第23話 おっさん勇者は図々しい
前回までのあらすじ!
えん罪です。
フェンリルは一声鳴くと、左右の崖を四肢で蹴りながら俺たちの前まで降りてきた。
やっぱでけえ。肩高ですでに成人男性の身長二人分だ。圧倒されちまう。
フェンリルが地に足をつけると、人狼たちが静かにその周囲に集い、あらためて片膝をつく。ちなみにコボルトたちはあいかわらずワチャワチャしている。
やっぱ頭悪そう。
――……。
「あ~……なんだ。その……あんたに用事があってやってきたんだが……」
――……。
大きな瞳が俺を見下ろす。
その佇まいがあまりに綺麗で、俺は言葉を失った。その全身は陽光を受けて白く輝き、瞳は空のように透ける青さだ。毛皮には汚れ一つない。
胸がきゅんきゅんする。
「かわええ……」
――……。
「色々と話すことがあんだが、その、とりあえずその胸毛に顔を埋めさせてもらっていい?」
――……。
片膝をついた体勢の銀狼が、慌てて俺に叫ぶ。
「き、貴様! 人間風情が無礼であろう! この方をどなたと心得る!」
「え? あ、そっか。すまん。つい、な。ごめんちゃい」
銀狼の眼球が真っ赤に染まった。
「……殺すぞ」
「さっきからもうずっと俺のこと殺そうとしてただろ~?」
「く……ッ」
「ま、勝ったのは俺だったがねェ?」
「貴ッ様ァ~」
憎まれ口こそ叩いてはいるが、銀狼に先ほどまでの殺気はない。剥いた牙を噛みしめて、やつは声を絞り出した。
「そ、その件については、こちらの手違いだったと、たったいま判明した」
「ほー? なんでまたいきなり認めたのよ?」
「我らが主が貴様ではないと仰っておられる。奪われた本人がそう仰るのであれば、我ら人狼族が貴様に誅を下す謂われはない」
どうやら俺の知らぬ間に、フェンリルと人狼の間でやりとりがあったようだ。そう言えばウォルウォが言っていたか。フェンリルと人類では言葉が通じないと。
おそらく、先の遠吠えがそうだったのだろう。どうやらこれで、俺とレンは命を拾ったようだ。
ならば俺のすることは一つ。
俺は片膝をつく銀狼の前に回り込んで屈み、斜めに首を倒しながら金色の瞳を覗き込む。
「じゃあ、謝って?」
「な――っ!?」
「間違ってたんだろ? 無実の罪で殺されかけたんだぜ、俺? な、謝って?」
ここぞとばかりに、俺はニヤケ面を近づけて復讐する。
「ぐ、くっ! ……ハッ、何と器の小さきことよ。それでも雄か、貴様は。それとも、人間とはその程度の種ということか?」
「え~? 謝れないヒトはもっと器が小さいんだよぉ? ママにそう教わらなかったのかなあ? いいからさっさと腹を見せろよワンちゃんよぉ!」
「犬ではない! 我らは誇り高き狼だ!」
「そんなのどっちでもいいワン?」
「く、殺――っ」
そのときだ。
後方のワチャワチャからレンが転がるように這い出てきて、一匹の茶白コボルトを引き連れながら俺とフェンリルの間に小さな身を滑り込ませてきたのは。
「ライリー様!」
「よう、レン。無事で何よりだ」
「おかげさまで。どうやら誤解は解けたようですね」
「どうもそうらしい。あいつのおかげでな」
俺たちはフェンリルを見上げる。けれど当のフェンリルは、俺を見下ろしたまま何も語らない。
小さなレンが両腕を広げ、フェンリルへと向けて口を開いた。
「鋭き牙の一族が長、大狼フェンリル様でございますね」
――……。
フェンリルの視線が俺からレンへと移された。レンがすかさずその場に膝をついて、頭を垂れる。
「はい。ゴブリンキング・ウォルウォが一子、レンと申します」
俺には何も返事がないように思えるが、どうやらそうではないらしい。フェンリルが微かに首を上下させている。
なるほど、異種と心を通わせることができるというレンの特殊能力は、ずいぶんと役に立つ。まさか銀狼に通訳を頼むわけにもいかないしな。
「あなた様にお尋ねしたいことがあり、立ち寄らせていただきました」
フェンリルがゆっくりと緩慢な動作でレンに鼻先を下げる。一瞬怯えたレンだったが、すぐにその意図を悟ったのか、俺の方を振り向いた。
「乗りなさい、とのことです」
「え? いいの?」
「……たぶん」
たぶんて。乗った瞬間怒ってガブっとかないだろうな。こんな体躯の狼だ。可能な限りやり合いたくはない。強そうだし、あとめっちゃかわええし。まじ好き。
グビッと喉が鳴った。
覚悟を決めて、俺はフェンリルに近づく。
「ほんじゃま、お邪魔しますよ~っと」
そうして恐る恐る、大狼の鼻先に足をかけた。ふかっと、靴底が毛皮に沈んだ。
ああぁぁ~……ヤダ……むり……この感触……マジ最高……!
銀狼が凄まじい目線で睨んでいることには気づかないふりをして、そのままゆっくりと頭を歩き、背中に移動する。
続いて乗り込んできたレンが、俺につぶやいた。
「突っ立ってないでさっさとつかまれ、だそうです」
「おう」
人狼たちが一斉にうなり声を上げてた。犬特有の嫉妬というやつだろうか。
とにかく殺気がヤバい。こんなに他人から憎まれたことがかつてあっただろうか。いや、ないよ。ないない。愛とはかくも罪深きものか。
レンと、そして彼女にひっついてきた茶白コボルトに倣って、俺はフェンリルの真っ白な草原のような背中に腰を下ろして、ふっかふかの背中を両腕でギュッと抱え込む。
すぅ~~~っと息を吸い込む。
「はわわ~……むり……」
あぁもう、どうしてあなたはこんなにいい匂いがするの。まるで天気の良い日に干したブランケットかキルトだね。もうここで暮らす。フェンリルたん、好き。かわいい。
「お顔がすけべになっていますよ」
「いいの……どすけべだから。ああぁぁぁ~…………しやわせぇ~……」
毛皮に頬ずりをすると、真冬の山で遭難したときに、たまたま発見した温泉に足を浸けて以来の声が出た――が、その直後、フェンリルは立ち上がると同時に地を蹴って跳躍した。
「うおぁっ!?」
ぐんと身体が引っ張られて、俺は大慌てでフェンリルの毛皮を強く掴み直す。大狼は三方を囲まれた断崖を蹴ってさらに上昇、向かいの壁面を蹴って、あっという間に崖上へと着地していた。
あの高さの断崖絶壁を、たったの三歩だ。
俺は目を剥いて抗議する。
「や、やいやいやい! この狼野郎! いきなり跳ぶんじゃないよ! びっくりして落っこちかけただろうがよ!? 狼牙だけになあッ!!」
どやあ!
――……。
「おい、レン。いまこいつ何つった? さぞや爆笑――」
レンが口ごもった。
「え? …………あ、いえ。その……」
「何だよ、はっきりしねえな。言えよ」
「はい。では。――何も。無視されています」
無視っ!? 場を朗らかにしようとした俺の渾身が?
「無視かぁ……そっかぁ……」
骨身に堪えた。哀しいねえ。
これだから魔族ってのは。人間族だったら大受け間違いなしだったぜ。
「ごめんなさい」
「謝んねえでくれるかな!? この瞬間を夢に見ちゃうだろ!?」
レンが目を丸くして口元に手を当てた。
「え、意外に繊細……」
「意外って何だよ! 俺ぁツラからして繊細だろうが!」
いや、何て不思議そうな顔でこっちを見てんだ、この小娘……。何か言いなさいよ……。
「あ、あと、フェンリル様は女性です。野郎ではないから無視されたのかもしれません。よかったですね」
「そういうフォローはいらねえよ。ケッ。だが納得だ。道理で綺麗だと思った」
断崖絶壁の上には、広大な森が広がっていた。フェンリルは俺たちを背中に乗せたまま少し走ると、森の拓けた場所でその足を止める。
辺りには人狼の姿もコボルトの姿もない。レンにひっついてきた茶白の一匹を除いては。てかこのコボルト、いつまでひっついてんの。
――……。
「降りなさい、だそうです」
レンが茶白コボルトを抱えながら、ぴょんと飛び降りた。俺もそれに倣って真っ白ふわふわの草原から泣く泣くおさらばする。
ああ、愛しき天国よ、さらば。
――……。
「話とは何かを尋ねてます。人狼たちが間違ったお詫びに、わかる範囲でならこたえてくださるそうです」
なるほど。そりゃ都合がいい。殺されかけた甲斐があったってもんだ。
俺は尋ねる。
「なら、単刀直入に聞きたい。大狼フェンリル、あんた魔王ジルイールの居場所を知っているか? それと、ジルイールとの間に何があった?」
――……。
大狼の眉間が微かに寄せられた。
時々JKみたいになるおっさん。
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今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。




