第21話 野獣は魂で咆哮する
前回までのあらすじ!
かわ……っ!?////
ホブゴブリンであるレンやウォルウォはもちろんのこと、通常のゴブリン族と比べてさえ、コボルト族の知能は低い。敵であろうが味方であろうが、二足歩行の生物が大好き。すぐに尻尾を振るし、恐怖を感じたら簡単に腹を見せる。
こんな種族でも魔物ではなく魔族であると認められているのは、かろうじて会話が成り立ってしまうせいだ。基準が甘過ぎやしないかと思う。
だが反面、知能レベルがぎりぎりである彼らが、それでもこうして戦乱の世を生き抜き、繁栄してこられたのは、その人なつっこさが原因だとされている。
何せ味方魔族は彼らをやたらと保護したがるし、敵である人類でさえも彼らをなかなか殺せないのだ。
だから自然、コボルト族は生き残る。ある意味じゃ無敵の種族だ。
そんなわけで俺もレンもコボルト族と仲良くお手々繋いで連行されているってわけだ。どこにかは知らねえが。
俺は隣を行くレンに尋ねる。
「なあ、レン」
「はい?」
両手に1コボルトずつ、二匹と手を繋いで歩くレンが視線を上げた。
「コボルトキングってのはどういう人物なんだ?」
「いまのコボルト族は、王位が空席です。なかなか頭脳に優れた個体が出てこないみたいで、数百年間は指導者不在が続いているらしいです」
いないのかよ。じゃあ誰のどういう意図で俺たちを捕まえにきたんだ、こいつら。
「それはともかく、なぁ~んでおとなしく連行されてんの、おまえさん」
「逆らえませんでした。ライリー様こそ」
「……無理だよ。可愛いもん。ケガさせられないよ」
「でしょう? まあ、コボルト族だけならあまり危険はないかと。少しの寄り道と思って楽しみましょう」
楽しみましょうとか言い出したよ。
レンが言葉を体現するように、もっさりとした大型犬のコボルトの背中に飛び乗った。
「えいっ」
大型犬コボルトは逆らうことなく、二足歩行からあっさりと四足歩行型に変形して、レンをのせたまま歩き出す。
馬みてえ。レンが頭から背中を小さな手で撫でると、大型犬コボルトは嬉しそうに鼻を鳴らして振り返りながら尻尾を振った。
「何それ、いいなぁ~」
「ライリー様ですと重くて無理ですね」
「妬ましい」
ぽかぽか陽気に誘われて、俺たちが連行された先――……そこは。
三方を切り立つ断崖絶壁に囲まれた、恐ろしい場所だった。いやあ、のこのことついてきちゃったことを心底悔いたね。
俺はてっきり楽しい楽しいわんわん王国に連れてってくれるものだとばかりに思っていたのだから。
「ライリー様」
「何?」
「……これはかなりまずいです。どうしましょう」
絶壁の中腹の至るところには人工的に掘られたと思しき洞穴があり、そこからは金色の瞳を持つ狼型魔族、人狼たちがこちらを睥睨している。
数はおよそ二十体といったところか。
毛皮に包まれた筋骨隆々とした豪腕を胸の前で組み、恐ろしい牙を剥いて立っているのだ。そして俺たちの背後にはコボルト族数十体が立ちはだかり、ワチャワチャしながら逃走経路を完全に塞いでしまっている。
剣呑な雰囲気だ。処刑場みたい。
「ど~うしたもんかね……」
ま~ずいな。人狼は危険だ。
速さ、膂力ともに人類の手練れを遙かに凌駕する。彼らの牙と爪は鋼鉄の鎧をもいとも容易く突き破り、疾走する速さは全速力の馬にも匹敵する。
上位魔族であるキングを除くホブゴブリン種と同じく、非常に危険とされている中位魔族だ。戦力は人狼一体につき、手練れの騎士が五人分といったところか。
ましてや洞穴の奥にどれだけの数が潜んでいるかもわからないし、ろくな武器もないとくれば、俺ですら逃げるので精一杯だ。だが空にいる炎竜はさておき、レンを連れての逃走となれば絶望的と言っていい。かといって彼女を見捨てたりしたら、今度は上位魔族であるウォルウォを敵に回すことになる。
「八方塞がりだなあ。ところでウォルウォの紹介って人狼だったりしない?」
「残念ながら」
「そううまくはいかねえか」
レンは完全に怯えている。さっきまでの上機嫌はどこへやらだ。せめて竜の孫がオアシス出発時くらいまで育っていたら、レンだけでも空に逃がしてもらえるんだが。
そんなことを考えて、俺は頭を振った。
無い物ねだりは時間の無駄だ。
「レン、俺の側にこい」
「は、はい」
やがて正面中腹の洞穴から俺たちを睥睨していた人狼が、剣呑な牙を見せながら口火を切った。
「なぜ人間と猿がこのようなところをうろついている」
「猿だってよ」
レンがムッとした顔をする。けれどそれだけだ。完全に気圧されている。
人狼はさらに言葉を続けた。
「ここを我ら鋭き牙の一族の縄張りと知ってのことか?」
「鋭き牙の一族……人狼が鋭き牙の一族だとすれば……」
レンが小声でつぶやく。
俺はすかさず下手に出た。
「いや、悪い悪い、知らなかったんだ。間違えて踏み込んじまっただけだ。悪かったな。もう消えるから勘弁しちゃくんねえかい」
ところがレンはあっさりとその意見を覆した。
「知っていました。牙の一族の戦士よ」
「なぬっ!? レ、レン?」
金色の眼光が鋭さを増す。
「ほう。知った上での狼藉か」
狼だけに狼藉ってやかましいわ。
しっかりしろ、俺の頭。
「私たちは、あなた方の長に会いにやってきたのです」
え~、何かもう色々と聞いてねえよぉ? てかさっきは人狼じゃないって言ってたのに?
そういや、そもそもそこらへんを詳しく尋ねてもなかったな。てっきり俺はまたゴブリン族の別の集落に向かっているものとばかりに思っていたから。
レンはここぞとばかりに言葉を吐き出す。
「ゴブリンキング・ウォルウォよりの言伝を持って参じました。ウォルウォが一子レンと申します。大狼フェンリル様にお目通りを願えませんか」
俺は目を丸くしてレンを凝視した。
「……あ? おい、レン、いま何つった? フェンリル?」
「ええ。そう申し上げました。鋭き牙の一族をまとめる長の名こそが、大狼フェンリル様です」
「冗談だろ……」
俺は自分のマヌケさを心底悔いた。なぜのこのことついてきてしまったのか。
人狼はもちろん、ホブゴブリンですら木っ端に思えるほどの、世界でたった一体しかいない超大物の魔族だ。噂では魔王の側近でありながら主にも匹敵する魔力を持ち、神々とすら繋がりを持つ巨大な神狼であるとされている。
なぜそれが噂レベルでしか人類に伝わっていないかは言わずもがな。戦場での遭遇は、すなわち死に等しいからだ。俺はもちろんのこと、曾祖母の手記にさえ遭遇したという記述はない。サクヤ・キリサメですら、戦いを避けていた相手だ。
おいおい、ウォルウォの野郎。とんでもない大物に繋いでくれたもんだ。
が。
人狼は眼球を充血させ、怒りに満ちた表情で吼えた。
「ふざけるなッ! ウォルウォ様の使いだなどと白々しい! 我らはすでに聞き及んでいるぞ、人間風情が! 魔力のみならず、今度は長の生命までをも奪いにきたか! 恥知らずの魔王の手先め!」
それは絶叫のようであり、怒号のようでもあった。びりびりと全身が痺れるほどの殺気に、レンが口内で悲鳴を上げる。
え? え? 何……? どういうことだ……?
いまの一言、情報量が多すぎるだろ……!
俺がレンに視線を向けると、レンもまた困惑の表情を見せていた。
何が何だかわからない。
だが、このままでは戦いになってしまう。
「待――」
「決して生きては帰さぬぞッ!! 貴様らの肉体を七つに引き裂き、我らが長の糧としてくれようぞッ!!」
戸惑っているうちに、人狼たちは次々と洞穴から飛び降りてきて、俺とレンを包囲するように取り囲んだ。
わんわん王国……。
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今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。
本日は夕方頃にもう一話更新予定です。




