第17話 炎竜さんとゴブリン娘
前回までのあらすじ!
動き出す陰謀。
俺は深く息を吸って吐き出し、気分の悪さを振り払った。
まだ決まったわけじゃない。あくまでもレンの推論だ。
ルランゼがどういった人物だったかは俺がよく知っているし、変わってしまったなら変わってしまったで、どんな理由でどういった経緯があったかのをこの目で確かめる。それまでは保留だ。
「ライリー様?」
「あ、いや、大丈夫。何でもねえよ。もう落ち着いた」
話を終える頃、危険がなくなったのを確認でもしていたのか、空に放っていた竜の孫が俺の頭をめがけて嬉しそうに降下してきた。
――ケェ、ケェ! ケェ~!
はっはっは、可愛いやつめ。
まだうまく飛べないらしくフラフラしている。実に微笑ましい。などと思いながら眺めていたら、野郎は俺の頭に着地しようとしたのか、降下の勢いのままに横っ面へと激突した。
「えげッ!?」
――ケハッ!
俺の首が回っちゃだめなところまでねじ曲がり、竜の孫は派手に墜落して、灼け焦げた瓦礫の上をゴロゴロと転がる。だがやつは平気な顔ですぐに立ち上がった。
顔面が炭だらけだ。
――ケ!
「イッ痛ぅ~……。おまえ、気をつけろィ! 頸椎持ってかれるかと思っただろ!」
――ケェ~?
不思議そうな顔で見上げてくんな、アホトカゲめ。竜の鱗と違って人間の皮膚や骨はデリケートなんだぞ。
レンが少し眉間に皺を寄せて尋ねてきた。
「ライリー様。その子は何という魔物でしょうか。ここらへんでは見たことのない種族ですが」
「あ、これ? これはもちろん……あ~……」
竜の孫だ。だが何とこたえたものか。
竜は災害級の生物だ。それは人類にとっても魔族にとっても等しく変わらない。ひとたび竜が訪れれば国家に甚大な被害をもたらし、人々を皆殺しにして去っていく。そんな伝承は至るところで残されている。
まともに教えて平気な存在ではない。
「こいつぁ~……こ、小鳥? かな?」
「あの、私に聞かれても困ります。私が聞いている側ですので」
「おお。そう、小鳥だ。ああ、違――っ」
こいつ、やたらめったら、でっかくなるんだった。
こいつの親の親、すなわちオアシスに乱入してきた巨大な竜には、勇者も魔王も追っかけ回されて殺されかけたくらいだ。転生からわずか一年目の火竜時代でも、すでに成人男性数人分の質量を誇っていたし。
成長早すぎんだろ。タケノコかよ。
「やっぱ大きい鳥……いや、あ~、怪鳥だ。うん」
「怪鳥……」
二度の火葬からの転生を経たからか、その鱗は前世よりもさらに色濃く、炎のように真っ赤に輝いている。おそらく火竜と呼ばれるカテゴリーだった竜の子時代以上の――例えば炎竜とでも呼ぶべきか――炎と親和性の高い恐ろしい存在になっているはずだ。
考えても見てくれ。普通の竜巻やハリケーンですら危険な災害なのに、さらにそこに炎が混ざる火災旋風のような生物だ。おまけに殺しても死なないときた。死ぬたびに強く生まれ変わるなんて、とんだバケモノだ。
その恐るべきバケモノは、ケッケケッケ言いながらご機嫌そうに俺の肉体に爪を立てながらよじ登ってくる。
「いだだだだ! 顔と頭には爪を立てるな! ひぎっ!? も、毛根がいくらあっても足りなくなるだろ!?」
そうしていつものように頭の上に鎮座する。
重い。勘弁してくれ。
「俺の頭を定位置にしてんじゃないよ」
――ケェ?
「綺麗な赤い鱗……。まるでルビーみたい。羽毛ではなく鱗をまとっているのに、鳥なのですね」
「おう。珍種だ。たぶんな」
レンが眉をひそめる。
「たぶん? はっきりしませんね。まあ、ご本人に尋ねてみましょう」
「本人に? これに?」
「ライリー様、ちょっと失礼します」
「あ? おい……」
戸惑う俺の腕を突然両手でつかんだレンが、竜の孫と同じように腕を伝って肩へとよじ登ってきた。両肩に足をのせてさらに立ち上がる。
おおおお、重てえ。
俺の頭の上は人外に大人気だ。ルランゼが見たら、さぞや腹を抱えて笑うことだろう。
いま気づいたが、レンは裸足だ。こういうところはゴブリン族っぽい。
視界がレンの股ぐらに覆われて前が見えねえ。これがルランゼの股ぐらだったら、あえて顔面を埋めてみるところだが。
レンが俺の頭で佇む小さな炎竜の背中をパンパンと叩いた――ような音がした。
「もし、もし」
頭上からひとりと一匹の会話が聞こえる。
――ケェ?
「あなたは何者ですか?」
――クワァ、カカッカ。
「そうなの? 自分のことなのに?」
――ケェケェ、クケェ。
「う~ん、それは違うと思うわ。私の言っていることがわかる?」
――クワァ? オケケ。
何これ? 会話してんの? 意思疎通できてるの?
「え? 何? レンは、りゅ――あ、いや、こいつの言葉がわかんの?」
「言葉そのものはよくわかりませんが、単純思考の生物であれば、思考を読むことは難しくありません。どう説明したらいいのかわかりませんが、表情や声色、仕草から大体の予想はつきます」
すごくね? 絶対言えないけど、そいつ実は竜だぞ? 自然災害だぞ?
もしかしたらレンがいれば、炎竜がこれ以上無駄に転生することを防げる?
このままじゃこいつ、触ることもままならん溶岩竜とかになりかねないぞ?
そうなったら俺の毛根は全焼全滅だぞ? 人間ローソクみたいになっちゃうぞ?
「他のゴブリン族もできるのか?」
「いえ、わたしだけです。幼少の頃から危険のない動物や魔物たちと戯れていましたから、いつの間にか身についたのです」
野性味がすげえ。しかしとんでもないスキルだな。
「で、こいつ何つってた?」
「自分が何かは知らないそうです。気がついたとき一番近くにライリー様、あなたがいたから、たぶん自分も大きくなったらライリー様と同じ種族――つまり人間族になるものだと思い込んでいるようですよ」
炎竜は楽しげに首を左右交互に倒している。
――ケェ。オケケ?
「……全然オケケじゃねえわ」
アホかな?
いや無理だよ。大きくなったら~の考え方が子供っぽくて可愛いけど、それは無理だよ。どっちかってーと、おまえはバケモノだよ。成体になった炎竜なんて、もう未曾有の大災害だよ。
「あー、レン。とりあえず会話が終わったら下りてくれね? 肩こりが悪化しそうだし、おまえさんの股ぐらと会話してるみたいで落ち着かねえ」
「や――っ!?」
レンが慌てて俺の肩から飛び降りる。スカートの前を押さえて顎をクイと上げて、生ゴミでも見るかのような視線を俺へと向けて。
「…………へんたいですね……。……別種族が相手だったとはいえ、迂闊な行動でした……」
「それは違う。誤解だ。決して変態ではないんだ」
俺は自らを親指でビシィっと指さし、胸を張って誇らしげに言い放つ。
「俺は一介のどすけべに過ぎない」
「同じことでは?」
「えっ!? 何言ってんの……?」
「え? 驚くようなことですか……?」
やんややんや言いながらも、レンと俺はわりと早い段階で打ち解けていった――よな?
緊張感は続かない。
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