第27話 がんばって、おっさん
前回までのあらすじ!
パーフェクト娘。
街灯に照らされた大通りを避けて、俺は闇に包まれた路地裏を静かに走る。前線都市ガルグの中心地、貴族街に存在する領主の館を目指して。
光が見えるたびに息を殺して身を潜め、見回り兵をやり過ごした。
レンの言った通り、戒厳令が発令されているいま、見回り兵にとっては自分たち以外の動くものすべてが敵だろう。戦時下、ましてや誘拐事件の多発する都市とあっては、かなりの警戒網が敷かれているはずだ。
誘拐事件は強硬派が仕組んだ自作自演なのだから、本来ならば強硬派に属するであろう見回り兵が警戒すべきことではないのだが、おそらく自演と知るのはそれを仕組んだ王族とアルザール公の一派のみ、つまり上層部だけなのだろう。末端であるしがない一兵卒が、その事実を知らされているとは思えない。だからこそ彼らは己の正義を果たすため、職務を遂行する。
闇に身を潜めながらようやく貴族街までやってきた俺は、路地裏から町並みを覗きながら舌打ちをした。
魔導街灯が多い。闇に乗じるのは難しそうだ。
「これだから金持ちってのは……」
貴族街全体が薄らぼんやりとした灯りに包まれてしまっている。おまけに有力貴族と思しき館の前には門衛がいる。表通りを走れば、どう足掻いても見られてしまう。かといって雑然と建造物の並ぶ平民街とは違って、貴族街に路地裏のような細い通りはない。
ガルグ領主ギリアグルス子爵の館は一目でわかった。
貴族街の中心地にひときわ大きく、それもわざわざ他の貴族館より高い立地に建てられた館がある。あれに間違いないだろう。
だが、どうやって近づくか。
片っ端から門衛を倒していくというのは現実的じゃない。見回り兵の数も平民街以上だし、いずれは発見されて大勢に追いかけ回されるのがオチだ。
一度警戒されてしまっては、領主の館にいる一個人との密会など絶対に不可能だ。
となると……。
俺は周囲を見回し、見回り兵の目がないことを確認してから手近なところにある貴族館の外壁に跳び乗った。そのまま中庭の樹木に飛び移り、屋根に着地する。
幸いローブは闇に紛れやすい色のものだ。
そのまま屋根を静かに走り、逆側の外壁に飛び移り、さらに蹴って街灯の光があまり届いていない路地に降りる。すぐにまた別の館の外壁に乗り、屋根へと移動する。
屋根の上からなら見回り兵の周回ルートや門衛の位置も把握しやすい。
そんな綱渡りを繰り返して、俺はようやく領主の館の外壁を越えた。
中庭の草むらに潜りながら周囲を確認する。犬はいない。
どうやら人間とは違って、魔族は番犬というものを飼わないようだ。鋭き牙の一族のように、犬に近しい進化種族もいるのだから、動物をペットにするという概念自体があまりないのだろう。
もっとも、牙の一族の鼻やダークエルフ族の耳を始め、動物や魔物の優れた機能を必要としないくらい、魔族という人種は発達しているのだが。
「……」
一息に館の壁際に走って詰め、俺は一階で灯りの消えている窓を探した。侵入口にするんだ。聖なる包丁に付与を施し、灯りの消えた部屋の窓の隙間に差し込む。
カツ……。
錠前を斬ると、小さな音がした。
音で誰かが近づいてくるかもしれないから警戒をしていたが、どうやら気づかれなかったようだ。俺は窓を片手で押して開け、領主の館へと侵入する。
閉めることも忘れない。そっと押して閉ざす。
窓の外に灯りが漏れた。身を屈めて警戒する。心音が聞こえそうで、嫌な汗が伝った。けれど灯りは足音とともに、何事もなく去っていった。
「ふ~……」
危ねえ。あと数秒遅れてたら、閉まる窓を見られてたかもしれねえ。
だが、ここまでは順調だ。
どうやらここは小間使いに与えられた一室らしい。ベッドが二台あるが、貴族様が過ごすには手狭過ぎるんだ。
クローゼットを漁る。
別に女性の下着を物色しているわけではない。執事服でもあれば、ある程度は堂々と廊下を歩いて回ってやろうと思っただけだ。だが、出てきたのは女性用のメイド服だった。
「……」
いや、さすがに変装は無理だろ。だめだって。ほんと。こんなフリフリのついた可愛らしいエプロンドレスをだぜ。四十のおっさんだもん。
………………。
…………。
……。
いや、着てないぞ。
とりあえずこの戦利品は丁寧に畳んでベルトに挟んで大切に持っていくとして。
違うぞ。別にオアシスでルランゼに着せようとか思ってないぞ。ただ、ここにルランゼがいると仮定したときに、彼女をここから連れ出す方法の一つとして、これを着せて変装させる、というスーパーアイデアが思い浮かんでしまっただけなんだ。それなら見られたとしても「ああ、小間使いの娘が深夜に店が開いているわけないのに買い物にでもいくんだな。アヤシいけどまあいいか~」ってアホの門衛とか見回り兵が思ってくれるかもなって、ちゃんと地に足ついた考えがあってのことだ。
いるよねー、言い訳しすぎてバレバレなやつ。俺だわ。クソ。
俺は拳で右の頬を自ら叩いた。
何やってんだ、俺ェ……。
しっかりしろ、ここが正念場だぞ……。
俺はベルトでメイド服を挟むとローブで覆い、ドアに耳を充てて物音を聞く。ヒトの気配はない。ノブを静かに回してドアを開け、明かりの灯った廊下に出る。
こっから先はもう、隠れて移動のしようがない。
目指すは客間か貴賓室、あるいは領主ギリアグルス子爵の部屋だ。ルランゼがこの館にいるとすれば、そのどれかだろう。
一階は使用人部屋だと考えるなら――……。
階段は玄関広間か。
高級感溢れる絨毯が敷き詰められた廊下のおかげで、足音は響かない。全力で走っても大丈夫そうだ。
走る速度を上げる。だが、玄関広間に辿り着いたと同時に、ちょうど交代時間だったのか扉を開けて入ってきた門衛と目が合ってしまった。
「……」
「何も――ッ!?」
瞬間には俺はもう門衛の足下に潜り込んでいた。
身を起こしながら渾身の力を込めた拳を、やつの鳩尾へと突き上げる。むろん、魔力を込めてだ。無色透明の暴力――魔力が門衛の鳩尾から背中へと突き抜ける。
「げぁ……っ」
「悪いね」
ぐったりと、門衛が俺の腕にもたれかかった。気絶させたんだ。
俺は中庭へと続く扉を静かに閉ざし、気絶させた門衛を手近な無人部屋へと連れ込み、毛布でぐるぐる撒きにして引き剥がしたカーテンで縛った。もちろん、声を上げられないように枕カバーを猿ぐつわにすることも忘れない。
一仕事終えると再び部屋を出て、玄関広間の階段を駆け上がる。
胸が高鳴った。細胞が次々と目覚めていく。高揚しているせいか、かつてないほどに力があふれ出てくる。まるで若返っていくみたいだ。
ルランゼ。
もうすぐだ。もうすぐ逢える――。
途中で若干おかしくなったけどギリギリで立ち直った。
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今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。




