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第15話 イケイケ火娘はヤバいやつ

前回までのあらすじ!



魔族が魔族を誘拐してたんだって。

 最初に動いたのは痩せ男、双剣のビーグだった。やつは俺の視線をもかいくぐるほどの低空から迫り、俺の足首を剣で払った。

 ロングソード、いや、せめてショートソードほどの長さもあれば刃で受けることは簡単なんだが、あいにくと俺の手にある得物は包丁だ。肘から先の長さよか短え。



「――ッ」



 避けるにしても跳躍は隙になる。空中では大きく体勢を変えられない。だがそうも言っていられず、最低限の高さに跳躍する。しなきゃ足首から下がなくなっちまう。



「ほっ」

「死ね!」



 予想通りの軌道で、ダークエルフのギャッツが放った炎の塊が眼前に迫った。聖なる包丁に魔力を通した俺は、刃を寝かせて炎弾を叩き上げる。高熱の炎が爆散して炎弾が割れ、俺の頬をわずかに焦がした。



「あち。あっぶねえなあ」

「な――っ!? 魔法を武器で!」



 着地。

 炎が散りきるより早く、ビーグが左の剣で俺の頸部めがけて薙ぎ払う。



「このデタラメオヤジめ! ――シッ!」



 これには胆が冷えた。鋭い、虚を衝いた必殺の一撃だ。

 だが、俺とて経験を束ねて生き延びてきた男だ。

 ほとんど無意識。反射的。俺は考えるよりも早く包丁を持ち上げ、火花を散らしながらその切っ先を受け流していた。



「く――っ!?」

「やるね」



 いや、実際ヒヤリとしたね。こいつが常に急所を狙う実直な性格でよかった。若さゆえか。相手を苦しめずに殺してやろうという優しさがあるんだ。

 右の剣が振るわれるよりも先にその足下へと踏み込んで、自身の肩で彼の痩せた肉体を突き上げた。



「がぐ……かッ!?」

「だが若えな」



 今度は逆の立場だ。俺がビーグを浮かせた。

 地から足が離れ、大きく回避動作の取れない状態のビーグの喉元へと、俺は包丁を突き立てる――直前、飛来した無色透明な魔法に包丁の刃部分を弾かれて、慌てて距離を取った。ビーグが背中から落ちて転がり、すぐに膝を立てる。


 ダークエルフのギャッツが風の魔法を使用したといったところか。あれなら万に一つ、ビーグに命中しても問題はない。

 うまいね。きっちり連携を取ってきやがるよ。

 だがグックルは動いていない。ドアの前に立ちはだかったまま、あくまでも俺の逃走経路を塞ぐ役割を貫くつもりだ。それはそれでありがたい。三人同時に相手するには、ちょいと厄介な敵だ。


 今度は俺からしかける。

 立ち上がったばかりのビーグの足下まで一気に踏み込み、包丁を叩き下ろした。剣で防がれるのも距離を取ろうと後退するのも、すべて織り込み済みだ。俺はやつの後退に合わせてさらに踏み込み、至近距離から次々とデタラメな斬撃を浴びせかける。



「く、くそ!」

「ほいほいほいほい」



 ナイフ術はあまり得意じゃない。後手に回ると簡単に手から弾き飛ばされるからだ。使い手ならば、敵の攻撃を受けずにすべて躱す。躱せなければ、あまりよくはないが、先ほど俺がやったように受け流すしかなくなる。

 だが、達人級は違う。そもそも後手には転じない。


 俺にはじっくりと相手の出方を観察してから、対策を考える悪癖がある。何せ若さにかまけられるほどの力も体力もないおっさんだからな。だからそもそも後手に転じるべきではないナイフ術とは絶望的に相性が悪いんだ。


 基本は常に攻め続けることだ。

 軽装の敵が相手ならば、これが一番安全な戦い方だ。つまりいま俺がやっている戦い方は、達人の真似事に過ぎない。有り体に言えば、狙いも定めず適当に斬りまくってるだけだ。泣きながら腕ぶん回す子供の喧嘩戦法ってやつだ。


 ……とはいえ所詮は真似事。正直言って、綱渡りなんだよなぁ……。


 内心の不安を押し隠して、俺は包丁を振るい続けた。

 金属同士の擦れ合う音が何度となく響く。火花が散る。打ち合うたびに汗が玉となって飛び散っていく。



「ほ~れほれほれほれほれ」

「く、く!」



 双剣は厄介だ。片方の刃で防いでいる隙に、もう片方の刃で攻めてくる。

 だがそうはさせない。防がれたと思った瞬間にはもうナイフを引く。完全には腕を戻さない。途中で止めて、さらに突く。一撃ごとの攻撃力は大幅に下がるが、攻撃の手は大きく増える。

 誰かに教わったわけじゃない。すべて自身の経験から得た自己流の技術だ。


 ついでに、こうしている限りギャッツの魔法は飛んでこない。ナイフの間合いにいる時点で、どんな魔法であれビーグをも巻き込んでしまうからだ。仮に撃たれたとしても、先ほど刃を弾いてくれた殺傷力皆無の空気弾がせいぜいだ。



「一旦距離を取れ、ビーグ! 魔法が撃てん! おまえを巻き込む!」

「う、うるさいッ、できればやっている!」



 離されてたまるかい。こちとらそれだけが生命線だ。

 ビーグがステップを踏むたびに、俺は容赦なく踏み込む。ついていく。右に、左に、後方に。包丁をぶん回しながら。

 ビーグは魔人族だ。速度も力も俺より上と見た方がいい。守りに転じたら負ける。



「あチョメチョメチョメ、あチョメチョメチョメ」

「く、ぐく、こんなふざけた掛け声のやつにこの俺が……!」



 失礼な! リズムは大事なんだぞぅ!


 ビーグが俺の斬撃を防ぎながら、右へ左へと全身を揺らす。じわじわとその足がドア方向へと近づいていることには気づいていた。

 ビーグの視線が横に流れる。


 ――きた!


 この瞬間を待っていた。ビーグがグックルに助けを求めるべく、彼のいるドア方向に視線を向ける瞬間をだ。

 おそらくビーグは後退しながら地道に俺をグックルの大槌の間合いに誘導しているつもりだったのだろう。間合いに入った瞬間、俺の頭を大槌でドンってところだ。


 だが俺はそれを予想し、逆手に取った。経験だけはアホほど積んできたからな。

 その直前、俺は身を屈めながらビーグの脇をすり抜けてその背後に回り、首筋に刃を押し当てていた。



「あらよっと」

「~~ッ!?」

「剣を捨てな。足下に落とせ。グックルっつったか。おまえさんも大槌を置け」



 大槌を持ち上げていたグックルがたたらを踏む。もちろん、ギャッツは魔法を放てない。俺はビーグを盾にしているのだから。

 やがてグックルはあきらめたように大槌を床へと静かに置いた。ビーグもまた、大きなため息をついて両手の剣をその場に落とす。俺は一振りを蹴って遠ざけ、もう一振りを自身の足で踏みつけた。

 これはもらっとこう。剣が欲しかったんだ。



「たしか、俺が勝ったらゴブリン族の娘を誘拐した理由を教えてもらえるんだったか」

「……」

「往生際が悪いねえ。理由いかんによっては、おまえさんたちを見逃がしても構わんのだが、喋らねえんじゃしょうがねえ」



 刃の先で首筋を引っ掻く。赤い筋ができた。



「ふん、俺たちに口を割らせるのは無理だ。あきらめろ、ライリー。代わりにゴブリン族の娘は解放してやる。もはや大局に影響するものではなくなったからな」

「バカ言いなさんな。そんなもん、おまえさんたちを殺したあとで俺が白馬のオジサマのように助け出してやりゃあ済む話――でぇ!?」



 そいつはまったくの想定外だった。

 ドアの前に立ったグックルが巨体過ぎて、見逃していたんだ。静かに外からドアを開けて忍び込んできたらしい、その女を。

 そいつはすでにグックルの背中に隠れながら、俺へと向けて融解寸前の金属のように真っ赤に染まった高熱を発する両腕を掲げていた。



「あらら。見っかっちゃった。――ハァ~イ!」

「ど、どちらさん……? いま取り込み中なんだけど……?」

「で~もぉ?」



 真っ赤な髪と同じ色の妖艶な唇の娘だ。両腕はもっと赤い。いや、炎が巻き付いている。まるで流れ出す溶岩のようだ。

 まずい。魔術師に挟まれた。前方に位置するギャッツはビーグを盾にしているから魔法を撃てないだろうが、背後のこの娘は――。

 認識した直後、その両腕から強烈な炎が放たれた。



「アッハハハ! 気づくの遅いよぉぉぉ! バッイバァ~イッ、元勇者のライリーちゃん!」



 残忍な笑みを浮かべて、けたたましく嗤いながら、眼前が真っ赤に染まってしまうほどの、凄まじい劫火をだ。

 渦巻く炎が迫る。



「お、嘘だろ――!?」

「その抜けた顔も嫌いじゃなかったよぉ? アッハハハハハハハハッ!!」



 俺はとっさにビーグを突き飛ばして両腕を交叉し、全身を魔力で覆った。次の瞬間、足下から掬い上げられるように浮いて、炎に呑まれた。

 景色が歪み、瞼を閉ざして視界が消える中、廃墟小屋の壁面が悲鳴を上げ、爆散する轟音が鳴り響き、爆風が俺の全身をもかっ攫って吹っ飛んでいく。



「う、おおおおっ!? ――いでッ!!」

「アッハ! すっごいすごい! 人間の分際であたしの炎に耐えられるんだぁ! でも雇い主に呼ばれてるから今日はここまでなんだぁ! また近いうちに殺り合おうねぇ~っ!! アッハハハハ!」



 雇い主――!? 


 壁を背中から突き破って外の大地に叩きつけられ、そのまま跳ね上がり、両足で地を掻いてどうにか止まったときには廃墟小屋は瓦礫と化し、ビーグたち三体の魔族の姿も、唐突に乱入してきた真っ赤な娘の姿も消えていた。

 あたりにはチラチラと燃えカスのような炎が残っているだけだ。



「何だよぉ、もう……」



 追う気にはなれねえ。魔力で全身を覆うのが一瞬でも遅れていたら、俺は間違いなく消し炭にされていたのだから。正直この十数年で最も危なかった瞬間だ。

 あのグラマラスなイケイケ火娘のせいで、年甲斐もなく心臓バックバクだぜ。おっさんは。


 せっかく奪い取ってやったビーグの剣も、どこぞに吹っ飛んでって見当たらない。武器もなしに渡り合えるやつらじゃなさそうだ。

 俺はガシガシと頭を掻いて吐き捨てた。



「ああ、クソ。四人組だったか。……完全に油断したな」



 結局この一件、何が何やら俺にはさっぱりだった。

 わかったことは、男三体はジルイールのために動いていて、火娘に関しては雇い主がいるということ。それと、すでに大局とやらが変えられない事態になっているということだけだ。肝心の“大局”が何を示すのかまではわからんが。


 とりあえず立ち上がって服についた灰を払い、俺は廃墟跡に戻った。まずは地下に閉じ込められているはずの人質を助けなければならない。


 炎は一瞬で消滅したし、廃墟の床は石床だ。

 別室だったらアウトだろうが、地下ならばまあ、ルーグリオン地方産人質ゴブリンの蒸し焼き風にはなっていないだろう。

 たぶんだけどな。


イケイケ火娘さんはかなりの強者。

謎は次話で色々判明予定です。



楽しんでいただけましたなら、ブクマや評価、ご意見、ご感想などをいただけると幸いです。

今後、新たな作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です(^_^ゞ ライリーさんの見事な包丁捌き! ……対人戦での包丁捌きって字面的にも絵面的にもヤバいなぁ~(笑) [一言] この娘っ子はライリーさんがビーグを突き飛ばさなければ…
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