第31話 おっさん勇者は負けず嫌い
前回までのあらすじ!
強いぞコボリン竜。
はぁ、はぁ、はぁ~……。
さすがに限界だ。全身が気怠い。年齢をひしひしと感じる。
朝日射す空を河原に寝転がって見上げていた。
大河の流れを利用して造られたガルグの堀に飛び込んだ俺たちは、流れに身を委ねて――というか、為す術なく流れに流されてかなりの距離を泳ぎ、ようやく岸に這い上がることができたんだ。
「どこだ~、ここは」
「わかりません」
寝そべる俺の横に三角座りをしていたレンが、ぽつりとつぶやく。肩までの髪で吸った水を、両手で絞りながら。
「ですが、おそらくルーグリオン地方の中心部近くまで流されてしまったものかと」
「そりゃちょうどいいや。人類領域方向じゃなくてよかった」
「そちらに流れる河川はありません。仮にあったとしても、どのみちあの危険な魔力嵐の砂漠で途絶えますから」
愛しの我が故郷をそんな嫌わんでも。大嵐ん中にゃ最高にイカした場所があるってのによ。いつかはご招待したいところだ。
どるるるるる、とレンの隣でコボルトが全身を回して毛皮の水を払う。レンによって括り付けられたのだろう。コボルトの胴体で俺の金貨袋がチャリチャリと鳴った。
どうやら素寒貧にはならずに済んだようだ。
「服を乾かすのに火が欲しいところですね」
「俺、火の魔法使えねえよ。火どころか何の属性もねえや」
「残念ながら私もです。魔力そのものが希薄で」
「ニ、ニニ、人間サァ~ン」
ここぞとばかりにコボルトが嬉しそうに俺を見上げた。後ろ足だけで立ち上がり、自信ありげに肉球の残る右手をギュっと握ってだ。
「お? 犬はできるのか?」
「デキナーウィ」
「できねえのかよ……。何のアピールタイムだったんだよ……」
いやもう役立たずとは言えねえけどさ。まさかレンを背中に乗っけて炎竜を武器に走り回る戦車になるとは思わなかった。非力三人衆なのに合体した瞬間に、笑えねえ火力と機動力を出してたわ。
つっても炎竜の野郎ははぐれちまったが。このまま野生に帰って野良炎竜にならねえことを祈るばかりだ。ヘタすりゃ数年後には、巨大火災旋風を吐き出すバケモノにまで成長しちまうからな。
可能なら回収したいが、ちっと難しそうだ。
「ところでガルグで何があったのですか?」
「ああ、そうだったな」
俺はガルグであった魔王について、掻い摘まんでレンに説明した。
要するにあれはルランゼ・ジルイールではない、ということだ。
「それはライリー様の希望的観測がまざった意見ではなく、ですか?」
真に迫った顔で、俺は力強くうなずく。
「ああ。ツラはかなり似ていたが、おそらく影武者ってやつの可能性が高い」
「確証はあるのですか?」
「あるぜ。おっぱいの大きさが全然違った。偽者の方はとにかく無駄にでけえ。こう、モチモチっとしてて弾力がけしからん感じ」
ワチャワチャと右手の指を動かしながらな。
レンが真顔でつぶやいた。
「……鼻の下伸ばして何言ってるんですか……」
「それと、こっちはおまけだが、俺と過ごした記憶もなさそうだった」
「そっちの方が遙かに重要でしょう」
「そう?」
「そうです。そもそも胸で判断するのは失礼ですよ」
俺が視線をレンの胸元に向けると、スーパー幼児体型のレンが不満顔であからさまにそっぽを向いた。
「……そういうとこ、ほんと……はぁ……」
「何かよくわからんけど、ごめん」
「わかってるくせにわからないフリしないっ! そういうのイライラします!」
「ご、ごめん」
初めてレンに怒鳴られちゃった。しゅん。
「とにかく、事情はわかりました。だとするなら、どこかに幽閉されている可能性が高そうですね」
それこそ希望的観測だ。すでに消されている可能性もある。わかってる。そんなことは。
だが、いまは考えない。何かにすがっていなきゃ、俺はもう自分のためには戦えそうにないからだ。進むには、剣を握って戦い続けるだけの理由が必要だ。
救いを求めるヒトがいる限り、俺はまだ進み続けられる。
「…………心当たりは?」
「魔都ルインの近郊にルーグデンス監獄というのが存在します。最上位魔族であるデーモン族の監視下にあり、難攻不落で脱獄者は過去数百年にわたるまでひとりたりとも存在しません」
剣呑だねえ。
「通常の犯罪者であれば投獄されることはまずない場所ですが、あまりに危険な政治犯や極刑では殺せない厄介な重犯罪者が多数収監されています。長い方で懲役一千年といったところでしょうか」
「極刑では殺せない? 例えばガルグ領主のギリアグルスのようなやつか?」
「そうですね。ギリアグルス様であればそうなったでしょう。ですが収監されるには、重犯罪者であるか危険思想を持って行動している、という条件がつきます」
なるほど。不死種ギリアグルスが命の危機に瀕しながらも、自ら生者の生き血を断ち、緩やかな死を受け容れろというルランゼの命令に従ったのは、どのみち捕らえられてルーグデンス監獄に収監されれば、結末は強制的に同じになるからだったか。
結果論的に言えば、ルランゼという家族を得て幸せな気分で逝けただけ、その命令に従った甲斐もあったと思いたいね。
そしておそらく。
ギリアグルスを暗殺したのは、俺、ということにされているはずだ。ましてや俺は人間族だ。現在魔族領域で横行している誘拐、暗殺、すべての罪をかぶらされるだろう。
いまや立派なお尋ね者か。
「楽な旅じゃねえなあ」
「ライリー様であればうまく極刑を逃れられたとしても、間違いなくルーグデンス監獄行きでしょうね」
「だろうなァ……」
あ~ヤダヤダ。そんな怖いヒトばっかの中に放り込まれたら、俺は毎日泣きながら衰弱して死ぬよ。繊細だもん。
「偽物とはいえ、魔王様のおっぱいを揉むから」
「そっかぁ。それは重罪だったかぁ。や、ほんとは一目で偽物かなぁと気づいてたんだが、詰め物じゃないかをたしかめるためには仕方なかったんだ」
「鼻の下伸ばして言うと説得力ありませんね」
ふん、とレンが鼻を鳴らした。
何か今日冷たくない? 水に流されて心まで冷えちゃったの?
「さぁ~て、んじゃま、俺はルーグデンス監獄を目指すことにするよ。レンと犬はどうする?」
「そうですね。父の思惑に乗ってもう少しお付き合いさせていただいても構いませんか」
「何だ、気づいてたのか」
「ええ。どのみちクク村に戻っても、ライリー様が本物の魔王様の救出に失敗すれば出撃命令が偽魔王から下ることになるでしょう。そして人類殲滅戦に加わることになってしまう。女子供でもわたしはホブゴブリンですから、徴兵から逃れることはできない」
ウォルウォのやつ、自分の娘の程度を見誤ってやがる。レンはウォルウォが考えるよりもずっと頭がいい。勇気もある。犬、鳥、猿の合体技には救われた。いや、それ以前から俺は何度も助けられている。
こんなに華奢で小せえのにな。主に胸が。
「父が恐れているのはそこでしょう。だから私をライリー様に押しつけた」
「賢いね、ほんと。敵わねえや」
レンが悪戯な笑みで薄い胸を張った。
「はい。甘く見てると火傷しますよ」
「ああ、助かるよ。――んで、犬は? フェンリルん家に帰るか?」
茶白コボルトが尻尾をフリフリしながら口を開く。
「オ、オサンポ、長イホド、良キ! ハッ、ハッ、ハッ、ハッ!」
この天と地ほどの知能落差よ。
レンがコボルトの頭を撫でると、一層尻尾が左右に揺れた。千切れそうな勢いだ。
「んじゃま、そろそろ――」
コボルトの尻尾が止まった。その視線が大河の流れへと向けられる。
次の瞬間だ。緑色の二足歩行トカゲが水中から次々と姿を現した。どいつもこいつも三つ叉の槍で武装している。
「ライリー様」
「下がってろ」
まずった。相当な距離を流されてきたから、まさか追ってはこないだろうと高をくくっていた。さっさと河から離れるべきだったんだ。
「何だ、ありゃあ? 見たことねえな。リザードマン族の亜種か……?」
にしては、顔面が平たい。口は頬を越えて耳まで裂けていて、歯もギザギザだ。両手両足には水かきがある。
「いえ、半魚人族です! 河に引きずり込まれたら終わりです! 急いで水辺から離れましょう!」
河原から陸地方面へと移動しようとした俺たちの前にもダゴン族が現れた。すでに回り込まれていたんだ。
這い上がるダゴン族の数は、いまも増え続けている。
すでに五十といったところか。囲まれて初めて、藻のような生臭さが鼻についた。犬ですら気づくのに遅れたのは、風下に身を潜められていたからだ。つまり、それを考えるだけの知能はあるってことだ。
俺はレンの腕をつかんで背中に隠し、聖なる包丁を抜いた。
やりたくねえ。正直泳ぎ疲れて体力がほとんど残っていない状態だ。逃げられるなら逃げるに越したことはないが、水棲魔族が相手では流れに飛び込むことは自殺行為。
「ライリー様」
「黙ってろ。生き延びることだけを考えてな」
包丁に魔力を通す。
トライデントの三つの切っ先が、俺へと照準された。殺気が一気に膨張し、ダゴンどもが地を蹴るべく、膝を曲げる。
瞬間、コボルトが吼えた。
――おおぉぉぉぉ~~~~~~~~~んっ、おおぉぉぉ~~~~~~~~~~んっ。
いまにも襲いかかろうとしていたダゴンどもが、一斉にたたらを踏む。
やる気のねえ、何とも力の抜けたコボルトの遠吠えだ。さすがにあれに気圧されたわけじゃないだろう。
だが、それに応じる雄々しき咆哮一つ。
――オオオオオォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!
草むらを掻き分け、大地を蹴り、疾風のような速さで近づく群れ。そいつらは草原を駆け抜けてやってきて、その鋭い爪と牙で俺たちを包囲していたダゴン族へと迷うことなく襲いかかった。
「お、おわっ!? な、何だ今度は!?」
「きゃあっ」
硬そうなダゴンどもの鱗をバキバキと音を立てて噛み砕き、鋭い爪で次々と引き裂く。二十体の灰色狼たちが。
そのうちの一体。銀色の毛皮をしたやつがダゴンの頸部を咥えて引きずりながら、俺へと獰猛な金色の視線を向けた。
「クック。どうやら胆の小さな貴様を驚かせてしまったようだな。借りは返したぞ、人間」
フェンリルさん家の人狼どもだ。
話しかけてきたのは、もちろんあのいけ好かない銀狼だ。それも、驚き硬直する俺たちを尻目に、半笑いの得意げなドヤ顔で、ふっさふさの胸を張りながらだ。
だから俺は言ってやったね。
「…………お、お、驚いてねーし! 俺一人で余裕だったし!」
「ライリー様、ここは素直にお礼を言いましょう。胆どころか器まで小さく見られます」
「嫌だねェ! ぜってえ嫌だねェ!」
銀狼が首を振ってダゴンを投げ捨て、舌打ちをぶちかました。
おっさん……。
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