第19話 おっさん同士で恋バナすんな
前回までのあらすじ!
ゴブリンキングが本性を見せた。
ゴブリンキング・ウォルウォが鋭い視線で俺を睨んだ。
「時間があまりない。単刀直入に聞く。何をしにきた、人間族の勇者め。レンが戻ってくる前に端的にこたえろ」
抜け目ねえな。このオヤジ、レンの前で道化を演じてやがる。
「元だ、元。質問のこたえなら魔王に会いにきた」
「暗殺か? ずいぶんと大胆ではないか、愚か者め。やはりここで括り殺しておくか」
「いや、どっちかってーと南国バカンスへのお誘いかね」
「ああっ!?」
まあ、そりゃそういう反応になるよな。
「うまいね、この酒。ちびっとで酔いそうだ」
ウォルウォが酒臭い息を吐いた。相当飲んでいるが、こいつは酔ってはいなさそうだ。俺はあまり飲むとまずい。度数が高すぎる。いざというときに立てなくなってたらと思うと笑えねえ。
それもこいつの計算だったのかもな。
「安心せい。儂は戦士だ。傭兵や猟兵ではない。卑怯な戦いはせん。ま、酔えば情報は遠慮なく引き出すがな。そのための酒だ」
「そうかい。なら遠慮なく」
喉奥に流し込んだ。言葉に嘘がない気がしたんだ。
「ところで、先の言葉はどういう意味だ? 話が見えんぞ、キリサメの末裔」
「南国バカンス?」
「ああ」
俺はルランゼとの一日を思い出して、頬をゆるめた。
「言葉通りに受け取ってくれて構わねえよ。遊びに誘ってんだ。一年前からな」
「元勇者と魔王のどこに接点があるというのだ。詳しく話せ」
ゴブリンキング・ウォルウォが自らの杯の酒を飲み干して、片手で持った酒樽から俺の杯に注ぐ。今度はもうこぼさない。下半身に味わわせるにゃ、ちょいともったいない酒だからな。
「話せば長くなる」
「要点を掻い摘まめ。レンが戻るまでだ」
俺は昨年の今頃の出来事を要約して、ウォルウォに話した。
「なるほど。あの自由闊達で奔放なルランゼ様のことだ。あり得ん話ではないか。しかし愚か者め。たった一人の女のため、しかも敵性種族の王のために身を滅ぼすとは」
「身ならとっくに滅んでいた」
「勇者をクビになったときにか?」
「いんや。勇者として徴兵されたときからだ。自由を得たいまは、むしろ生き返ったような気分だ。ジルイール――俺にとっちゃあ、ただの女のルランゼか。あいつのおかげだ」
ウォルウォが盛大に顔をしかめて尋ねてきた。
「貴様、正気か?」
「んまあ、そら自分でもどうかと思うよ。はははっ!」
「はははて。笑い事ではなかろうに」
いい年扱いたおっさんが二人で肩を寄せ合い、声を潜めて恋バナだ。士官騎士学校の修学旅行じゃねえんだ。ゾッとするね。
「ウォルウォ。あんたに頼みがある。ホブゴブリンに先代魔王の側近がいたはずだ。もしまだ生きていたら、どうにかそいつか関係者に俺を繋いじゃくんねえか」
「儂に魔王を裏切れと?」
「だから、ルランゼに危害を加えるつもりは誓ってない。少なくともルーグリオン地方にいる間はな。勇者じゃなく、俺はただの男だ。そしてあんたは、俺に恩があるはずだ」
「……」
ウォルウォが豪快に酒を流し込んだ。
「儂だ。先代の側近は代々だが、ルランゼ様の時代は曾祖父と祖父と父、そしてこのゴブリンキング・ウォルウォが側近だった。祖父も父ももう亡くなっておる。我らの寿命は人間族とあまり変わらんゆえな」
側近だった、か。自分のことさえ過去形だ。
「そりゃ話が早ええ。ルランゼはどこにいる?」
「知らん」
「嘘をつけ。俺はすべて正直に話したぞ。恥ずかしい恋バナまでな」
ウォルウォが再び酒臭い息を吐く。
「嘘ではない。先代ジルイールには代々重用されたが、当代魔王には遠ざけられた。貴様と同じくしてクビよ。昨年のいまごろの出来事だ。ライリー、ルランゼ・ジルイールの心変わりについては知っておるか?」
「ああ。去年の今頃になって人類殲滅に傾きアルザール公の強硬派に転じたんだろ」
「そうだ。儂は穏健派魔族に与する者だったゆえ、邪魔になったのだろう」
ゴブリンキングが三度、酒臭い息を吐いた。
ため息が多いね。こいつも苦労人だ。クビにされてるし、俺と同じかな。
しかしゴブリン族は穏健派だったか。それだけでちょいと安心できる。
「それまでのルランゼ様は、臣民の安寧を深く考える善き魔王だったのだが、突然変わってしまわれた。側近から穏健派を排除し、民の犠牲を厭わず徴兵、宣戦布告もせずに人類領域へと侵攻を開始。民意をまとめた評議会の決断すら蔑ろよ。おまけに不満を述べた議員は行方不明となる有様」
「……」
「あの魔王に先導された我ら魔族は、いったいどこへ向かっておるのやら。行き先は雲上か崖下か。いずれにせよ墜落落下は免れまい」
「それでも守るのか?」
自嘲気味にウォルウォが笑った。
「忠誠はまだかろうじて残っている。過去にはそれだけ善き魔王だった。だが、儂が彼女の居場所を知らぬとこたえたのは真実だ。側近団から追放された時点で知らされるわけがなかろうて」
「ごもっとも」
それは例えるなら俺が厳王ガイザスの居所を大司教カザーノフに尋ねるようなものだ。どう考えたって教えてくれるはずがない。むしろ逆に、暗殺でも狙っているのかと囚われて終わりだろう。
「知っておるのは、魔都の魔王城からは姿を消されたらしい、ということだけだ。ガハハ、追放の身では信頼もあったものじゃあない」
「わかるわ~」
少ししんみりとした。
ウォルウォが杯を傾ける。
「貴様が語ったオアシスでのルランゼ様は、おそらくもういない。それでも貴様は我らが王を捜すのか?」
「俺は自分の目で見たものだけを信じることにしてるんでねぇ」
「……人間らしく傲慢なやつだ。もしも魔王が変わられていた場合はどうする?」
俺は杯を傾けて唇を湿らした。
「見逃すさ。ルーグリオン地方にいるうちはな。一度人類領域に戻ってから、彼女と戦う準備を始める。厳王ガイザスの飼い犬としてではなく、俺個人としてケジメをつけるためにな」
口を開きかけたウォルウォを手で制して、俺は続ける。
「だがそうはならないと信じてる。ルランゼがそう決断するに至るには、何か理由があったはずだ。まずは彼女に会ってそれをたしかめたい。そして俺がその理由を壊す。あいつを自由にする。それだけで世界は平和になる。そして俺もオアシスで楽しめる。最高だろ」
「ルランゼ様に自由を与えさえすれば戦争はなくなる、か。人間が魔王を信じておるのか? 側近だった儂ですらもはやあの方が何を考えておられるのかわからんというのに」
「あったりめぇよ。惚れた弱味ってやつだ」
極当然のように。
俺の食い気味の即答に、ウォルウォが苦笑した。正体を見せてからキングが笑ったのは、おそらくこれが初めてのことだ。
「貴様が魔族だったらよかった」
「おあいにく様だねえ。でも、光栄だ」
ウォルウォが険の抜けた顔でうなずいた。
「いいだろう。先も言ったが、儂は追放の身で彼女の居場所は知らん。だが、おそらく知るであろう者は知人にいる。そやつを紹介してやる」
「恩に着る。と、おたくのお姫さんが戻ってきたぜ」
レンが小さな酒樽をいくつも抱え、廊下を歩いてこちらにやってくる姿が見えた。ウォルウォは瞳を細めながら彼女を見てつぶやく。
「……ライリー、頼みがある」
意外な言葉を意外な口調で。静かに。
「貴様の旅にレンを連れていってくれ」
「あ?」
「その者と貴様では、おそらく言葉が通じん。見知りの儂か、あるいは言葉の通じるレンがおらねば、いきなり喰い殺される恐れすらある」
おいおい……。どんな蛮族を紹介してくれる気なの……。怖いわ……。
でも……。
「なぁ~んか言い方おかしくねえか? そりゃ俺が頼む方であって、おまえさんが俺に頼むことじゃないだろ。裏があんなら正直に言えよ」
「うむ。本来なら儂が同行すべきだが、魔王からの命令が里に下ればゴブリン族も動かざるを得なくなる。人類を殲滅するための戦いにな。でなければクク村は魔王一派や強硬派から粛正の対象と定められるだろう」
なるほど。小規模種族の一族長の身では、魔王の命令には従うしかないだろう。逆らえば、集落ごと踏み潰されて終わりだ。
「それに弱小種族である我らは穏健派だった。戦争となればゴブリン族から犠牲が多く出るのはわかっていたからな。だがゆえに、殲滅戦が開始されればおそらくは先鋒、囮や捨て駒に組み込まれるだろう。魔王の命令に従うにせよ逆らうにせよ、レンは不在の方がいい」
「願ってもないことだが、いいのかい? あんなに溺愛してんのに。当然、安全な旅ってわけじゃねえよ」
「むろん無事に帰してもらう。それができねば儂が貴様を殺す。当然手を出すなど以ての外だ。だが、両種族の存亡がかかっておる。貴様の旅にはレンを預けるだけの価値と意義があると見た。そして親父が言うのも何だが、アレはかなり有能だぞ。儂に似てな。顔とか特にな」
岩石だかジャガイモみたいな顔したおっさんが何を言うか。
「顔はまっっっっっったく似てねえけど、ありがとよ。助かる」
酒樽を置きながら、レンは怪訝な表情で俺たちを見ていた。ウォルウォの表情が再び大きく崩れる。目尻がだらしなく下がったんだ。
「ガッハッハ! なあに、レンを救ってもらった借りを返すまでだ! 近い将来、戦場で相まみえんことを祈るばかりよなあ、ライリー殿!」
「へっへ。んだな。この酒も飲めなくなっちまう」
俺とウォルウォは杯をガツンとぶつけて、苦い気持ちを隠すように笑い合い、同時に甘い酒をあおった。
ああ、たしかに同種族だったら、よい友人関係を築けていたかもしれねえな。
そんなことを考えながら。
レン「おっさん同士でキャッキャウフフしてる……。尊い……」
皆様のおかげでアクション[文芸]ジャンルで日刊ランキングの上位にまでくることができました。
応援本当にありがとうございます。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。