくる気配はない。どうやら俺の声をこの赤デーモンの声と勘違いしてくれたようだ。精一杯似せたからな。
俺は赤デーモンを引きずって詰所から距離を離し、螺旋階段中腹の適当なところで放置した。大穴に落っことしてやることも考えたが、下で騒ぎになれば待ち構えられてしまう。それにこいつは悪さをしたわけでもねえから、やっぱ可能な限り殺しはしたくねえやな。
脱出するときどうすんの……。
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