第4話 ドラゴンさんはしつこい
前回までのあらすじ
竜をフィッシュオン!
竜は災害級生物だ。
つまり人間族にとっては、魔族や魔王のようにヒトの力でどうにかできる存在であるとは考えられておらず、むしろ抗うことのできないハリケーンや洪水、干ばつに近しい自然災害の類であると定められている。
それほどまでに稀少、且つ、強力な生物なのである。そりゃあ、魔力嵐をぶち抜いてくることだってあるだろう。災害が災害を踏みにじったとしても不思議じゃない。
で、俺はその災害級生物に湖の主ごと食料にされかけているというわけだ。
竜は両足のかぎ爪で巨大魚をつかみ、俺は巨大魚の尾を手でつかんでぶら下がっている。俺がぶら下がっていることなんて、意にも介さねえ。
「てめ、返せコラァ! 俺の飯だぞ!」
俺は湖の主である巨大魚をよじ登り、竜の足をぶん殴る。もちろん、魔力を込めた拳でだ。何度も何度も。全力で。
――……。
ところが竜は俺の拳になど、まるで気づいた様子もない。効いていないのだ。蚊が刺したほどにも感じちゃいない。むしろ拳が痛え。
「くっそ、木枝の竿じゃなくて、聖剣の先っぽに釣り糸をつけてりゃよかったぜ!」
あいにくと聖剣は張ったテントの中だ。あれさえあれば自然災害級の生物である竜とだって、俺なら戦えただろうに。
少女が眼下の湖面から叫ぶ。
「おにーさん! 頭を下げて!」
「ああ!?」
少女の指先。人差し指と中指を揃えて立てた指先が、真っ赤に輝く。瞬間、何か光線状のものが彼女の指先から放たれた。
それは瞬きよりも早く、俺の頭部を掠めて竜の腹に直撃する。頑丈な竜の鱗が真っ赤に染まった。
「――魔法ッ!? って、おわあっ!!」
爆発した。炎が弾けた。目が眩んだ。
俺が熱波を感じたのはその直後だ。巨大魚の尾をつかんだまま爆風に煽られて、竜の足から浅瀬にまで吹っ飛ばされる。
「あっちぃ! あちち!」
水飛沫を上げて着地しながら、俺は真っ赤に染まった空を見上げる。
――ギャアアアアァァァァァーーーーーーーーーーッ!!
竜が悲鳴を上げて、黒煙の中で身をよじっている。直撃箇所は鱗にヒビが入り、肉まで炎が侵入していた。
効いた。竜に、魔法が。
災害級生物だぞ。ハリケーンに風魔法で対抗するようなものだというのに。
「おまえさん、何て娘だ……」
「あ、あ~、まあ、ちょっとね。得意なんだ、魔法。あ、でも娘なんて言われるほど若くはないよ? 残念ながらっ。嬉しいけどっ」
しかし何だ、いまの魔法は。王国の大賢者でさえ、あんな魔法は知らないだろう。
炎の魔法とは、その威力に比例するように規模が広がるものだ。ところがいま彼女が見せた魔法は、むしろ威力に反比例して炎を強引に圧縮し、意図的に貫通力を増したものに見えた。
どうすりゃそんなふうに放てるのかは想像もつかないが、なるほど、それならば竜にも通用するというもの。これがとっさの機転だとするならば、この少女は相当な魔術師に違いない。
だが。
――ガアアアアァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!
怒らせた。竜を。
こりゃまじい。
「あらら、やっぱりダメみたいだね」
「逃げんぞ!」
「うん」
俺は左手で主の尾を持ったまま、右手で少女の手をつかんだ。
そのまま浅瀬の水を蹴って走り出す。
「でもどこに?」
「テントだ!」
「ええ、あんなペラペラのテントじゃとてもやり過ごせないよ!」
「聖剣があんだよ! あれさえありゃあ――」
「せっけん……?」
泡立ててぶつけろとでも? 足滑らせりゃラッキーってアホか! 飛んでるわ!
「せ・い・け・ん!」
しまった。自分の装備をつい言っちまった。
勘の良い娘なら、正体がばれたかもしんねえ。
「ねえ、そんなのより、その魚を投げたらそっち行ってくんないかな!?」
「怒ってんだから無理に決まってるだろ!」
ゴォと耳元で風鳴りがした瞬間、俺は少女を振り回すように引いて逃走の方角を変えた。
「こっちだ!」
「きゃんっ」
転びそうな彼女を引き寄せた直後、竜のかぎ爪が空を切る。
「ぬあっ!?」
「わわっ! あはっ、いまのは少し危なかったねっ!」
「少しじゃねえよォ!?」
笑ってるし。いや、楽しそうだ。
う~ん。正直俺もちょっと楽しくなってきた。
空で旋回して、巨大な竜は正面から襲いかかる。俺は身を屈めながら少女の頭を押さえて、その噛みつきをやり過ごした。
「ひゃあっ」
轟と風が吹き付けて、俺たちはその場に踏ん張る。
「止まるな、走れ走れ!」
「は~い」
竜が通り過ぎ、さらに旋回、今度は後方から迫る。俺は再び少女を振り回しながら方向を変えた。
焦れた竜が叫ぶ。
――ガアアアアァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!
「あっはははは! 怒ってる怒ってるっ!」
あああぁ、うるせえし、魚が重てえ! 何なんだ、この状況! 何で俺は魚引きずって逃げてんだ!?
「黙ってろ、舌噛むぞ!」
ようやくテントが見えてきた。だが後方から何度目かの急降下で迫った竜が、俺たちを追い抜いてテントを蹴り飛ばした。
「あっ、あ~~~~~~~~っ!! 俺のテン……ト……」
無惨に破れたテントが吹っ飛ばされ、転がり、形をなくす。中の荷物に至っては外に飛び出し、そこら中に飛び散ってしまった。貴重な食料も、残り少ねえ硬貨も、もちろん聖剣もだ。隣に吊してたハンモックなんざ跡形もねえ。
ムカついた。
俺は少女を突き放して湖の主である巨大魚の尾を両手でつかみ、大上段で振りかぶった。狙いはもちろん、俺の食料を奪おうとするあの傍若無人な竜だ。
「ンの野郎! 何様だ、てめえ! 竜ってのがそんなに偉いのか!」
魚に魔力を通す。付与だ。
死後硬直すらまだの主が、氷魔法で冷凍されたかのように固まり、雄々しく天をついて立つ。剣よかくそ重てえ。だが鍛え抜かれた俺の筋肉ならば。
「こちとら数年ぶりのバカンスだってのによォ!!」
――ガアアアアァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!
旋回を終えた竜が咆哮を上げた。
そのまま低空飛行で俺へと襲い来る。鋭い牙の生えた巨大な口が、超高速で迫った。それも、下顎で地面を削りながらだ。
これではかいくぐることもできない。
ビリビリと全身が震え、皮膚が粟立つ。だが退かない。東方の言葉で不退転と言ったか。
左足を前に、右足を引く。
――ゴアアアアァァァァァーーーーーーーーーーーーッ!!
「いい加減にしやがれぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーッ!」
俺は全身全霊を込めて、棍棒と化した巨大魚を振り下ろしていた。付与で硬化させた巨大魚の頭部が、頑強な鱗で覆われた竜の額へと叩きつけられる。
数多の魔物どもを屠ってきた、俺の必殺剣だ――!
およそ生物から発せられたとは思えないほどの凄まじい爆音が鳴り響いた。
「~~ッ!?」
直後、拮抗することさえなく巨大魚は呆気なく爆散していた。
さらに俺は竜の鼻先で掬い上げられるように吹っ飛ばされて、惨めに尻を立てたうつ伏せ状態で地面の砂を噛むこととなった。
「うぐぅ……つ、強えぇぇ……」
爆散した魚の内臓や骨、肉片が、追い打ちをかけるように周囲に降り注ぐ。最後に巨大な眼球が後頭部を直撃して、俺は悲鳴を上げた。
「あだッ!?」
さらにそのあと、追撃に飛来した竜が爆散した魚を地面を下顎で削りながら丸呑みにする。むろん、俺は一瞬早く立ち上がって逃れたけれど。
「あの野郎、食いやがった……! 俺の昼飯を……!」
「ええ、ぷ、ぷふぅ~! ぷ、くく、あははははっ! お魚で竜の頭をぶん殴るヒトなんて、わたし初めて見たよ! そんなの災害級の生物に効くわけないでしょう?」
「うるせえなっ、わかってらぁ!」
唐突に恥ずかしくなった俺は、顔を赤らめて叫び返す。
何で魚でぶん殴ったんだ。俺はバカなのか。
「ほんとにおもしろいね、あなた。がんばれー」
「言ってる場合か! おまえの魔法でどうにかなんねえの!?」
「勇者でむりなら、わたしにだってむりだよ」
再び旋回して襲いかかってきた竜を、命からがら横っ飛びで躱した俺の眼前に、見慣れた剣が飛び込んできた。
お……!
俺は反射的に柄をつかみ、鞘から引き抜く。
「はい、あなたの聖剣ってそれだよね?」
「そうそう、これこれ!」
俺の聖剣だ。どうやら少女が見つけて拾い、投げてくれたらしい。
湖の主、無惨に爆散。
その後、竜がおいしくいただきました。
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