第33話 おっさん勇者は純情を弄ばれる
前回までのあらすじ!
双子の妹がいたけど、おっさんはやっぱり姉の方にこだわるぞ。
魔族において、双子の存在は国家にとっての凶兆であるとされているらしい。そこでどちらか片方を産婆が絞殺する……とされていたのは、もう数百年も前の野蛮な話だ。現在では人道的見地から片割れを里子に出すことで悪しき伝統に折り合いをつけているのだとか。
「ルナ・ジルイール? ルランゼの妹?」
「ええ。ルナは王族としての一切の権利を与えられることなく、子供のできなかった交易都市グリートの平民夫妻へと託されることになりました」
「その夫妻に伝手はあるかい? 会ってみてえんだが」
カルエラが首を左右に振った。
「当時すでに老夫妻でしたので、もうお亡くなりになられています。ルナのその後の消息は不明です」
「そりゃあ仕方ないね」
「ところがなのですが。この十数年の間に、ひょっこりルナが姿を現したんですよ。それもルランゼの前に」
「ほう……?」
カルエラが言葉を吐く前に思い至った。
「ルランゼの影武者か?」
「はい。よくご存じですね。側近の方々でさえその存在は知らないというのに」
「まあ、ちょいとな。あんたこそルランゼから聞いたのか?」
カルエラの表情がほころぶ。
「ええ。あの子はわたくしには何でも話してくれるので」
「母親のように慕ってんだなぁ、あんたこと」
「ふふ、光栄ですね。それで、わたくしもまた口を滑らせてしまったのです。ルランゼにルナのことをつい話してしまって……」
「そりゃ別にいいんじゃねえか。感動の再会ってやつだ」
もっとも、そのことが原因でいまに繋がっているのだとしたら、よくはないのだが。とはいえそれはカルエラの問題ではなく、ルナ自身の性質の話だ。
カルエラが続ける。
「それからルランゼはルナのことを後宮で匿い、二人は時々入れ替わって遊んでいたようです。姉妹の様子はとても仲睦まじく、微笑ましいものでした。ルナの存在やルランゼのそういった戯れは、彼女自身が魔王職を続けるための息抜きにもなっていたのではないでしょうか」
フェンリルのマヌケ面が見物だ。
大狼ともあろう者が、あんぐりと口を開けて呆けてやがる。てか鼻で気づかないもんなのか。双子じゃ匂いまで似るのかね。
けれど反対に、それまで朗らかだったカルエラの表情が一瞬で曇った。
「……いま王座にいるのはルナですか?」
「なぜそう思う?」
「わたくしの知っているルランゼなら、人類領域に宣戦布告をしたりはしないから」
「察しの通りだ。おそらくな」
恨まれていたのかもしれない。ルランゼは。
一方は王宮暮らしで、もう一方は平民だ。俺たちの知らない苦労もあったんだろう。そしてルナはこう考えた。
いつか姉になりすましてやる。
「……あのデカパイがルナ・ジルイールか……」
「ですが、わたくしには、ルナもまたそんなことをする娘には見えなかった……」
カルエラがため息をついた。
「どうして……」
「話してくれてありがとよ。俺はこのままルランゼを捜すためにルーグデンス監獄に向かおうと思う。おい、フェンリル」
大狼の瞳が俺へと向けられた。
「魔族間のことは俺の範疇にはねえ。ルナ・ジルイールの件はとりあえずあんたに任せるが、それでいいか?」
――……。
レンがすかさずこたえる。
「了承したとのことです。それと、人間の男の件は引き続き頼む、と」
「わかった。そっちは人間の問題だ。約束は守る。それと、ルランゼがもしこのゴタゴタにケリをつけたいと言うなら、そんときはまあ、少しくらいは手伝ってやっても構わねえよ?」
フェンリルが瞬きをした。
そして噴き出したかのように、バフッと息を吐く。
――……。
「魔力を失い、ただの大狼となったいまでは、その申し出もありがたい、と」
「あれま、素直だね。あんたんとこの銀狼に見習わせてえな」
間髪容れずにレンがこたえた。
「あなたがそれを言うか、と申されております」
「レン、いまのはおまえの言葉だろ」
レンが視線を逸らした。
「無駄に鋭い」
「ひどい……」
色々と混迷を極める状況になりつつあるが、正直言って気分は悪くない。前回ここでフェンリルと話したときと比べれば、雲泥の差だ。じわじわと蓄積していた疲れだって、どこかにぶっ飛んじまった。
レンが俺に不思議そうに尋ねてきた。
「ルランゼ様が見つからなかったのに、ライリー様はずいぶんと嬉しそうなのですね。まるで少し若返って見えます」
「ああ。俺の知ってるルランゼが、やっぱルランゼだったってだけで救われた気分だ。前線都市ガルグを訪れるまで俺はあいつを信じているつもりだったんだが、やっぱ心のどっかで不安には思ってたんだろうな。変わっちまったんじゃないかって。でもま、これでイチャつき甲斐もあるってもんだ」
言葉に出すと、自分の不甲斐なさまで自覚できた。
信じられていなかったんだ。言葉であれこれ言ってきたくせに、俺はルランゼを完全に信用できてはいなかった。
恥ずかしい。情けない。
レンが気遣うように再び口を開く。
「また少し老けましたね。せっかく若返っていたのに」
ほんとに鋭い。笑いながら冗談めかして言ったつもりだったんだが。頭がいいんだ、レンは。あっさりと心を読まれた。こんなみっともなくて恥ずかしい心を。
「はは……」
「察するに、父ウォルウォの責が大きいかと」
咳払いを一つして、レンがそうつぶやいた。
「ウォルウォ? 何でだよ。信じ切れてなかったのは俺の問題だ」
「いいえ。人間の身でルーグリオン地方を単身訪れようだなどと、それはあなたの人生のみならず、数多くの人命、両種族の行き先すべてを左右する、とてつもない決断だったと思います。もしライリー様がオアシスに留まっていた時点ですでに懐疑心をお持ちでしたら、あなたはきっと旅立たなかった」
「……どうかね」
「けれどあなたは旅立った。信頼の成せる業でしょう。あなたが不安になったのは、父と話してから。ルランゼ様の側近である父の、魔王は変わってしまった、という言葉を聞いてからです」
ちょいと無理のある理屈だが、レンが懸命に俺を立ち直らせようとしているのがわかった。不覚にもそれが嬉しくて、俺は口を開く。で、いつものように軽口を叩いちまうんだ。
「じゃあ今度おまえの父ちゃんに会ったらぶん殴るな。ウォルウォの野郎、男の純情を弄びやがって」
「私は別に構いませんが、殺されないようにしてくださいね? あの人、魔力が一切ないのに手刀で岩石とかカチ割りますから」
ひ……っ!? ほんとにゴブリン系なの……!?
「オッケー。やっぱいまのなし。黙っててくれる?」
「ふふ。わかりました」
カルエラがたまらないとばかりに噴き出した。それだけならまだしも、レンが目を丸くしてフェンリルを凝視する。
「どうした、レン?」
――……。
「ラ、ライリー様!」
「ん?」
「すっごくウケてますよ。フェンリル様が大爆笑されてます。やり合う際には是非見物にいくから日時が決まったら絶対に教えろ、と仰っておられます」
俺はフェンリルを指さして怒鳴った。
「やらねーっつってんだろォ!? おまえ俺に死んで欲しいのッ!? おまえもウォルウォに密告るんじゃねえよォ!? カルエラもだからな!?」
「わ、わたくしも? えっと、はい。前向きに善処しますね」
「やめろ、その平民に懇願されて適当に返事する貴族みたいな言い方ぁ! 脅してんの? おまえらみんなして俺のこと脅してんのっ!?」
そのときの大狼の様子は、俺には真顔で座っているだけに見えたんだが、ああ、でもたしかに。
茶白コボルトがそうするように、とんがり耳を後ろに倒して尻尾を揺らしていた。
ヘラヘラ系チャランポランおじさん……。
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