第3話 釣って吊られて
前回までのあらすじ
それ魔王やて。
のんびりと時間が流れる。
時折、俺は竿を上げてエサを付けるが、どうにも掠め取られてばかりだ。どうもここの魚どもはずる賢い。
「これじゃただの餌付けだな」
「あははっ、そうだね」
飽きもせず、隣に座ったままだった少女がつぶやいた。
「釣れないねえ。もうすぐお昼になっちゃう」
「釣り針がでかすぎたみたいだな。エサを取られてばかりで針にはかからない。もうちょいねばってだめなら、少しばかり針を削るか」
俺の釣り針は魔物の骨からできている。削る分には自由自在だ。
「お昼ご飯はあきらめるの?」
別に釣れなくても問題ない。俺が魔力嵐の外から運び込んだ荷物の中には、およそ三日分ほどの生の食料と、七日分ほどの保存食が入っている。
が、この状況を楽しく思えた俺は、懲りずにまた竿で糸を垂らした。
「もっと大物を狙うべきだが、この浅瀬じゃあ、ちょいと厳しそうだ。ま、釣るも楽しみ釣れぬも楽しみ。こういう時間を楽しむことが大人の贅沢ってもんだろ」
少女が退屈そうにため息をつく。
「あーわかるわかるゥ」
「死んだ魚みてえな目ぇして棒読みすんなよ」
「だってどちらかと言えば釣れたほうが楽しいでしょ? だからそれは負け惜しみだよ」
「そらまあ……」
「そもそも、わたしがさっきまでここらへんで泳いでいたから、ほとんど逃げちゃっていないんだよね。大きなお魚は」
「あそっか~。て、おめえのせいかよ。先に言ってくれよ。道理で小せえのにエサばっか食われるわけだ」
てへへ、と少女が頭を掻いて笑った。
睨む俺をよそ目に、少女が湖の一点を指さす。岸から少し離れているが、地下水の湧き出るあたりなのか、常に波紋が浮いている。
「でもさ、さっきあそこらへんで大きな魚を見たよ。わたしが泳いでいても逃げなかったし、生態系の最上位かもよ。きっとこの湖の主じゃないかな」
「こんな短え竿じゃ届かねえよ」
「泳ぎながら釣ればいいんじゃない? あ、それともおにーさんは泳げないヒト?」
わざとらしく白い歯を見せながら、少女が俺を挑発した。
「お、おお、泳げらぁ! しかし泳ぎ釣りか。さすがに初めてだな」
「やるの? 本気? お魚に底まで引きずり込まれない? でかいよ?」
「情報提供に感謝する」
俺は竿を放り出し、上半身の服を脱ぎ捨てる。傷だらけの肉体を見られるのは、少々恥ずかしいが、幸い少女はそのことに触れることはなく。
「感謝ならモノで返してほしいな。釣れたら半分食べさせてよ」
「かまわんぜ。釣れたらな」
「釣って」
竿を拾い上げた俺は、湖に入っていく。水音に気がついて振り返ると、少女もまた俺のあとをついてきていた。
「おまえさんも来るのか」
「行くよ。お手伝いしに。こう見えて力は結構あるんだから」
鼻息を荒くして細腕を折り曲げ、少女は力こぶを作って見せる。
だが俺からすりゃあ木枝のように頼りない。まあ、手伝いはともかく見ている分には別にいいだろう。泳ぎの心配もなさそうだ。
俺は湖に腰まで浸かり、ゆっくりと湖底を蹴った。
地下水が流れ込んでいるせいか水温は冷たいが、暑い砂漠じゃちょうどいい。水中は透き通っていて、水底までくっきりと見える。
水を掻いて泳ぎ進めると、そこら中にいた小魚が散り散りになって逃げ出した。
気持ちいい。いいね、これぞバカンスって感じだ。
息継ぎをしながら振り返ると、少女がスイスイと泳ぎながらついてきていた。
「ここらへんか?」
「もうちょっと左のほうかな。近くにいればすぐにわかるくらい大きかったよ」
顔を浸ける。水中を見回すと――いた。
俺の全身ほどもある大きさの丸々と太った魚が、悠々と泳いでいる。他の小魚を引き連れて悠然と泳ぐ様は、まさに湖の主と呼ぶに相応しい。
でけえ! 怖えっ!! あいつ、人間くらいの大きさなら食うんじゃねっ!?
どうやら少女も主を発見したらしく、互いに顔を見合わせてうなずき合う。
俺は静かに浮上し、木枝の竿から湖底の主へと糸を垂らす。顔を浸けて主の動向を探るまでもなく、やつは一瞬にして食いついた。
俺は顔を上げて少女に笑いかける。
「うっしゃぁ!」
「え? もう食いついたの?」
「おおよ。……お、お? おおおお? ――なぶっ!? ぼごぶぶぶっ!?」
「ちょ……」
直後、竿が凄まじい勢いで引っ張られた。
水中に引きずり込まれた俺を、少女が潜水で追ってきた。主はなおも深い湖の中心部を目指し、竿を俺ごと引っ張りながら泳ぎ続ける。
泡だらけで前が見えねえ。こりゃやべえ。どんどん深度が増している。俺の息が詰まるのが先か、竿の糸が切れるのが先かだ。勝ちの目がねえ。
あきらめて竿を手放しかけた俺の両手に、少女の両手が重ねられる。
ああっ!? いや、死ぬってぇ! 案外握力強えし!
だが少女はあきらめない。水底の岩を両足で挟んでつかみ、主の勢いを弱らせる。それでも主は俺たちを引きずって泳ぎ続ける。先ほどまでの勢いこそないものの、止められそうにない。
だが少女にもあきらめる様子はなさそうだ。
てかこいつ。
口から空気の泡を噴きながら笑ってる。楽しそうに。水中で。笑っていたんだ。たぶん、主のあまりの大きさに。
一瞬、その楽しげな顔に見惚れた。いや、俺はうらやましかったのかもしれない。
しゃあねえなあ。
俺は少女に竿を預け、いまにも切れてしまいそうな糸を手繰るように泳ぎ進み、湖の主へと全身でのしかかった。両手両足でしがみついた直後、ぷつんと音がして糸が切れ、少女が勢いで背中から湖底に倒れ込む。
いい加減観念しやがれ!
俺は拳に魔力を付与した。本来ならば聖剣に付与し、敵が受け切れぬほどの剛剣とするための魔法だが、拳でも多少の威力増強にはなる。
俺は暴れる主の脳天へと、魔力を込めた拳を叩き下ろす。
ゴス、と鈍い音が水中で響いたあと、湖底にいた主が腹を上にしてゆっくりと浮かび始めた。
俺は尾をわしづかみにしてその速度を速めるように、湖面へと浮上した。遅れて少女も顔を出す。
「ぷはっ! ふぅ~。……あは! あはははははははははっ!! でっか!」
「くく、はーーっはっはっは! 見ろ、どうだ、釣ってやったぞ! 湖の主だ!」
「うん! すごいよ、すごい! ふふ、あは、でも釣れたって言うの、いまの? 釣りってよりは狩りかな? ふふ」
「だはは、かもな~」
少なくとも、もう釣りとは呼べなさそうだ。
俺が巨大な主を水面で引きずりながら泳ぎ出すと、少女もあとをついてきた。
そのときだ。
空で爆発音が鳴り響いたのは。
「あっ!?」
「へ?」
見上げると、魔力嵐によって巻き上げられていた砂粒が渦の内側へと向けて、大きく爆発している様が見えた。まるで巨大な何かが強引に魔力嵐を突破してきたかのようにだ。
「何だぁ?」
直後、砂礫が湖中に雨のように降り注いでいた。
「わああ!」
「潜れ潜れ!」
少女が頭を沈めたのを見てから俺も潜水――しようとした瞬間、右手で引きずっていた主が目を覚ましたように空へと跳ね上がった。おかげで俺はもろに降り注ぐ砂をかぶっちまった。
「かっ、ぺぺっ! くそ! 何だっつんだ!?」
「おにーさん! 飛んでる! 釣れてる! 飛んでる! 釣れてる!」
ああ?
湖面から顔を出した少女が遠ざかる。魚が跳ねたくらいじゃ、すぐに湖に落ちるはずなのだが、不思議と遠ざかるのだ。
というか、俺は巨大魚につかまって空を飛んでいた。
「お? おおお? 空飛ぶ魚?」
「上! 上見てぇ!」
少女の指さす先、俺がつかんだ空へと跳ねる主の、さらに上空。
巨大な竜の腹が見えた。翼を広げた竜だ。そいつが足で、湖の主をつかまえていやがったんだ。
「うおおおおおおおっ!? まじかぁぁぁぁ!?」
どうやらエサにかかった獲物が、ちょいとばかり大物過ぎたようだ。
てか釣れてるんじゃなくて、俺が吊られてるんだ。
釣ったのか釣られたのか微妙なライン(釣りだけに)。
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