第36話 コボルトさんは恥知らず
前回までのあらすじ!
おふざけが過ぎるぞ、おっさん!
俺たちはルーグデンス監獄を目指してひたすら歩く。
魔物には何度か襲われたが、いまは逆にそれがありがたい。魔族領ルーグリオン地方を東西に横断する大河セノリア川の周囲には、いくつもの主要都市が存在する。セノリアの流れを利用した交通の便による発展だ。
だが、いまや立派なお尋ね者の俺たちは、もはやそこに立ち寄ることさえ許されない。魔王の暗殺未遂、頻発する若年魔族の誘拐・殺害事件、そのすべての罪を俺が着せられているからだ。
だからこそ、魔物の襲撃がありがたいんだ。なんせ狩っても誰からも叱られないし、危険と引き換えにはなるが、食料を手にすることもできるんだからな。
偽魔王側の追っ手との遭遇は、いまのところ先日の火娘だけだ。
あの襲撃以降、俺は周囲を常に警戒しながら歩いている。しかしもう馬鹿正直にセノリア川沿いをいくわけにはいかなくなった。
火娘、イフリータに俺たちの進む方角を見られたからだ。偽魔王一派がまともな頭をしているやつらなら、俺たちの向かう先が魔都ルインかルーグデンス監獄のどちらかでしかないと考えるだろう。
だからいまはセノリアの川沿いではなく、少し離れた道なき道を歩いている。
「オ、オ、オッサント、オサンポッポ♪」
コボルトは機嫌よさそうに尻をぶりぶり振って歩いている。
こんなやつだが、いてくれてよかったと心から思える。何せレンを乗せて歩いてくれているし、荷物もいくつかは持ってくれている。
本来ゴブリン族といえば道なき道をいくことはお手の物なのだが、こうも連日歩き通しでは、さすがのレンも疲労の色が隠せていない。
どこかで柔らかいベッドのある場所で休ませてやりてえが、お尋ね者の身だ。
「レン、大丈夫か?」
「ええ。コボルトさんが背負ってくれますから」
ちょいと眠そうだ。
ちなみに俺が背負ってもよかったんだが、俺は俺でテントを含む荷物をナップザックに入れて持ち歩いている。だから決して、レンにどすけべを警戒されているから触れさせてもらえないというわけじゃあないんだ。
……ないよな?
「しっかし、これじゃ距離が稼げんな」
俺の独り言に反応して、レンがつぶやく。
「まあ、明るいうちは林や山ばかり選んで進んでいますからね。おかげでバランスのよい食事には困りませんが」
茸に、群生している根菜、葉野菜、そして長芋。
ここに魔物を足せば、立派な食事のできあがりだ。酒とパンがないことだけは、あまりいただけないが。ちなみに調味料も俺が持ち歩いている。
「いっそ明るいうちに睡眠を取って、暗くなってから川岸に戻るかね」
「人間族とは違って、夜行性の魔族は少なくないですよ。月光で凶暴化する種族もいますし、夜目が利かないのでしたらおすすめできません」
「だめかぁ」
草むらを掻き分けて、斜面を登る。楽しそうなのは、レンを乗せて俺のすぐ前をいくコボルトだけだ。あいっかわらず元気にぶりぶり尻を振りながら、急斜面だろうが岩石だろうが平気な顔で登っていく。
おかげで俺の視界はずっと揺れる犬の尻だ。ぼーっと眺めてたら酔ってくるぜ。
「オッサンノ、涙酒ェ~、ソシテ、場末ノ~、オサンポッポポ♪」
「酔いだけに!?」
謎の歌に反応しちまった俺に、レンが不思議そうな顔で尋ねた。
「突然何言ってるんですか? 怖いです」
「……何言ってんだろうね、俺。疲れてんのかな。疲れてんだな、うん」
くっ、犬のせいでまたレンに怖がられちまった。
まったく。尻の穴丸出しで堂々とヒトの眼前を歩いてんじゃないよ。仮にも魔族認定されてる種族ともあろう者が恥ずかしくねえのかよ。二足になったらなったで今度は前の弱点丸出しだしよぉ。
俺なんかよりこいつの方がよっぽど危険な露出魔だぜ。
全裸野郎と言えば、炎竜もいまだ合流できていない。どうやらあいつにはご主人様を追ってこようだなどという殊勝な心は備わっていなかったようだ。仮に帰巣本能があったとしても、俺がいなきゃオアシスの魔力嵐を抜けることはできないだろう。
もう立派な野良竜だな。
あいつめ、戦闘力以外はすべてコボルト以下じゃねえか。
「まったく。あいつがいりゃあ、索敵も楽なんだが」
レンが少し笑って口を開く。
「また空を見上げていますね。何だかんだ言っても、ライリー様は鳥さんのことを心配しているのですね」
「んなわけねえだろ。せいせいすらぁ」
けど、世界に対する飼い主の責任ってもんがある。もしもあいつがどこかの国を滅ぼしたりしたら、俺とルランゼでもう一度殺して、転生させてやらなきゃいけねえ。
「はぁ~……」
「また空を見てため息」
「めざといね。あ……」
ぽつり、掌に一滴。
「雨だ。マジかよ」
そうこうしている間に、本格的に降り出した。
こうなっちまうと進むに進めねえ。旅で重要なのは健康を保つことだ。無理をして体温を下げてしまうのはよくない。特にレンは身体が小さいから、冷えるのも早いんだ。
俺は慌てて荷物を下ろし、拓けた場所にテントを建てる。
レンがコボルトから降りて手伝ってくれたおかげで、すぐに終わった。
休憩を嫌がるコボルトの尻を押してテントの中に入れ、俺とレンも入る。手ぬぐいで雨粒を拭ってから、俺はふて腐れるように狭いテントで寝転んだ。
あ~あ、空すら見えねえや。
「どうやら今日はここまでのようですね」
「んだなあ」
「食事の支度をします。お荷物を失礼」
「頼んだ」
ちなみにコボルトも不貞寝だ。
よっぽど外を歩くのが好きなんだろう。けれど寝そべりながら手を伸ばして頭を撫でると、少し嬉しそうにブシュンと鼻を鳴らして尻尾をゆっくりと左右に揺らした。
こうなっちまうとただの犬だな。可愛いだけの。
「……なあ、レン」
「はい?」
「ルーグデンス監獄は正直かなり危険だ」
「またその話ですか」
イフリータに向かう先の方向を見られてしまった。当然、偽魔王側が俺を野放しにするわけがない。おそらくアルザール公率いる強硬派もだ。なんせ俺は現魔王の秘密――絶対に知っちゃいけねえことを知っちまってるからな。
生かしとく理由がねえどころか、生きてちゃまずいんだ。やつらにとってはな。
当然、魔都ルインとルーグデンス監獄には、俺を始末するための人員が相当数割かれていることだろう。偽魔王の虚を衝くことのできた前線都市ガルグのときとは、わけが違う。
「帰りませんよ。すでに手遅れです。ガルグからの脱出時は仮面をつけていましたが、都市を訪れた時点でオーガ族の門衛には顔を見られていますから。それに、もうご存じの通りホブゴブリン種は稀少です」
「それでもウォルウォのおっさんなら守ってくれるだろ。クク村に迷惑かけられねえと思ってんなら、フェンリルん家に身を隠すって手段もある」
あらかじめ調理を終わらせておいた食材を、レンが紙皿に並べていく。冷えた飯だが、味は悪くはないはずだ。二人で作ったからな。
「私は邪魔ですか?」
「あほ。そういう意味じゃねえよ」
俺は上半身を起こし、ガリガリと頭を掻く。
「まあ、何だ。おめえがいなかったら、俺はもう何度か死んでる。そいつはたしかだ」
剣の調達に、逃走幇助。俺に抜けている部分を確実に補ってくれている。
「なら、よいではないですか。私がいないと死ぬのでしょう、ライリー様は」
「俺だってバカじゃない。同じ轍は踏まねえよ。次から気ぃつけるから、レンはもう帰った方がいい」
にらみ合う。
「頑なですね」
「どっちがだ。ルーグデンス監獄には、おそらくジルイール派の三バカや、アルザール公に雇われたイフリータもいる。もちろんそれだけじゃねえだろう。ヘタすりゃガルグ脱出時みてえな状況が最初から最後まで続くかもしんねえんだ」
レンがため息をついた。
「ライリー様は他人の心配ばかりしていますね。ルランゼ様に鳥さん、そして私。さっきはクク村のことにまで気を回して、そのくせ自分のことはいつもおざなり。そういうの、ただの我が儘っていうんですよ」
「我が儘で大いに結構。自覚だってある。俺は誰も殺したくねえし、誰にも死んでほしくねんだ」
そうやって生きてきた。勇者として徴兵されてからも、可能な限り守ってきた誓いだ。これからも変えるつもりはない。それこそ、こんな小娘ごときに説得されて折れる程度のもんじゃないんだ。
「私も同じです」
「あぁ?」
レンは不快や怒りをあまり表情には出さない。だからわかりづらい。いまも怒らせてしまったかと思ったんだが、意外なことにこいつは微笑みながら言ったんだ。薄っぺらい胸に手を当てて、いつものように静かな声で。
「こう見えても私、あなたごときに言われておめおめ引き下がれるほど、聞き分けよくないんですよ。ライリー様と同じだから、わかるでしょう」
「…………まったく……」
置いてっても、意地でもついてくるな。そんで死ぬ。
そんな終わりを迎えさせるくらいならば、最初からともに行動をした方が飛躍的に生存率は上げられるだろう。
「ね、そうでしょう? 他人の心配ばかりしているお人好しの勇者さん?」
「ばっかたれが。どうなっても知らねえかんな」
「それでもきっと、あなたは守ってくれるから。私はそれを知っているから」
そんなふうに。そんなふうに信頼を置かれたことは、未だかつてなかったな。
重い、重い言葉だ。応じるなら、俺も覚悟を決めねばならない。
「……何があっても生きて帰る。俺と、レンと、ルランゼで。だから余計な心配すんな」
「はい」
レンが笑った。珍しく花が咲いたように満面の笑みだ。
俺は再び上半身を倒した。レンに背中を向けながらだ。中年オヤジの照れた顔なんぞ、小娘に見せられるかってんだ。
その背中にレンが囁くように付け加えた。
「でも、いいじゃないですか。ルランゼ様が動けないいま、一人くらいあなたのことを心配する変わり者がいても」
「……」
しとしと、しとしと、雨は降り続ける。
言葉がゆっくりと胸に染みこむように。
俺は瞼を閉じ、レンに背中を向けたまま、雨音に塗りつぶされそうなほどの小さな声で、彼女に礼をつぶやいていた。
……何だか救われた気がしたんだ……。
ハッ、ハッ、ハッ、ハッ! ハッ、ハッ、ハッ、ハッ!
獣臭え吐息を顔面にかけられた俺は、慌てて瞼を上げる。犬が超至近距離で俺を見ていた。
「な、何!? 怖ッ、何!?」
「オサ、オッサント、オサンポ、オ家ニ帰ルマデ? 犬ハ? 犬モ?」
「そーだよっ。おまえも生きて帰るんだっ。家につくまでがお散歩だからな、油断すんなよっ」
ぎゃわぁ~んと一声強く鳴いて、犬が悶えながらひっくり返った。
なぜか唐突に俺に腹を見せたんだ。すんげえ勢いで尻尾を振りながら。
「モフル!? 良キ!?」
「いや、いまそんな気分じゃねえから……」
頼むから、ちょっとくらい浸らせてくれよ。
だがまあ。ふと隣を見たときに、レンがまた笑っていたから、これはこれで良キだな。
犬ゥ……。
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