第22話 大狼は愚者を見定める
前回までのあらすじ!
わんわん激おこ。
人狼の言葉を要約すると、こうだ。
信じられないことに、魔王ジルイールには人間の腹心がいるらしい。
その人間の手によって、大狼フェンリルの魔力が奪い取られてしまった。
人狼たちは俺の仕業であると勘違いをして、殺しにかかってきている。
この三つだ。
俺は慌てて叫んだ。
「待て待て待て! 身に覚えはねえ!」
俺は魔王の友人ではあるが、少なくとも手先になって暗躍した覚えはない。要人暗殺なんざ、以ての外だ。そもそもルーグリオン地方に足を踏み入れたのも、つい最近が初めてだ。
「ほざくな、白々しい! 魔王の手先でなくば、ルーグリオンの奥深くに人間族などがいるものか!」
「そ、そらまあ、そうなんだろうけど……お、俺はただ、魔お――」
魔王に会いにきた。
そう言おうとした俺の脇腹を、レンが叩いて止めた。
「だめです。いまそれは逆効果になります」
「ぐ……っ」
そうだ。人狼どもにしてみれば、魔王は人間を使ってフェンリルから魔力を奪った張本人なのだから。
ルランゼのやつ、ほんとに何してくれてんだ……! ほんとにいまのルランゼは、俺の知ってるあの娘なのか……!?
人狼がうなる。獣のうなりだ。
「申し開きもないかッ、人間ッ! ああ、そうだろうとも! 卑怯な悪党たるものそうでなくてはな! ならばここで命を置いて行けッ!!」
それが合図だった。
四方八方から人狼が俺たちへと襲いかかってきたんだ。
俺は逆手に持った聖なる包丁に魔力を通すと同時、レンの手をもう片方の手で握り、三体分の爪の薙ぎ払いをかいくぐって前に出た。
「速ええ――ッ」
「きゃあっ」
両足の浮いたレンを腕一本で引っ張る。だが、人間の足では狼からは逃げられない。背中に爪が追いすがった。
「クソ!」
そいつを身をひねりながらの後ろ回し蹴りで蹴り飛ばし、俺は叫んだ。
「すまん、レン!」
「は? え?」
後方。切り立つ崖に三方を囲まれた袋小路の後方には、およそ五十体ほどのコボルト族が俺たちの退路を断っている。人狼とは違って頭はよくない。攻撃力も段違いに低い。
俺は身体を回転させ、左腕一本でレンをそこへと向けてぶん投げる。
「おらぁ!」
「きゃああああああっ!?」
頼むからウォルウォには黙っててくれよ。
レンがコボルト族の群れに落ちた。一匹下敷きになったおかげで、大したケガもないはずだ。そもそもレンはゴブリン族。アクロバティックな動きはお手の物のはず。
「そのまま逃げろ、レン!」
「~~っ!?」
数体の人狼がレンに反応して追いかけようとしたが、先ほど俺と対話をした一体、銀色の人狼がそれを制止した。
「ゴブリンに構うな! コボルトどもに任せておけばいい! 我ら人狼隊は主に不埒を働いた人間を討つ!」
「俺じゃねえっつってんだろうがよッ」
ああ、だが。いま他の人狼どもに命令したな。
やはりおまえか。ここの首魁は。
いくらなんでもこの数の差じゃ勝てるわけがねえ。それこそ、オアシスを囲む魔力嵐を作った先代ジルイールの大魔法や、曾祖母である勇者キリサメの少々埒外とも言えるほどの剣術でも使えない限りは無理だ。
そもそも俺はただの剣士だ。多対一は得意じゃない。その上、まともな武器もないときたもんだ。ルランゼならば例の貫通魔法の振り回しでどうにかできたかもだが、あいにくいまの彼女は敵か味方かすら胡乱な有様。
だから俺は、この銀狼のみを討つ。
頭を潰せば手足は止まる。一瞬でもいい。その隙を衝いて逃げる。決まりだ。
俺は無言で疾走する。他のすべてを置き去りにして、銀狼だけを目指して。
追いすがってくる人狼には、雨や日光避けにしていた旅のローブを脱ぎ捨てて囮にした。ローブが後方で縦に裂け、それに足を取られたのか灰色狼どもが転倒するのがわかった。側方からの爪の攻撃はかいくぐり、低空への噛みつきは頭部を踏みつけて走った。
久しぶりだ。この感覚。魂が猛る。頬が吊り上がる。嗤う。剣士の性だ。
「――本性を現したかッ、人間めッ!! まるで我ら以上の獣だなッ!!」
「悪ィが、おまえは狩る」
交叉の瞬間、爪と包丁がぶつかり合って火花と轟音を散らした。
力も速度も分が悪い。んなこたわかってる。俺の突進は完全に殺された。
「簡単に殺れると思うなよ、脆弱な人間風情がッ!!」
「――ッ」
デタラメな速度で振り回される両腕の爪を、俺は包丁でかろうじて捌く。そのたびに刀身は悲鳴を上げ、それ以上に俺の腕に衝撃が走る。だが柄を手放しちまえば終わりだ。
「おおおおおっ!!」
「ガアアァァッ!!」
避けて、斬りつけ、防いで、斬り上げる。火花が散って、金属音が何度も何度も鳴り響いた。
「どのような汚い手で魔王様に取り入ったッ!?」
「俺じゃねえッ!!」
「この期に及んでまだ謀るか!」
金色の視線と俺の視線が混じり合い、続いて繰り出された頭部への噛みつき攻撃を俺は身体を斜めに倒して躱す。こめかみが切れ、血液が悲惨した。
獣臭とうなり。互いの横顔同士が近づき、横目で至近距離から睨み合った直後、俺は自らの額で銀狼の横っ面を撲ってやった。
「ぐおらぁ!」
「――ガグッ!?」
さすがに想定外の攻撃だったのだろう。あるいは刃だけに気を配っていたか。銀狼が撲たれた目を押さえて上体ごと顔を上げた。
そのときにはすでにやつの大股へと片脚で踏み込んでいた俺は、聖なる包丁をその胸部へ突き立てる――寸前で手を止めた。
いや、止められたんだ。
――ウオオオオオオォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!
その恐るべき咆哮が轟いたからだ。反射的に耳を塞ぎ、身をすくめる。全身が粟立った。
咆哮は袋小路で反響し、何度も何度も襲いかかってきた。断崖の一部が欠けて、小さな崩落を起こしてなお、響き続ける。
そのあまりの大音量に、コボルト族が一斉に腰砕けとなった。彼らに揉みくちゃにされていたレンもだ。それどころか人狼どもですら、体毛を逆立てて膝を折っていた。やつらの首魁である銀狼とて例外ではない。
俺は視線を跳ね上げる――!
正面、崖の頂上。
陽光を背負って、真っ白で巨大な、あまりにも巨大過ぎる白狼が一頭、空色の瞳で遙か高みから俺たちを見下ろしていた。
そいつはあまりにも美しかった。
まるで戦場を彷徨って疲れた身で魔力嵐に迷い込み、ようやく辿り着いたときに初めて見たオアシスの景色のように、静かで、慈愛に満ちていて、力強かった。
言葉もねえ。
俺は本能で理解する。あいつがフェンリルであると。
大いなる魔力を奪われてなお、その存在感は健在だ。
なるほど、あれならばたしかに伝説にもなり得るだろう。倒すなら魔力を失っているいましかない。だが、包丁の柄がやたらと滑りやがる。汗が止まらねえんだ。
こめかみから流れる血を拭って、俺は柄を強く握りしめる。
人狼どもが一斉に袋小路の正面に向き直り、膝をついた。
「我らが主」
「ここは危険です!」
「出てきてはなりませぬ!」
「そのようなお体で……」
俺が背後に立っているというのに、銀狼ですらもフェンリルに跪いたのさ。
犬は忠義に厚い。時として愚かなほどにだ。
だが、俺には隙だらけのその背中に包丁を突き立てることはできなかった。フェンリルが空色の瞳で、俺をじっと視ていたからだ。
俺には何だかその表情が、悪戯をした子を叱りもせずに困り顔で見つめる母親のそれに見えちまって、どうにもばつが悪かった。
「はぁ~……」
戦意をすっかり削がれた俺は、長い息を吐いて包丁を収める。
そしてあらためて。
銀狼の隣で顔を上げて尋ねた。
「…………あんたがフェンリルかい?」
――……。
フェンリルがクイッと首を直角に傾けた。
でけえ。そして。
かぁ~わい~なあ~。たまんね。
悔しい、どすけべがはみ出ちゃう。
楽しんでいただけましたなら、ブクマや評価、ご意見、ご感想などをいただけると幸いです。
今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。




