第25話 前線都市ガルグの鬼門
前回までのあらすじ!
犬、鳥、猿がそろったので、そろそろ鬼退治へ。
通常、勇者として行動をする際には、厳王ガイザスの命により、三人の仲間を選ぶことが取り決めとされている。
一つは力と重量に長けた戦士職。
俺たち剣士とは違い、彼らは力と武器の重さで敵を潰す。非常に頼れる存在だ。
一つは攻撃魔法に長けた魔術師。
前衛が時間を稼いでいるうちに、広範囲の敵を掃討する。非常に頼れる存在だ。
一つは回復魔法に長けた回復魔術師。
ある程度までなら怪我を負っても、たちどころに治してくれる。非常に頼れる存在だ。
多少の違いはあれども、曾祖母であるサクヤ・キリサメを含む歴々の勇者殿は、そのほとんどがこの構成でパーティを組んで魔王討伐に動いていたという。
彼らを選出する際には、志願者の中から勇者自らが自身の目で見て選ぶものだが、最初っからやる気のなかった俺は、志願者の中から先頭にいた三名を適当に選んだ。
もう二十年以上も前の話だ。
職業も見ずに適当に選んだ仲間たちは、偶然ながら実はとんでもない粒ぞろいだった。
一つは無職。
楽して儲けられる肩書きが欲しかったそうだ。ヘラヘラしていた。
一つは前科持ちギャンブル中毒。
初日に金を貸してくれと土下座された。後頭部を踏んづけてやった。
一つは露出魔。
ローブの下には何も着ていなかった。最終的に知り合いの見回り騎士に引き渡した。
勇者の仲間となるものには、一代限りながら騎士爵と呼ばれる準貴族扱いの爵位を王より賜れるため、一発逆転の人生を狙って、こういった社会不適合者も集いやすいのだ。
俺は最初の旅で、彼らを撒いた……。
苦い、苦い想い出だ……。
そして今日。
俺は、二十年の歳月を経て、新たなる三人の仲間を得た。
一つ、二度の転生を経て炎竜へと進化した超自然災害生物、竜の孫。
頭が悪い上に現状では最弱。そのくせ大食らい。もはやただの鳥だ。
一つ、ゴブリンの上位種であるホブゴブリンのレン。
頭が非常に良い。だが慣れてきたせいか時々俺に対して辛辣な言葉を吐く。つらい。
一つ、何だかよくわからん茶白のコボルト。
何でついてきてんの? 可愛いけど。
これならレンを誘拐した四人組とだって、四対四で正々堂々と戦えるぜ! ……なわけねーのは俺が一番よくわかってるよクソ。仲間運ねえな。
まあとにかくだ。歴々の勇者殿のように四人パーティを組み、頼りない人外どもを引き連れて、俺はようやく足を踏み入れたはずのルーグリオン地方中心域から、人類領域方面へと引き返していた。
足取りは重い。そらそうだろ。戻ってんだぜ。
「徒労だ。世の中はくそだな」
「最初から可能性はあったのに、それを見逃していたのはご自身では?」
「うぐ……」
大狼フェンリルに聞いた、魔王ジルイールの居場所だ。
俺はてっきりルーグリオン地方の最奥にある魔都ルインの魔王城にいるかもなぁ~と思い、何とな~くのフワッとした感じでそこを目指していたんだ。
ところがよ。
フェンリルの口をついて出た都市名は、人魔戦争において前線都市となったガルグだったんだ。そう、俺が一番最初に迂回し、素通りしてきちまった都市だ。オアシスから最短距離を辿ればそれこそ三日程度の場所にある。
超小型となった炎竜は、いまはコボルトの背中に寝っ転がって高いびきだ。コボルトもそんなやつ振り落としてやりゃあいいものを、ご丁寧に前脚を地面に下ろして歩いている。
てかこいつ、いつまでついてくるんだ? やっぱりフェンリルに命じられて俺たちのことを監視してんのか?
そんなことを考えた瞬間、コボルトがグリンと首を回して俺を見上げた。
「ニ、ニニ、人間サァ~ン?」
「ひ!? な、何――っ?」
「オサンポ?」
「おう、これは散歩だぞ。楽しいだろ」
機嫌良さそうに尻尾振っとる。かわええなあ。
「オサンポ、オサンポ! 楽シイ~ナ!」
監視でも何でも、荷物を担いで歩いてくれるだけマシだ。俺が頭の上で運んでたときより、肩こりがずっと楽になったもんな。でもまあ、基本は犬だ。そのうち帰巣本能で自力帰宅することだろう。
……話を戻そう。
考えてみりゃあ、レンの言った通り、魔都ルインと同じくらい前線都市ガルグも怪しかったんだ。だってそうだろ。魔王が魔王軍の指揮を直接執っているのだとしたら、戦地に最も近い場所は十分に臭い。俺は見逃していたんだ。
魔王ルランゼ・ジルイールは、魔王軍の駐屯する前線都市ガルグにいる――。
大狼フェンリルはそう言った。目眩がしたね。
まあいいさ。通ってきた道ならば古戦場以外はもう危険がないことはわかっている。こんだけ戦力外のチビどもを引き連れてんだから、むしろありがたいってもんよ。
そんなわけで二日分ほど歩き、俺たちは前線都市ガルグにまで戻ってきた。
さすがにここから先は人間であることを隠さなければならない……と、思っていたんだが、よくよく考えてみりゃあ、魔族の中でも魔人種ってやつは、外見上、人間とそう変わるものじゃない。
ルランゼ然り、先日の双剣を持った痩せ男のビーグ然り。
だったらあとは、俺自身が堂々としていればよいだけのこと。きっとバレやしねえだろう。
前線都市ガルグは、文字通り人類領域に攻め入る際の拠点となった魔族領域最初の街だ。いまでこそ魔王軍は人類領域の奥深くにまで攻め入り、侵略した街を新たな前線都市として駐屯しているが、だからといってガルグが手薄になっているわけではない。
奪い取った街とは違い、ガルグにはもともとの魔族民が数多く暮らしているからだ。そういった意味でこの街は、魔王軍にとっては侵略した街と比べても、非常に重要な拠点であると言えるだろう。
街を囲う外壁は高く、弓兵や魔導砲といった兵器などが設置されている。外壁の周囲は大河川を利用した堀に囲まれていて、街中へと通じているのは下ろされた跳ね橋一つだ。橋の門衛は二体のオーガ族しか見えないが、駐屯所には何体いるか不明。
レンが隣でつぶやいた。
「ガルグ領主のギリアグルス子爵は強硬派幹部の不死種です」
「お金持ちなんだ。うらやましいねえ。札束でしばき回してほしいね」
「……」
わあ、すっげえ。
生ゴミと俺を区別できていないタイプのヒトが時々向けてくる視線だわ。大司教カザーノフとかな。
「冗談だよ……。魔術に長けた黒衣の不死者だろ。知ってるよ。生者の血とかグビグビ飲むんだろ」
「安心しました。完全に焼却するか銀の武器で貫くか木の杭を心臓に打ち込む以外の方法では殺害できないのでお気を付けて」
「どれも持ってないが?」
聖剣っつか聖なる包丁じゃダメかな。聖ってついてても、ただ魔力を通しやすいだけのナマクラだしなあ。
「いずれにせよ、可能な限り戦闘は避けるべきかと。あまり魔族に被害を出すと、フェンリル様があなたを殺しにやってくる恐れがありますから」
「ああ、そうだったな」
あのワンコロめ。躾がなってねえな。
「ただ、命の危機に瀕した際には躊躇わずにやってください。フェンリル様の所属は評議会です。あくまでも魔王軍ではなく、魔族の民の味方です。民間人に被害を出せばすぐにやってきますが、軍部の損害に関しては、ある程度目を瞑ってくださると思います」
「真実の究明をしている限りはな」
「ですね」
静かな夜の街道に風が吹く。
「とりあえず行くか。街道で立ち止まってたら怪しまれちまう」
前線都市だけあって、ヒトの出入りはそれほどない。あるとすれば魔王軍御用聞きの、武器や食料を運ぶ商隊と護衛くらいのものだ。
つまり、旅人は目立つのだ。この時期は特に。
俺は三体のオトモを連れて跳ね橋を渡る。大門に近づくと、すぐさま二体のオーガ族が槍を交叉して俺たちの歩みを止めた。
「止マレ」
「ガルグニ何用カ。貴様、何者ダ?」
でけえ。グックルほどじゃあないが、やはりオーガ族はガタイがいい。やつらが持っている槍の太さはレンの太もも周りくらいあるし、長さは俺の身長を遙かに超えている。
よくあんなもん振り回せるわ。てか近づくだけで体熱を感じる。暑苦しい。
「俺ぁ魔人族のライ――あ」
レンがすげえ目つきで俺を睨み上げてきた。
「ラ、ライリンだ。ライリン・リンリン♪」
ああ、変な名前名乗っちゃった!
「顔ニ似合ワズ、可愛ラシイ名前」
「ツラには合ってんだろ! ……じゃなくて、ガルグには……あ~……こ、こっちの子供の親を捜しにきた」
俺はレンを指さす。レンが眉間に皺を寄せて顎をしゃくった。
視線に殺意が混ざったように感じられた。ややこしい設定をつけるなってことか。
だが、オーガ族が怪しむようにレンに顔を寄せると、レンはすぐに怯えた演技であどけなさを取り戻す。あざとい。
「ホー? 珍シイ。ゴブリン族? ホブゴブリン? ホブリン!」
「あ、ああ。ホブだ。ホブ。呆れるほどホブだな。ちなみに俺はこいつの親捜しに雇われた護衛だ。ついでにこっちの犬は馬が高くて買えなかったから荷物運びで、鳥は~アレだ。朝目覚まし代わりだ。ケケケッケーって鳴くんだ。朝に」
オーガ族二体が顔を見合わせてヒソヒソ話している横で、レンが後ろを向いて舌打ちをぶちかました。
何か怒ってる?
やがてオーガ族がこちらを向いた。
「イナイ。ガルグ、ホブゴブリン、イナイ。キット違ウトコロ、思ウ」
「魔王軍モ、ホブゴブリン、ウォルウォ様ダケ。デモ、辞メタ。ダカライナイ」
ホブゴブリンってそんなに稀少なの!? しくじったぜ……。
レンに視線を向けると、言わんこっちゃないとばかりに首を左右に振られた。
「シッシ! 帰レ! ガルグハ前線都市。トテモ危険。人間族、攻メテクルカモシレン街ダ」
「ウォルウォ様ノ集落、クク村。ソッチ行ケ。ソッチノガ情報アル思ウ」
そこからきたんだよっ!? 遙々ねっ!?
見かねたのか、レンが俺のローブを指先で摘まんで口を開いた。
「ライリンおじちゃん。もう暗くなっちゃうよ。レシア疲れた。眠いよぅ」
「レシア?」
ゴス、とレンに足を蹴られた。
レンだから実際にはあまり痛くはないが、女児に蹴られるとおっさんの心は非常に痛む。
「あ、ああ、レシア、そうだな。ずっと歩きっぱなしだったからな。夜は魔物が山ほど出るから嫌だねえ」
「わぁん、レシア魔物嫌だよぉ~」
チラ、チラ、二人でオーガ族を見る。
「わぁぁぁん、魔物怖いよぅ、おじちゃん……」
「怖いねえ。怖いねえ。でも血も涙もないオーガ族に追い出されちゃうんだよね。仕方ないよね。彼らは東方の鬼族だし。頑張ろうね」
「わあああぁぁぁぁぁん!」
チラ、チラ。
オーガの顔つきが変わった。
「ア、ア、泣クナ」
「レシア、きっと魔物に食べられちゃうよぅ」
オーガ族が困り顔でまた囁き合ってから、こちらを向いた。
「シ、仕方ナイ。入ッテヨシ。……ヨシ?」
もう一体のオーガ族がレンを指さしてうなずく。
「ヨシ!」
「わあ、ありがと! オーガのおじちゃん!」
「デモ、ナルベク早ク去レ? イイナ? 戦争、ナルカモナ?」
「クック、感謝するぜ」
おまえらの知能の低さになァ!
フーハハハッ、愚か者め! 入っちまえばこっちのもんだぜ!
まさに外道……。
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