第26話 おっさん勇者は夜を駆ける
前回までのあらすじ!
もうちょっと賢い門衛を雇った方がいいよ……。
前線都市とは言えども、入っちまえば街中の雰囲気は人類領域の都市とあまり変わらない。ただ市場やそこらを歩いている魔族の中に、軍所属と思しき服装をしているやつらが多く混ざっているだけだ。
もちろん一般人の数は、その比じゃなく多い。
人類はせいぜいが肌の色程度の違いしかないが、ガルグは――というよりルーグリオン地方は本当に人種が多種多様だ。
ゴブリン、コボルト、オーク、オーガ、ケット・シー、ダークエルフ、魔人、獣人、とにかく体色どころか形状まで様々だ。俺にはわからん種族までいる。
ケット・シーの子供を追って、母猫が走る。もちろん二足だ。
猫足だから、どっちも速ええの何のって。俺の股ぐらをくぐり抜けて逃げる子供に対して、母猫は俺の肩に手をついて、頭上をふわりと跳び越える。
見上げた青空がロングスカートの裏地で覆われて、その花の中心に彼女の白い下着が映った。猫の尻尾とな。
「おー……」
着地と同時に振り返り、母猫が片手を上げて俺に謝った。
「ごめんなさい!!」
伸びた鼻の下を意図的に縮めて、俺は渋い声で帰で返す。
「気にすんな。ほれ、子猫が逃げちまうぞ」
「あ! こらぁ、待ちなさぁ~~~いっ!!」
だがそれも一瞬の出来事で、あっという間に走り去った。
触れられた肩にはほとんど衝撃はなかった。身軽さが半端ないんだ。俺が厚着をしていたら、触れられたことにすら気づかなかったかもしれない。
ケット・シーの親子はヒト混みに紛れてあっという間に見えなくなった。雑踏が彼女らの様子に微笑んでいた。
敵性種族のああいう姿を見ていると、つくづく思う。
「……戦争は、嫌だねえ」
俺はただのぼやきのつもりだった。けれどレンはその言葉に対して、俺が想像していた同意以上の言葉をつぶやいた。
「私もです。世界に生きる大半の人々も、きっとそう思っています。悲しむヒトが多いのに、それでも戦争が起きてしまうのは、そうは考えないほんの一部のヒトに引きずられてしまうから……」
「そうだな」
茶白のコボルトはまだついてきている。そいつの背中で眠る炎竜は、もはや野生を忘れたがごとく、ヘソ天で眠ったままだ。
何だよ、こいつ。ほんと何なんだよ。レンの爪の垢でも煎じて飲めよ。
「どうします?」
レンが声を潜めて尋ねてきた。俺も声を落とす。
「まずは宿を探す。ガルグにはあまり長居できそうにねえから、今晩中に俺一人で領主の館に乗り込んでみるよ。レンは犬と鳥の監視を頼む」
「わかりました。ですが念のため、ここではレンではなくレシアでお願いします。正面からいくおつもりですか?」
「まさか。頼み込んで会えるような地位じゃねえだろ。魔王はもちろん領主も」
「ええ」
「だからこっそり窓からお邪魔しまーすってな」
少し考える素振りを見せていたレンが、視線を持ち上げて俺に言った。
「そうですか。お似合いですね」
「何でだよ」
「先ほどもケット・シーのスカートの中を見上げていましたよね。それも偶然ではなく、超反応で意図的に上を向いたりして。誰でもいいんですね、このヘンタイ」
ズカズカと先に歩き出したレンを追って、俺は釈明する。
「何でレンが怒ってんだよ。違うって。まるっきり誤解だ」
「レシアです。ではあの親子に何か怪しいところでもあったのですか? 武器を隠して近づいてきていたとか?」
「いや、そうじゃねえ。そうじゃねえんだ」
俺はレンの肩に手を置いて口を開いた。
「ただのどすけべなんだよ。見えるって思ったら、つい反応しちゃっただけなんだよ。ほんと、純粋に反応しちゃっただけなんだ。性的な意味で」
「あの。ちょっと怖いんで私に触らないでくれます?」
「辛辣!?」
やんややんや言いながらも、俺たちは近場の安宿を見つけることができた。
当然だが、人類領域と魔族領域では通貨そのものが違う。だから俺はオアシスを去ると決めたときに近場の街で人類の貨幣をすべて金や銀に変えたんだ。
当初、コボルトとその背中で眠っている得体の知れないペットを見て難色を示していた宿屋のオヤジだったが、小さな金の板を手渡すと上機嫌になって無駄に広い部屋に案内してくれた。
レンがこっそりつぶやく。
「払いすぎです。あれじゃ十泊はできてしまいます」
「だろうね。だが、ヘタに勘ぐられるよりは気楽だろ」
「う、まあ。そうですね」
俺自身、人間であると知られることは致命的だし、炎竜なんかはもっと論外だ。いまでこそこんなだが、成長後はヘタすりゃ一国をも滅ぼしてしまいかねない力を持つ現象生物だからな。ま、そこらへんのことはレンにも言えねえけど。だから、火を吹く変な鳥ってことにしてる。
互いの荷物を投げ出して、俺たちは一息つく。
俺は宿裏にある水浴び場で全身を軽く洗い、着替えを終えてベッドに倒れ込んだ。手足が熱を持っていて、少し痺れるような感覚がある。疲労の蓄積だ。
「ああ、年だねえ。若え頃はまだまだいけたのに」
「十分すごいと思いますよ、ライリー様は。中年男性には思えないバイタリティとどすけべさです」
「褒めてんの? 貶してんの?」
「どちらかと言えば、貶し寄りの貶しですね」
「わーお。辛辣ぅ」
久々のベッドはとんでもなく心地いい。
「レン」
「はい」
「夜が長くなりそうだから、少し眠る。夕飯時になったら起こしてくれ」
瞼が重い
「わかりました。では私も身体を洗ってきます」
「ああ。ついでにコボルトと鳥も洗っといてくれ。鳥は水ぶっかけるだけでいいから」
どうせ鱗だ。羽毛と違って汚れは絡まない。
「わかりました。覗かないでくださいね」
「……おまえ……俺を何だと思ってん……の…………」
レンがクスクス笑って廊下に出る音を聞きながら、俺はあっという間に眠りの中へと落ちていった。
※
レンに背中を揺さぶられて起きた俺は、宿屋のオヤジに用意されたやたら豪勢な夕食をかっ食らい、再び冒険者用の服に袖を通した。どうやら眠っている間にレンが洗っておいてくれたらしく、少し石鹸の匂いがした。
「短時間でよく乾いたな」
「鳥さんの体熱のおかげです。さすがは火を吹く不思議な鳥ですね」
「お、おう」
気の利くゴブリンだ。
ちなみにコボルトと鳥野郎は寝ている。あのクソバカ炎竜のやつ、食ってるとき以外はいつも寝てんな。
部屋の窓から街を覗くと、昼間とは違ってほとんど何も見えない。
ぼんやりとした魔導街灯の明かりがところどころにあるだけだ。だが、動いている光も少なくない。
「見回り兵です。さすがは前線都市ガルグ。多いですね。ほとんどしらみつぶしです」
「まずったな。武器屋で剣を先に買っておくべきだった。忘れちまってたぜ」
レンが自身のベッドから、一振りの簡素な長剣を取り出す。
「これを」
「これは?」
「申し訳ありませんが、これから必要になると思い、金貨袋から拝借して購入しておきました。ただ、私の目利きでは剣の善し悪しはわかりませんので、今晩だけ保てばと安物を選んでます。早めにご自身で買い換えることをおすすめします」
「……おまえ、すげえな。助かるよ。ほんとに」
レンが視線を俺は外して、少し恥ずかしそうな表情で咳払いをした。
「もちろん無駄遣いはしていません。宿代を出していただいている身ですので」
いや、多少なら買い食いくらいはしてくれても構わないんだが。というか、俺はレンに給金を支払わなきゃならねえ身だった。すでに通訳や道案内以上のことをしてもらっているのだから。一度話し合わなければならない。
レンは続ける。
「ガルグでは、日暮れ以降は一般人の外出には許可が必要になるそうです。つまり見回り兵は、自分たち以外の動くものすべてが敵という前提で動いています。例の偽装誘拐事件が最も多発しているのも、この街ですから」
「光を避けながら領主の館まで行きゃあいいんだろ。ま、何とかならぁな」
窓を開けて窓枠に片脚をのせる。
宿の入り口を使えば、宿屋のオヤジやその家族に見られる恐れがあるからだ。俺の妙な動きを見られてしまうと、宿に残っているレンたちを危険にさらしてしまう。
「どうかご無事で、ライリー様」
「あんがとよ」
フードを目深にかぶった俺は、夜のガルグへと音もなく降り立った。
ゴブリン娘は気立てがいい。
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今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。




