第39話 おっさん勇者はいつもギリギリ(第四章 完)
前回までのあらすじ!
もうちょい慎重に行動して?
真正面から襲いかかってきたやつの牙を、魔力を通した包丁の刃で左に逸らし、反動を利用して右側で威嚇していたやつの前脚へと斬りつける。
最速最短距離の不意打ちだ。
だがそいつはヒョイと前脚を持ち上げて後退し、刃は虚しく空を斬った。
「嘘だろ!? 何つう反応速度してんだよ!」
いまの一撃だけで嫌と言うほど思い知らされる。肉体的な性能差を。
すぐさま他のやつらが左右から襲い来て、俺は前に倒れ込むように前転することでそれを躱した。後方で二体の牙がぶつかり合うも、当然のようにやつらにダメージはなく、一瞬で立て直して俺の背中へと飛びかかってきた。
「ぬぁッ!?」
身をくの字に曲げて頭上でやり過ごし、俺はデタラメに包丁を振った。当てる攻撃じゃない。ただこいつらに距離を取らせるためだ。
思惑通り、四方八方のサーベルタイガーどもは数歩分の距離を後退する。
だがそれもほんの一瞬。
今度は身を低くして包丁の軌道の下を潜るように迫り、俺の脹ら脛を狙って噛みつきだ。低い跳躍でそれを躱した俺は、そいつの頭を踏み台にして後方の一体の脳天へと突き下ろすも、刃はまたしても空振った。
速ええ~~~っ!! 捉えきれねえよぉ~!
背中。気流の変化を感じて適当に包丁を後方に薙ぎ払う。
ガツン、と手応えがあって、サーベルタイガーの牙と包丁がかち合った。魔物の牙など斬り飛ばす付与つきの刃であるにも関わらず、腕の骨がジンと痺れただけだ。牙は欠けすらしない。
「痛――ッ」
しかも、やつの攻撃を防げたのは偶然だとくれば、その絶望たるやもう。
着地したサーベルタイガーが距離を取った直後、そいつと入れ替わりに後方、別のやつが三体同時に俺の脚をめがけて噛みつき攻撃を繰り出す。
「う、おおおおおっ!? 獣の分際で綺麗に連携とってんじゃないよ!」
とっさに前に走ってひときわ大きな岩によじ登る。
「ふぃ~……」
呼吸を整えようとするも、やつらは爪を立てて岩すら這い上がってきた。
「うおっ!? 岩まで登れんの!?」
最初に辿り着いたやつの脳天へと刃を突き下ろすが、やつは首をねじってそれを牙で受けた。しかしその反動で河原に落とすことだけはできた。ダメージはまるでなさそうだけどな。
だが安堵の息一つ吐けない。背後の一体がすでに登り切ったからだ。
「……勘弁しろよ」
そいつの噛みつきを包丁を薙いで去なす。バギャっと凄まじい手応えのあと、サーベルタイガーは岩石上での着地に失敗して足を滑らせ、河原へと落ちた。もちろんすぐに立ち上がるし、ダメージはない。うなり声を上げて、また岩石を登り始める。
俺は情けない顔で悪態をついた。
「くそが~……」
岩石の上だからまだどうにか耐えられてはいるが、これは本当にどうしようもない。上がってきそうなやつはすぐに蹴り落とす。その間に完全に上がってきてしまったやつと包丁でやり合い、どうにか落とす。
これの繰り返しだ。
「頼むよ、あきらめてくれぇ!」
もうどれだけの時間、そうしているかわからない。岩石の上は飛び散った俺の汗で色が変わっちまってる。
なのにこいつらときたら、一向にあきらめる気配はない。
そりゃそうだろな。目の前にこんな純粋無垢で可愛らしくておいしそうなご馳走がいるんだから。
――ゴアアアアァァァァァーーーーーーーーーーーーッ!!
――グルルルルル……ッ!
――ガアアアアァァァ!
「機嫌よさげに喉なんて鳴らしてくれちゃってよぅ」
せめて群れではなく、一体一体なら。俺の剣技ならどうにでもなるというのに。
だけど、見回してもボスがわからねえ。特別変わった行動を取っている個体がいねえんだ。どいつもこいつも俺の脚に噛みつこうとして、岩を這い上がってきているだけで。
何かあんだろ。一体だけ悠然と高みの見物を決め込んでるとか、他のやつに指示を出すような素振りとか。
ねえんだなあ、これが。カリスマ性ゼロかよ。
一体を蹴り落としているうちに、もう一体の急襲を包丁で防ぐ。汗を飛ばしながら強引に押して背中から転がったサーベルタイガーが地面に落ちた。
だがやはりすぐに立ち上がる。
「背中強打して水溜まっちまえバァカ!」
――ゴルアァァァ!
「ひ、ごめんなさい」
だめだキリがねえ。何度も攻撃を防いだせいで腕の痺れが継続的に続くようになってきた。長剣ならまだしも、こんな包丁だ。もろに衝撃が肉体にきちまうんだ。
どうする? どうする?
蹴り落とし、薙ぎ払う。ちなみにまだ一体も倒せていない。俺の想像を超えて、やつらは器用なんだ。頸部を狙った斬撃も、きっちりと牙で受けてくる。自身の武器をよぉ~く熟知してやがる。
頬を伝う汗を拭って、唇の隙間にねじ込む。
背に腹は代えられない。喉が渇くんだ。水分が足りなくなる。あんなに近くに小川があるというのにだ。
ちなみに、やつらは泳ぎも得意らしい。岩石の上から下りて小川に飛び込んだところで――いや。
どうせじり貧だ。思いつきだが試してみるか。
俺は這い上がってきた一体を蹴り落とすと、そいつの身体をめがけて自らも岩石の上から飛び降りた。意外な行動に思えたのか、一瞬だけサーベルタイガーどもが戸惑う。
「邪魔だどけ!」
その隙をついて一体の顔面を蹴飛ばしながら包囲網を突破した俺は、小川の水を蹴散らしながら水流の中に腰上まで浸かった。
深くもなく、浅くもない。流れもある。悪くねえ。
当然、サーベルタイガーどもは追ってきた。浅瀬で水飛沫を上げて飛び込み、最初の一体が水中に潜る。透明な流れの中を、汚え毛皮がするすると迫るのはまさに悪夢だ。
だが。
「遅え!」
俺は上半身を水から出しているが、サーベルタイガーどもは全身水中だ。散々動きの速さで苦戦させられたが、今度は俺の方が速ええ。
俺は自分の下半身に噛みつこうとしていたサーベルタイガーの脳天に、包丁の刃を突き立てた。
ドン!
びくんと全身を震わせたサーベルタイガーだったが、包丁を引き抜くと同時に力を失って小川をゆっくりと流されていった。
「クカカ、防げねえだろ~」
赤い血が小川を染めたのは一瞬。流れがあるため、すぐさま透明に戻る。二体目は頸部を貫く。同じく急所だが、頭蓋を貫くよりは少ない力で済む。
また一体、死体となって流れていった。
その後にまた一体。また一体。計五体を仕留めたところで、やつらは岸辺から俺を睨んでうなるだけになった。
「さすがに学んだかあ」
川底から石をつかみ、思いっきりぶつける。
――ガアアアアァァァ!
「そうだ、怒れ怒れ」
怒ったやつが小川に駆け込み、潜る。やつは途中で己の愚策に気づいたらしく、俺の寸前で岸に戻ろうとしたがもう遅い。
俺はやつの尾をつかむと、その腰に刃を突き立てた。身を激しくくねらせて抵抗を見せるやつをさらに引き寄せ、今度は頸部へと突き下ろす。
ぐったりと、サーベルガイガーが伸びた。くたばったんだ。
「おまえ、やけにいい牙してんなあ。俺にくれよ」
牙をつかんで首を持ち上げ、死んだやつの歯茎に包丁の刃を通す。もちろん、他のサーベルタイガーどもに見せつけるようにだ。知性体であるならば多少の効果は認められるはず。
ずぐり。ずぐり。嫌な手応えだが、俺は淡々と作業を続けた。
先ほど頭蓋を貫いたときに気づいたが、やつらの骨は、露出している牙ほど硬くはない。この聖なる包丁であれば、十分に解体できる。
やがて群れのやつらが岸辺から見守る中、俺はショートソードほどの長さの牙を取り外すことに成功した。
「悪くねえ」
所詮は加工なき牙。斬撃には使えそうにはない。だがまあ、刺突にはもってこいだ。俺はそれをローブの内側、ベルトに挟み込む。ちなみにギリアグルスさん家で失敬したメイド服は、いまも大切に挟んでいる。
言ったろ、ただのイチャイチャじゃ終わらせねえぜってな。
こんなに苦労させやがって、ルランゼめ。イチャイチャのイチャチャチャチャだ。
俺は拳を握りしめて、自分の顔面をどついた。
しっかりしろぉ……。
バカな妄想してたら死んじゃうだろ、俺ェ……。
悠然と群れを睨む。
「どうした? もういいのか? おら、遠慮せずにかかってこいよ! 俺の尻に齧り付きてえんだろ、このすけべ野獣どもが! だが、残念だったなァ? 俺の尻はもう予約済みだぜッ!!」
やつらはもううなり声を上げていない。
ただ愕然と俺を眺めているだけだ。群れそのものが混乱しているのがわかる。そうだろうとも。これまでこの界隈では無敵の集団だったろうからな。
「ハッハ。こりゃあ、もしかして」
俺は流れの中から浅瀬へと一歩、やつらに近づいた。やつらは怯えたように数歩、俺から距離を取る。
顔つきがすっかり変わっちまっている。
どうやら、俺が牙を剥いでやったやつがこの群れのボスだったようだ。
俺は油断なく包丁を構えたまま、指笛を鳴らした。しばらくして、レンと犬がひょっこりと崖上から顔を出す。
「さすがはライリー様。どうやらうまくいったようですね」
「ゴ、ゴス、ゴスジン? コ、コ、怖イノ? イル?」
「フ、全然何てことなかったぜ? 無敵だからな、俺は! フハハハ!」
ちょっとだけ泣いちゃったことは黙っとこう。
「そうですか。素晴らしいことです。これならば、これから先も強い魔物を次々と仲間にできるかもしれません。この近くの目撃例からですと、三つ首獣のケルベロスやオルトロスが良さそうですね。一体だけでも引き入れられれば、戦闘面では今後かなり有利に――」
「ごめん嘘ついためっちゃ苦労したし何回も死にかけたからナシナシ!」
「すごい早口……」
「てかそいつら、現象生物どもを除いたら魔物界の頂点じゃねえかよ! もうヤダよ俺! 今回はほんとダメかと思ったんだからなっ」
ちなみにケルベロスやオルトロスを例えるならば、三つの頭を持って三つの口から魔法を吐けるようになったサーベルタイガーだ。
速いし熱いし痛いしで、ほんとろくなもんじゃない。牙も売れないしな。
俺は左肩に右手を置いて、首を左右に倒して凝りをほぐしながら、疲労の隠せない顔でつぶやいた。
「ライリー様なら大丈夫かと思いました」
「むりむり。ルランゼにメイド服をプレゼントする前に死んじゃうだろ」
じっとりとした目をして、レンがつぶやく。
「メイド服……?」
あ……。口が滑った……。
楽しんでいただけましたなら、ブクマや評価、ご意見、ご感想などをいただけると幸いです。
今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。
突然ですが、ここまでの戦績です。
○ライリーvsただの魚●
●ライリー(凍魚)vs竜○
●ライリー(聖剣)vs竜○
○ライリー(折れた聖剣)+ルランゼvs竜●
○ライリー+火竜vsリビングデッド団●
△ライリー+火竜vsコカトリス△(火竜・コカトリスともに死亡)
△ライリーvsゴブリン団△
●ライリーvsギャッツ+ビーグ+グックル+イフリータ○
●ライリーvsコボルト団○
○ライリーvs銀狼●
●ライリーvs偽魔王○(セクハラして逃亡)
△ライリーvs追っ手団△(コボリン竜に救われる)
△ライリーvsダゴン団△(人狼団に救われる)
○ライリーvsイフリータ●(セクハラして勝利)
○ライリーvsサーベルタイガー団●
まあまあ負けとんな、主人公……。




