第20話 野獣は期せずして襲来する
前回までのあらすじ!
尊かった。
俺の一歩はレンの三歩だ。
俺は普通に歩いているが、小さなレンは常に小走りでついてきている。それも、彼女の胸まである長い雑草を掻き分けながらだ。
空を飛ぶ竜の孫はさておき、ついてくるのにわりと大変なのかと思いきや、彼女は息一つ切らしていない。見かけはほとんど人間の五歳児程度といったところだが、こういう部分はゴブリン族だと思ってしまう。
「すまんね。ルーグリオン地方で人間が街道を通ってると騒ぎになっちまう。草原や林なんかの道なき道を行くしかないんだ」
「お気になさらず。小柄なゴブリン族は慣れっこです。人類には理解しがたいかもしれませんが、木々や障害物が多ければ多いほど、私たちの移動速度は増します。といっても、相対的にですけれど」
そういや林でゴブリン族五十体に追われたとき、振り切れなかったっけ。平地を走る速度で劣るわけじゃないんだが。
レンが俺を見上げた。
「あまりお気遣いなく」
「わかった」
「それと、私は戦闘ではまるで役に立ちませんので、そのおつもりで」
それに関しちゃ最初から期待していない。ゴブリン族は鋭い爪と牙を持つ小柄な種族だが、一対一では金属鎧と剣で武装された騎士にはまず敵わない。群れで波状攻撃をしかけて、初めて脅威となり得る弱小魔族だ。
戦闘になった際には、引っ込んでてもらうしかないだろう。あくまでも通訳兼道案内程度だと思っておいた方がいい。
「ああ。そっちは俺が何とかするよ」
「お願いします」
陽光の中を飛んでいた竜の孫が弧を描くように降下してきて、俺ではなくレンの頭に舞い降りる。長い首を生かして彼女の顔を覗き込み、一言。
――ケェ。
「わかりました」
何が?
レンが再び俺を見上げる。
「怪鳥さんが、この先に何かがいると教えてくださっています」
――ケケェ、ク、クク、ケ、カァ。
「こちらにはすでに気づいているようで、私たちの歩調に合わせて平行に移動しているのだとか」
待ち伏せか。クソ、いつから見られてた。
「何がいるのよ?」
――ケェ~?
「えっと……? わからないみたいです」
竜の孫――この炎竜は生まれたてだ。まだ生物の名や特性を知らないのだろう。
炎竜がレンの頭から地面に降りて、翼で自身の頭と足を順番に触った。
――ケッケコケコケコロッケ。
「耳が長くて、二足歩行です」
「ジェスチャーなんだ、それ……。んー、その特徴が正しいのだとしたら、ルーグリオンだからたぶんダークエルフかね?」
レンを誘拐した一味のダークエルフ、ギャッツのおかげですぐに思い至った。
魔力と魔法に長けたかなり厄介な敵だ。正直、あまり種族単位で対立したくはない。姿形も魔人族に次いで、人間に近いことだしな。
ちなみにダークエルフ族とは似て非なるハイエルフ族は、ルーグリオン地方にはいない。というか、どこにいるのか生態学の碩学にすら判明していないのだ。噂ではどこかの森の奥深くに隠れ住んでいるらしい。俺たちが稀に見かけるハイエルフは、何らかの意図で森を出た個体だけだ。
炎竜が小さな翼を大きく広げた。
――ケッケケケケケコロッケ。
「毛がもさもさしているらしいです」
「ロン毛ってことなら間違いねえな」
エルフ族には白黒問わず、ロン毛が多い。ギャッツもまたその例に漏れずだ。
――ケッケコココココロッケ。
なあ、さっきからコロッケ食べたいって言ってない? 気のせいかな?
「白いのとか黒いのとか薄茶色いのとかがいるそうです」
全然違ったわ、くそ。
「白? ハイエルフ? それにダークエルフに……ハーフエルフ? そんなにいやがるのか? そろい踏みじゃねえか」
「どうやらいっぱいいるらしいですね。迂回しますか?」
遠距離から発見できたのはかなり大きい。もちろんやつらは、俺たちにすでに発見されていることに気づいていないだろう。奇襲をしかけてくるつもりだったのだろうが、おあいにく様ってやつだ。
だがエルフ族は生まれついての魔術師だ。戦闘時の間合いの広さにおいては到底敵わない。現時点で攻撃されていないことを考えれば、まだ魔法の届かない位置にいるのだろう。
しかしこちらから距離を詰める方法はない。数の利がないいまは、先制攻撃を受けるのも避けたい。いまはレンも同行させていることだしな。
「そうするしかなさそうだが、俺たちはすでにやつらに捕捉されている。こうなっちまうと逃げることも難しい。戦術に長けてるやつが相手だとすると、すでに後方に回り込まれてる可能性もある」
「……そうですね」
どうしたものか。まあ、考えるだけの時間はあるだろう。
――ケェ。ケェケェ。
「えっ!?」
「どうした?」
レンが珍しく表情を歪めてつぶやいた。
「こっちにいっぱいで走って向かってきてたよーって言って……ま……す……」
「な、なぬっ!? そ、それを最初に言えよクソトカゲぇぇぇ!」
――ケェ?
炎竜が首を傾げた直後、眼前の草むら波打った。視界の端から端まで、海に波が打ち寄せるように草が波打って高速で迫っているのが見えたんだ。
「お、わぁっ!? 逃げろレン! 早く!」
「だめ……もう間に合わいません……っ!!」
――ケェェェ!
そこから飛び出す無数の影。黒や白、薄茶色の魔族。
――グルルルル……!
――ガアアアアァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!
「~~ッ!?」
「きゃあっ!!」
草むらから中空へと飛び出したそれらは、迷うことなく俺とレンに襲いかかってきた。包丁を抜く暇もねえ。炎竜の目すら利用したあまりに見事な奇襲に、俺たちは為す術もなくやつらに押し倒されて草むらを転がっていた。
「く……っ!!」
「あぁ……っ!?」
――キャンキャン!
――あんっあんっ!!
なるほど。竜の孫の言った通りの耳長、黒白茶に二足歩行だ。だが、その全体像はといえば、飛び出した口吻に、短い手足。モッフモフの毛皮。
犬だ。完全に犬だ。コボルト族の特徴だ。ダークエルフって何だよ、魔法攻撃ってバカかよ。
――クゥ~ン。
――キュ~?
尻尾フリフリ。
モッフモフした毛皮にやられるがまま揉みくちゃにされて、耳を甘噛みされ、顔面をペロペロと舐め上げられた俺は、次の瞬間、胸の上の一匹を両腕でギュッと抱え込みながら真顔で叫んでいた。
「クッッッッッッッッソ可愛いな、コボルトォォォォ!!」
「はぁ~ん……。全面的に同意しますぅ……」
――ケェェェェ!? ケキャァァァ!?
炎竜だけが翼を広げて飛ぶことも忘れ、必死の形相で地面を転がりながら逃げ惑っている。
だが俺とレンはその可愛らしさの前に為す術もなく腰砕けとなり、尻尾をフリフリして楽しそうなコボルト族に取り囲まれてしまっていた。
「ニ、ニ、人間サァ~ン。ツー、捕マエッタ」
「タ、立ツ。立ツテ?」
コボルトどもの命じる通り、俺は幸せなニヤケ面のままで立ち上がる。もちろん、胸に一匹を抱えたままだ。短い手足をワチャワチャさせて、俺のハグから逃れようとしている。
「放セ、放ーセ。放ァ~ス?」
「放さん」
頬ずりをしまくると、それまでワチャワチャしていたコボルトが俺の頬を舐めてくれた。ペロペロペロペロ、それも尻尾を振りながら。なぜか嬉しそうに。
はわわ~、もうむり……。かわいすぎ……。すき、コボルトさん……。
「く、まいったぜ。どうやら俺たちは、コボルト族に捕らわれちまったみてえだ」
「これは仕方ありませんね……。逆らって怪我でもさせたら――あ、いえ、怪我でもしてしまったら大変です。いまはおとなしく従うのが最善かと」
「同感だ。念のために尋ねるが、ウォルウォの知人というのはコボルトキングとかじゃないよな?」
「種族的には近しいですが、明確に違います」
白いコボルトが、俺の尻を両手でグイグイと押した。
同じように、黒コボルトがレンの腰をグイグイ押す。
どうやら俺たちをどこかに連行しようとしているらしい。種族的に近しいならば、何らかの手がかりはあるかもしれない。
「ニ、ニ、人間サァ~ン。歩クケ? 歩ケ?」
「うん、歩く歩くぅ」
しかしなんて恐ろしい魔族だ。逆らう気力が根こそぎ奪われちまった。
「あ、でもおっちゃん、つい出来心で逃げたくなっちゃうから、キミたちとお手々繋いでいい?」
「ヨ、ヨカロゥ?」
「ヨカロー!」
かわ……っ! むり……もうむり……。
俺は抱えていた茶白コボルトを下ろして、その片手をきゅっと握った。もう片方の手には黒コボルトだ。両手に伝わる肉球のプニっとした気持ちのいい感触に、自然と口元が弛んで眉尻が下がる。
「ライリー様、どすけべがはみ出てます」
「おっと、いかんいかん」
俺は鼻の下を意図的に縮める。
こうして俺たちは逆らうことすらままならず、恐るべき野獣軍団であるコボルト族に手を引かれるまま連行されていったのだった。
状況も人物も、もうそろってどうしようもない……。
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