第24話 蠢く渦中の陰謀と(第二章 完)
前回までのあらすじ!
それは人間族でも滑ると思う。
レンを通したフェンリルの話は、概ねこういうことだった。
俺とルランゼがオアシスで別れてからおよそ一年後、強硬派に鞍替えした魔王ジルイールは人間の男を一人、側近団へと迎え入れた。理由はウォルウォのような穏健派の側近たちを一斉に左遷したため、空位が増えたことに端を発する。
だが、さすがに敵性種族である人間を魔王の側に置くなど以ての外だ。それは穏健派以上に強硬派にとっても到底納得のできるものではなかった。当然のように側近団は反対するも、ジルイールの一存により男は迎え入れられた。
穏健派から権力を奪って中央から追いやったはずの魔王が、今度は強硬派の反対を押し切って人間を側に置いたのだ。
これにはさすがに第三者機関である評議会も黙ってはいなかった。
ただでさえ人類殲滅派と共存派の二派に分かれてしまった魔族が、さらに分裂してしまう事態を招きかねないからだ。
「評議会ってのはどういう機関なんだ?」
レンがこたえた。
「簡単に説明しますと、魔族はジルイール一族、つまり王族の強権のみで全体の意志決定を行っているわけではないのです。それでは暴君が誕生した際に、自滅しかねないからです。実際に先代魔王ジルイールの時代には、民は徴兵されてむりやりに戦場へと送り込まれることも少なくはありませんでした」
「はっはっは。……いまの人類そっくりじゃねえの」
厳王ガイザスの話を聞いているかのようだ。
あの脳筋野郎。クズ司教とともにくたばっちまえばいいんだ。
「そこで王族の血筋にない魔族から形成された評議会というものが、当代魔王ルランゼ・ジルイールの時代になって誕生したのです」
「ルランゼが? 作ったの?」
「はい」
案外ちゃんと魔王やってたんだな、あのポンコツ。
「議長の発言力は非常に大きく、原則として魔王の意志決定に関与が可能です。代わりに軍部の運用や政治に対する新規アイデアなどを公的に提言する権利はありません。それらはあくまでも魔王側の権限ですから。といっても、私的にならばあったそうですが」
ルランゼらしいっちゃらしいな。うん。間違いなく俺の知っているあいつだ。なのになぜ、こんな状況になっちまってるんだ。
俺は考えながらつぶやいた。
「要するに、評議会は国家ではなく国民の代弁者というわけか」
「……」
ゴブリン族の小娘は、ぽかんと口を開けている。
「意外と……ん、んんぅ。失礼。ライリー様の仰る通りです」
俺は小娘をビシィと指さして問い詰めた。
「おまえ、俺のことバカにしてただろ!? なあ? いまのいままで、俺のことバカって思ってたの? なあぁぁ?」
「そういうとこですよ、ライリー様」
「うぐぅ……っ」
レンがフェンリルと目配せをして、再び口を開く。
「ところがです。昨今になって評議会のメンバーが次々と行方を眩ませるという事件が多発してしまっていたそうです」
「あ……?」
「最初はオーガ族のローレン副議長。数日後には末端構成員。また数日後には書記官。その後も事件は続き、現在では構成員二十六名のうち、十一名が不明者となっています」
茶白コボルトがフェンリルに擦り寄っている。怒らせて噛み殺されないかとヒヤヒヤしたが、フェンリルはコボルトの顔をベロリと舐めて背中から転がした。コボルトは腹を見せながら、嬉しそうに尻尾を振っている。
案外フランクだな、フェンリルのやつ。
「十中八九暗殺、それもずいぶんとあからさまだな。隠す気すらなさそうだ」
「はい。中には上位魔族もいたはずなのですが……」
だとするなら実行犯は相当な手練れだな。問題は実行犯を雇った勢力だ。まあ、話の流れからして一つしかなさそうだが。
「評議会は人類殲滅に関しちゃあ、どういう立場だったんだ?」
「そこらへんはどちらでもなかったそうです。ただ、徴兵制度には反対していました。ちなみにここにいらっしゃるフェンリル様が、評議会の議長を務めていたそうですよ」
俺はフェンリルに尋ねる。
「ああ? あんた、側近じゃなかったのか? ウォルウォはたしか――」
「フェンリル様は魔王様の側近ですよ。というより、王族の監視のために評議会から側近団に出向していたのです。そういった役割は常に必要だと、当代魔王様が評議会をお作りになられたときに自らお決めになられたそうです」
なるほど。ルランゼの性格なら然もありなんだ。ほんとに、民のことを想う善き王だったんだな。
俺には関係のないことだが、不思議と少し嬉しく思う。
レンは続ける。
「そこでフェンリル様が行方不明事件を追っているうちに、例の人間と遭遇してしまったのだとか」
「そいつが評議会の議員どもを暗殺してたってことか?」
「それはわかりません。ただ、その人間は評議会議長であるフェンリル様に襲いかかってきたから、真実はそれに近しいところにあるのだとは思います」
「魔王の意志か、あるいはその人間の暴走か……」
ともあれ、それでフェンリルは魔力を人間に奪われたってわけか。
俺は顎に手を当てて考える。
つーかよぉ、魔王級の魔力と凄まじい肉体性能の両方を兼ね備えている大狼フェンリルから、一介の人間ごときが魔力を奪えるもんなのか。ヘタすりゃルランゼより強えぞ、この狼。そんなバケモン張り倒して魔力を奪うなんざ、俺でも無理だ。策を弄してのことと思いたいね。
そもそも魔力を奪うってのはどうやるんだ?
いったい何者だ?
そいつがルランゼを脅迫や洗脳で操っているのか?
てかそもそもの話、いまの魔王は本当にルランゼ本人なのか?
ルランゼはたしか、オアシスにくる際には影武者を置いてきていると言っていた。だがそれをフェンリルに尋ねても詮なきことだろう。なぜなら影武者の存在を側近団に知られていたら、魔王位を空けてまで外をほっつき歩けるわけがねえからだ。
基本的なスタンスとして、俺はルランゼを信じている。だからルーグリオン地方くんだりまでやってきた。
そいつを前提とするなら、可能性は二つだ。
フェンリルの言った“人間の男”とやらがルランゼを操っている黒幕である。
もしくは。
ルランゼの影武者が何らかの意図で離反し、成り代わってしまっている。
「レン、評議会がどうなったか聞いてくれ」
「わからないそうです。いずれにせよ、よくて無事に解散。あるいは魔王一派に呑み込まれて民意を反映しない傀儡と化してしまっているか。もしくは最悪、残る十五名も皆殺しにされたか」
頭を掻き毟る。
いずれにしても魔王に会うまでは何もわからない。直接話してみなければ。
「そのようなわけで鋭き牙の一族は、現在魔王一派からは距離を取っている状況らしいです。そこで最初のライリー様の質問に戻るのですが」
「あ、ああ。そっか。そうだったな。魔王ジルイールの現在の居場所だったな。教えてくれるかい?」
あまりにあんまりな話に、つい肝心の質問のことを忘れていた。
「フェンリル様はこう仰っています。魔力を取り戻すために、“人間の雄”を始末してもらいたい。行為に抵抗があるなら、ここへ連れてきて欲しいとのことです。それをライリー様が約束してくれるならば、魔王様の居場所に関する情報を渡してくださるそうです」
「連れてきた場合は殺すのか?」
「ライリー様、それは――」
レンの制止を、俺は手で制する。
――……。
レンがフェンリルと視線を合わせてからうなずく。
「あなたの知るところではない。が、魔族の民に損害を与える存在であるならば、私はその雄を殺すだろう、と」
「そうかい。だが、そうじゃない場合は魔力を取り返して終いにしろ。殺さずともできんだろ。おまえさんが生きたまま奪われたんだからな」
フェンリルが視線を逸らせて、フンと鼻を鳴らした。
機嫌を損ねてしまったようだ。
「その代わりに、もしもそいつが救いようのねえ外道だったなら、そんときは同じ人類である俺の手で始末することを約束する。あんたの手を煩わせるまでもない」
大狼が視線を俺へと戻す。
「おまえごときにやれるのか、と」
「やる」
譲歩できる精一杯だ。フェンリルが骨の髄まで魔族であって、魔族の民のために尽くすように、結局俺だってどこまでいっても人間だ。厳王といまの体制は大嫌いだが、人類そのものを裏切ることはできねえ。もちろん魔族を殲滅したいなんざ、物騒なことは考えてもいねえが。
フェンリルの評議会は善くも悪くも中立。穏健派でも強硬派でもない。人間が彼女の魔力を奪ったが、その裏には魔王一派の影もチラついている。こいつだっていまは何を信じていいのかわからない状態になっちまってんだ。
「なあ、フェンリルさんよ。あんただって事の真実を知りてえだろ。俺もだ。人類の中で中立を貫いたために、俺は追放されちまった。俺たちは立場的によく似てる。だからここらが互いの落としどころだぜ」
――……。
ぶるっちまいそうな視線だ。だが、俺は空色の瞳から視線を逸らさない。互いの腹を探るように、俺と大狼は睨み合った。
やがてフェンリルは、レンに視線を送る。
レンが口を開きかけて、すぐに閉ざした。躊躇ったんだ。
俺はすかさず問い詰める。
「構わんぜ。彼女の言葉をそのまま教えてくれ」
「…………はい……。ライリー様が魔族に害を及ぼしたときには、フェンリル様があなたを殺しにくるそうです。裏切りは許さない、とのことです」
「上等。契約は成立だな」
とはいえ、全力全開のこの巨大ワンコから魔力を奪えるような男に、俺は勝てるのかねえ。ちょいとばかり早まっちまったかもな。
ちなみにレンのあとをずっとついてきていた茶白のコボルトだが、フェンリルの森を去ったあとも、俺たちの後ろをついてきている。
フェンリルめ。俺に監視をつけやがったな。俺ほど信用できる人間はいねえってのによ。
「オ、オ、オッサン、オサンポ? オサンポ、人間サァ~ン?」
うわぁ、引くほど尻尾振ってる。嬉しすぎて耳とか後ろに倒してるし。
どうやらただの人なつっこいだけの野良犬らしい。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。
次章から少しずつ核心へと迫っていきます。
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