第18話 ゴブリンキングの絡み酒
前回までのあらすじ!
炎竜はタケノコなみの成長速度。
でけえ。
俺よりも二回り以上でけえ体躯のゴブリンが椅子にふんぞり返って腕組みをし、俺を威圧するかのように睥睨していた。
レンにお礼がしたいと言われた俺は、誘われるままに彼女の出身村――つまりは族長であるゴブリンキングの棲まうゴブリン族の村へとやってきていた。一度は誘いを断ったものの、現魔王に関する話も聞けるかもしれないと言われちまっちゃあ、無碍にする理由はない。
が、この雰囲気はよくねえ。どうにもよくねえ。
俺の側で小さなレンが背伸びをした。意図を悟って身を屈めた俺に、彼女が耳打ちをする。
「ゴブリン族の長でわたしの父のウォルウォです」
腕回りがすでにレンの胴体くらいの太さだ。筋肉ははち切れんばかりで、ところどころ血管が脈打っている。
怖え。ゴンブトの腕だ。あんなもんで殴られた日にゃあ、頭が破裂しちまう。
「父、こちらが私の窮地を救ってくださったライリー様です」
「……」
ゴブリン族の集落は、当初俺が想像していたものとはまるで違っていた。
人類の想定するゴブリン族とは、山間の洞穴に生息し、原始的な狩猟や採取などを行って生きている種族という認識だったのだが、このクク村にきてその考えは一新された。
山間部ではありながらも木々は綺麗に拓かれ、洞穴どころか木造の小屋が理路整然と生活道路を挟んで建ち並んでいる。近くには畑もあれば、家畜らしき草食獣もいた。立派な村だと認めざるを得ない。
俺がそのことについてレンに尋ねてみたところ、彼女は笑い飛ばしながら「いったいいつの時代の話をしているの」と言ってのけたくらいだ。
その一画にある、最も大きな屋敷に、俺はいまお邪魔している。
とにかくだ。
人間族も魔族も、さして生活様式は変わらない。ルランゼが俺を魔族と勘違いし、俺がルランゼを人間だと思い込んでいたくらいなのだから、今さら不思議でも何でもないのだが。
とは言え、このウォルウォの巨体。
これは人間族ではまずお目にかかれないだろう。小さなゴブリン族においては言うに及ばず。オーガ族であってもこれほどの肉体を持つ者はそうはいないだろう。まるで単眼巨人のサイクロプス族だ。
ゴブリンキング。
俺の曾祖母だったサクヤ・キリサメが先代魔王ジルイールと戦った際に、魔王の側近を務めていたゴブリン族の長だ。たしか彼の存在がこのような巨躯であったと、曾祖母の手記には記されていた。
ゴブリンキング・ウォルウォは無言で俺を睨み続けている。まるで憎しみをぶつけるかのような威圧的な視線でだ。それも苦虫をかみつぶしたような顔で。
当然だろう。俺は敵性種族である人類の先鋒、元勇者のライリーなのだから。その正体は、レンや他のゴブリンからもう聞かされているはずだ。
どうやらウォルウォにとっての俺は、明確なる敵らしい。ひしひしと感じるよ。
だが、こちらとしては敵対するつもりはさらさらない。
俺は自ら歩み寄るべく、笑みを浮かべて自己紹介をすることにした。
「あんたがゴブリンキングのウォルウォさんかい? お初にお目にかかる。もうお仲間から聞き及んでいるとは思うが、俺がライリー・キリサメだ」
「……」
ざわり、肌が粟立った。ウォルウォの発する視線の質が明確に変化したのだ。威圧から殺意へ。
飛び退きたくなる衝動をかろうじて堪えると、額から頬へと汗が伝った。
レンを誘拐したあの四人組に勝るとも劣らぬ戦闘力を秘めている気がする。これが魔王の側近と呼ばれる者か。
「あんたに頼みがあってやってきた。聞いてくれるか」
「黙れ人間。いますぐその薄汚い口を閉じろ」
無意識に伸ばした手の先に剣はない。あるのは刃の短い包丁だ。こんなもんで誤魔化せる相手じゃなさそうだ。ゴブリン族程度ならば素手で壊滅させられると思っていたが、見通しが甘かったようだ。勘弁してほしいね。
しかも話し方から察するに、ウォルウォもまた、レンと同じくして知性を備えた上位種ゴブリン、つまりホブゴブリンのようだ。いやまあ、こいつの場合は一目でわかるけど。
見るからにヤバそうだ。
「待ってくれ、ウォルウォ。俺は何もあんたたち魔族と敵対しようってんじゃない。私用があってルーグリオン地方までやってきただけだ」
「父、どうか話を聞いてあげて欲しい」
ふん、とウォルウォが鼻を鳴らす。
「人間族の雄などに誑かされたおったか、愚かな娘よ! ――おまえはそこで黙って見ているがよいッ!!」
雷轟のように頭にまで響く大声だった。縮み上がっちまうぜ。
思わず耳を押さえちまったよ。
レンがションボリ顔でうつむき、小さく返事をした。
「……はい……」
はい、じゃねえよォ!? おめえの父ちゃん怖すぎねえ!?
「ライリーとやら。貴様には我らが若き同胞であるリッケと、我が娘レンを救ってもらった恩がある。ゆえにこのクク村から生きて出ることだけは許そう。儂の気の変わらぬうちに、早々に立ち去るがよい」
「こりゃあ、話し合いどころじゃねえか。悪いな、レン。協力には感謝する」
俺が足下に置いていた荷物を肩に背負うと、レンが申し訳なさそうにつぶやいた。
「ごめんなさい、ライリー様。お力になれず――」
「構わんぜ。拾えりゃめっけもん程度の気分で立ち寄っただけだ。レンが気にするこっちゃねえ」
「それ以上我が娘と喋るでないわっ!!」
「わーかった、わーったよ。すぐに出てくから大声出すな。あんたの声は頭に響く」
ウォルウォに背を向けた俺へと、レンが歩み寄る。
「クク村の出口までお送りします」
「ならんっ!! レン、おまえには話があるっ!!」
「だとよ。じゃあな」
俺はレンに肩をすくめて見せた。レンが頭を下げて一礼し、俺が立ち去ろうとしたときに、またしてもウォルウォが叫んだ。
「待てッ!!」
「も~、んだよぉ? おとなしく帰るっつってんでしょうが」
ウォルウォが野太い指で俺をさして険しい表情をする。
「貴様はその程度の覚悟でここへきたのか? レンは、儂の娘は貴様にとってその程度の価値しかない女だということか? 怒鳴られたくらいで尻尾を巻いて去るのが雄のすることか? 気に入らん! 儂は貴様のすべてが気に入らんぞ!」
めっちゃ怒ってるけど、概ね変なことを言っている。気がする。よな。
当のレンも首を傾げている。
「やはり人間族の男などに娘はやれぬッ!! 消え失せるがよいわ! 二度と我が娘の前に姿を現すでないッ!!」
俺はぽかんと口を開いた。
「……?」
「えっと?」
レンもまた同じくして。
俺とレンが顔を見合わせると、ウォルウォがまたしても叫んだ。しかも目に涙を大量に溜めて、迫真に迫りながらだ。
「見つめ合うでないわっ!! 貴様などに絶対に娘はやらんぞぉぉッ!!」
あ~……。そういうアレか……。
※
バシャバシャ。
地べたに座る俺の股間に、杯から溢れた大量の酒がこぼれた。
やめてくれよ。人前に出られねえ下半身になっちゃうだろ。
「んもう。違うなら違うって、もっと早く言ってくれればよいではないかぁ。ライリー殿ぉ。まったく、人間族の雄ってのはヒトが悪いんじゃからぁ、もう」
ウォルウォが丸太のような豪腕を俺の肩に回して、もう片方の豪腕で大量の酒を俺の持つ皿にバシャバシャと注いでいるんだ。
もう九割方、いや、十割方こぼしてるが。おかげでこちとらパンツの中までべちゃべちゃだ。
「すまんのう。てっきりレンを助けたことを恩に着せて嫁によこせと言いにきおった、どこぞの馬の骨馬糞馬鹿野郎とばかりに思うておったわ」
馬がお嫌いなのかな?
「思考が突飛過ぎんだろ……」
「いや、そうでもない。実際多いのだ。レンを嫁にと、様々な種族の馬の骨馬糞馬鹿野郎どもが年に何度も儂のもとを訪れる。ひどいやつに至っては、今回の誘拐事件みたいなものを自演してまでな。だからとりあえず真偽不明の輩は並べて片っ端からぶん殴っておるのだ。ガッハッハ!」
容易に目に浮かぶわ。
俺はレンを横目で見ながら尋ねる。
「おまえさんモテモテなのか?」
レンがこくりとうなずいた。
「どうもそのようです。ですがそれは、私の知識知能、そして特技が多くの方面で役立つことが理由です」
「特技? 動物や魔物と意思の疎通ができることかい?」
何の役に立つんだ。そんな特技が。
「動物や魔物と会話が成立するということは、魔物使いになれる才能を持っているに等しいことですから」
なるほど。権力者ならば喉から手が出るほど欲しい逸材だ。
正直俺も、竜の孫と意思疎通のできるやつが欲しいとは思っていた。
「軍備増強に魔物を使えるようになる……か」
「ええ。戦時下ですから。ですが、知識が欲しければ自身でつければよいだけの話です。求婚者は多くはありますが、それは私自身の魅力というわけではないでしょう」
ウォルウォがものっっっすごい勢いでブルンブルンと首を左右に振って、野太く、しかしながら甘い声を出した。
「そんなことないよお。レンたんはとっても魅力的だよお。パパは気づいてるよお」
鳥肌が立った。
レンは聞こえなかったふりをしてガン無視を決め込んでいる。そんなことにはお構いなく、ウォルウォは今度は俺に語りかける。
「な、そうだろ。ライリー殿。うちの娘、最高だよな?」
「え? ああ、そうだな。可愛らしいし、賢いし、世間の男どもは彼女を放っておかんだろうね」
酔っ払いウォルウォが鬼面になった。
「……あ? 狙ってんのか? お?」
ひょ、やべ。心底めんどくせえな、このおっさんゴブリン。
「あくまでも一般的な話だ。安心しろい。魅力的ではあるが俺の範疇じゃない。ロリコン、ダメ、絶対」
相好を崩したウォルウォが、バシバシと俺の背中を叩く。
「そうかそうか。やはりライリー殿とは良き友になれそうだ。レンはホブゴブリンにしては小さい方だからか、儂のような足の長い美形の雄が好みのようでな。ゆえに、てっきり足が長いだけの人間族の雄に絆されたのかと思うたわい」
「父、私はそのようなことをあなたに言った覚えはありません」
やはりホブゴブリンか。俺たち人類は彼らを、ゴブリン族の突然変異種と認識している。
ウォルウォのような肉体に特化した者から、レンのように知能知性に特化した者まで様々だが、共通しているのは普通のゴブリン族とはあきらかに見た目や仕草が違うのだ。体色こそ同じ緑だが、猿や通常ゴブリンのように腰は曲がっておらず、姿勢や骨格は人類に近い。
人類にとっての魔族としての危険度は、もちろん通常ゴブリンの比ではない。
「……やれやれ、俺ぁ足の長え美形って部分にしか共感できねえよ……」
「ライリー様も。誰も美形とか言っていませんよ」
レンが冷たい視線を俺に向けたが、俺は気づかないふりをした。
「ガッハッハ! 言いおる! さすがはライリー殿よ! ――これ、レンや。儂の足長美形魂友達にもっと良い酒を持ってきてくれるかい? 酒蔵の一番奥にある秘蔵のを頼む。小樽を使っていくつか汲んできておくれ」
「わかりました」
ウォルウォは上機嫌だ。
誤解が解けた途端に、とてつもなくフレンドリー。ヒト同士の距離感が完全に狂ってやがる、このゴブリンキングは。
……とでも思わせたいんだろう。俺に。あるいはレンにか。
後者だな、おそらく。
レンがその場を立つのを待って、俺は杯を傾けた。
喉が灼ける。強い酒だ。
「……酔ってねえだろ、ゴブリンキング。人払いの理由は?」
「ほう。鋭いな」
「人の下半身に散々無駄に酒ぶっかけといて出る言葉か。それにあの娘の親だ。知性に欠けているはずがねえ。親バカから演技かい?」
図星だったのだろう。ウォルウォが顔をしかめた。
だがすぐに豪快で、けれども凄みのある笑みを貼り付ける。
「そこは本心だ」
「そいつぁ何よりだ」
「手ェ出しやがったらすり潰すぞ小童」
ひぇ……!? 笑顔で言う言葉かよ……。
要するに、俺の下半身にたらふく酒を飲ませたのは、早く消費してレンにおかわりを取ってこさせるためだ。ご丁寧に酒蔵の一番奥にある酒を小樽で汲んで複数持ってこさせるという、あからさまな時間稼ぎまでつけて。
おかげで俺は下半身が乾くまで、しばらくここを動けそうにない。それすら計算なのだとしたら、ゴブリンキングもまた、なかなかの狸ということになる。
怖いねェ……。
次話はまじめな話。
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