第30話 とっておきの合体技(第三章 完)
前回までのあらすじ!
逮捕した方がいい。
貴族街を逃げ回る。
いくらなんでも相手が多すぎる。そもそも一介の剣士である俺は、多対一での戦いが苦手なんだ。魔術師のように広範囲に攻撃ができるわけじゃないからな。
屋根から塀に飛び移り、また別の館の屋根へと向けて跳躍する。鈍足のオーク族やミノタウロス族なら簡単に振り切れる。だが、他の獣人種はまずい。
ケット・シー族の男どもがしなやかな足取りで屋根を追ってくる。こりゃ追いつかれるのは時間の問題だ。
表通りは俺の逃走に合わせて人狼族や人虎族が併走し、魔人族やダークエルフ族どもはこぞって魔法や弓矢を撃ちまくる。
まじいな。
このまま平民街に逃げて宿に寄るのは現実的じゃない。レンとはここでお別れになりそうだ。賢いあいつのことだ。俺との繋がりが判明する前にはずらかるだろう。
コボルトは帰巣本能に期待するとして、問題な炎竜だ。あいつ、アホだからなあ。まあ、レンが面倒見てくれるなら何とかなるか。
一年後にゃもう竜だってバレてんだろうな。
「はっはっ!」
路地裏に着地して、闇に紛れる。気配を殺して何体かの魔族をやり過ごすが、鼻の利くキマイラに見つかった。
炎を吐かれている間にローブを投げつける。目隠しだ。
その隙に用水路の通路に飛び降りたが、甘かった。リザードマンどもが曲剣を振り回して追ってきやがる。
安物でも、剣を失っちまったのは痛い。
俺は包丁を抜いて曲剣を捌き、リザードマンの兵士を用水路へと蹴り落とした。派手な水飛沫が上がる。
「ここもだめかよ」
水路沿いを走り、こちらに近づいてくる一団があった。
舌打ちをして、走りながら夜空を見上げる。空は安全だ。翼人種のハルピア族は鳥目だから、この追走劇には加わっていない。だが、日が昇れば状況はますます悪化する。
呼吸を整える。おっさんにはちょいと堪えるね。
用水路の向こう側は平民街だ。通りから投げられた槍を躱しながら、俺は水路を跳び越えた。すぐさま壁を上って平民街の通りへと立つ。
「――ッ」
見回り兵と思しきオークが、俺の頸部へと斧を振り下ろした。石畳を転がってそいつを躱し、豚足に足を絡めてひっくり返す。
「こンの!」
――ピギィ!
斧を拾って奪おうとした瞬間、無数の矢が降り注いで後退した。矢はオークの腹にも突き刺さったが、俺はかろうじて躱すことができた。射ったのはダークエルフどもだ。
斧をあきらめて走る。
宿の前は通るだけだ。レンに言葉はかけない。それだけであいつなら察するだろう。ゴブリン族の集落に戻れば戦争に巻き込まれる恐れがあるが、現状これ以上の危機はウォルウォも望まないはずだ。
宿屋の前で追いついてきたケット・シーが、鋭い爪で俺の頬を掻く。
「シャア!」
「ちぃ――ッ」
赤い雫が玉になって散った。
魔力を込めた掌打をケット・シーの猫っ腹に埋めて大きく吹っ飛ばし、めちゃくちゃに種族の混ざったキマイラの噛みつきを屈んで躱す。
「――っ!」
その口から薙ぎ払われた炎に追い立てられるかのように、俺は再び走り出した。ガルグの大門まではもう少しだ。
人虎の襲撃を、その口吻をつかんで去なし、民家の壁に激突させる。中から悲鳴が聞こえたが、構ってる余裕はねえ。
「くそ、やっぱ獣人どもは振り切れねえな!」
どこもかしこも獣人族だ。普段は両手に武器を持ち、二本の足で歩いているやつらも、武器を捨てりゃ四足になる。武器を手放した分、攻撃力が下がるが、移動速度は段違いだ。現にいまも俺のすぐ背後に獣臭が迫っている。
おまけに、その数は目に見えて増えているときたもんだ。
徐々に追いつかれてきているんだ。
背後の敵を去なし、警戒しながら疾走していた俺は、ようやく見えてきたガルグの大門、進行方向へと視線を戻した。
「しま――ッ!?」
かなり小型だが、何かいたんだ。闇の中に紛れて、待ち伏せされていた。
そいつは四つの足を持ちながら、小さな人影の上半身を持っていた。おまけに手には何か武器らしきものをすでに構えている。
視認した瞬間にはもう、その武器の射出口は真っ赤に染まっていた。それは先ほどキマイラが吐いた炎よりも赤く、まるで火娘の両腕のようで。
あ……。
回避は間に合わない。魔力で防御に徹すれば背後の追っ手に追いつかれる。
どうする!?
ああ、致命的だ。迷っちまった。
俺は分水嶺を越えちまったんだ。もう魔力防御は間に合わない。心臓が冷えた。間違いなく直撃をもらう。
そのことに気づいた瞬間、静かで落ち着いた、ようやく聞き慣れてきた声が響いたんだ。
「しゃがんで」
「~~っ!?」
ほとんど無意識。俺はその声に反応して両膝を曲げ、走る勢いのまま石畳の上を膝で滑っていた。その俺のすぐ頭上を、四足人型の魔族の武器から射出された炎塊が通過する。
それは俺の背中を引っ掻こうとしていた人狼の胸部に命中し、大爆発を引き起こした。後続の追っ手が足を止める。なぜなら射出された炎塊が、巨大な炎の柱――いや、炎の壁を作り出してしまうほどの高威力だったから。
夜空が紅蓮に染まった。熱風が吹き荒れる。
整わない呼吸で、俺はかろうじて声を出した。
「レ、レン、だよな?」
「はい」
闇から出てきた小さな魔族はレンだったんだ。
ただし、目隠しのような仮面を装着して四足状態の茶白コボルトに勇ましく跨がり、その手には小さな炎竜を武器のように担いでいたけれど。
俺は思わず叫んだ。
「ハッハッハ! 何だそりゃ! いつの間に考えついたんだあっ!?」
「つい先ほどです。さて、とっととずらかりますよ、ライリー様。――ハイヨー、コボルトさん!」
「わぉ~んっ」
お嬢さん、言葉が汚くなっていますわよ?
レンをのせたコボルトが大門へと向けて走り出す。コボルトとはいえ獣人族。それも二足と四足を切り替え自由と考えれば、なかなかの機動力だ。
現に俺の全速力にも、コボルトは余裕でついてきている。
レンが身体をねじって背後を向き、炎竜の口を追っ手へと――いや、炎の大壁へと照準した。炎竜の口内へと、橙色の火花が吸い込まれていく。
「こいつはおまけです」
――ケェェェ~~……ゲボォ!
炎塊が再び射出される。それは炎の大壁の根元に着弾して、さらにその規模を広げた。追っ手集団から悲鳴が上がった。
民家にも火は移るだろうが、あれだけ兵士がいりゃあすぐに救出されるだろう。
それにしても大した威力だ。驚いた。前世、すなわち火竜一年目の頃の火力と比べても、さほど劣るもんじゃないな。
だが炎竜のやつ。もうグロッキーじゃねえか。砲身ってか首がグッタリ萎えてらぁ。
炎を吐くときゲボォとか言ってたし、一発一発をひねり出すのは結構しんどそうだ。まあまだチビだからな。
コボルトに乗って併走するレンが、少し遠慮がちに尋ねてきた。
「どうでした?」
「お、おお。ルランゼはいなかったが、収穫はあった。詳しくは逃げ切ったあとで話す。――と、すまん。せっかくもらった剣だが、折られちまった」
「少しは役に立ちましたか?」
「はっは! なきゃ死んでたな」
レンが薄く笑った。
「ならよしとしましょう。あ――」
跳ね橋の大門が数体のオーガ族によって閉ざされようとしていた。橋が持ち上がっちまったら外壁を越えられなくなっちまう。
俺とレン――コボルトは、さらに速度を上げる。向かい討ちにきたオーガ族の門衛たちの隙間を縫って走り、徐々に引き上げられつつある跳ね橋の門を全速力で駆け上がる。
「ぬおおおおおっ! あああ、滑る滑る!」
「がんばって、コボルトさん!」
「ハ、激シキ、オサンッポゥ!?」
最後はほとんど垂直近くで両足は派手に空転したが、かろうじて俺たちは門の外へと飛び出すことができた。つってもまあ、ガルグの周囲は大河の流れを利用した堀だ。飛び出した瞬間、俺たちは流れの中へと落下する。
「泳げるかぁ、レン!?」
「ご心配なく」
レンが落下しながら炎竜を空へと放つ。というか、首をつかんでぶん投げた。
「行って」
――ケェェ!?
炎竜は小さな翼をばたつかせてどうにか空中に留まったが、俺とレン、そして茶白コボルトは勢いよく流れる堀の中へと、派手な水飛沫を上げながら沈んでいった。
合体! コボリン竜!
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