第14話 おっさん勇者は説得がヘタ
前回までのあらすじ!
誘拐犯にネゴシエーションをしかけたけれど。
人類領域で何らかの重犯罪を犯して指名手配となった犯人が、苦し紛れに魔族領域へと逃げ込むなどという話は珍しくはない。むろん、犯罪を犯した魔族が人類領域に逃げ込んでくることもある。
追っ手から逃げ切るのは簡単だ。なぜなら種族領域を越えてまで犯罪者を追う価値など存在しないのだから。
だがそれは犯罪者本人にとって、実に愚かな選択と言えるだろう。
追っ手は振り切れる。ああ。振り切れるだろう。だがその先に待つのは一名残らずすべて敵性種族の世界。群れを追われた羊が狼の縄張りに逃げ込むようなものだ。
事実、俺は何度も、そういった後ろめたい理由で越境してきた危険な魔族犯罪者を手にかけたことがある。強制送還などという生ぬるい方法ではない。文字通り処刑だ。敵性種族の中ではまともな仕事にもつけない。そんな状況では、放っておけば人類領域でも犯罪を犯すだろうからな。
そう考えれば、こいつらがゴブリン族のレンとやらをさらった理由に説明がつく。生き残るためか、あるいは自棄にでもなったか。
それが第一の可能性だ。
俺が視線を回すと、三人とも目が泳ぐ。大槌の巨漢も、双剣の痩せも、ローブのフードを目深にかぶった中肉中背もだ。
やましいとこでもあんのかねえ。
「今度はこっちから質問してもいいかい?」
「あ、ああ」
俺は声を低くしてフードの男を睨む。
「あんたたちこそ、なぜルーグリオン地方なんぞにいるんだ?」
第二の可能性は、おそらくあまりないとは思うが、人類側が送り込んだ工作員だ。魔族にとっての要人を暗殺したり誘拐したりして、混乱を招かせる。ことによっては侵攻中の魔王軍を撤退させることだって可能になる。
で、いま俺は、それになりすましている。こいつらの手前な。
なぜ可能性が低いかと言えば、厳王ガイザスはそういった小細工を嫌う矜持高き戦士の出自だからだ。だが決してゼロではない。魔王軍の侵攻が王都近くにまで迫ろうとしているいま、なりふり構っていられなくなったとも考えられる。
それに、あの姑息なカザーノフ大司教ならば、追い詰められるまでもなくやりかねない戦法だ。とはいえ、飼い主たるガイザス王の機嫌を損ねるような行いができるほどの大物には思えない。
フードを目深にかぶった男はその質問に対し、言葉を詰まらせていた。
「人類領域で犯罪でも犯したか。だが魔族領域に逃げ込んでまで誘拐なんぞやっちまったら、それこそどこにも居場所がなくなるぞ。ゴブリン族のレンって娘を誘拐したんだろ?」
「な――っ!? なぜそれを!?」
「その娘はゴブリンキングの実子だ。悪行はすぐにルーグリオン地方中に広まる。悪いことは言わねえ。そいつを解放してすぐに人類領域に戻れ。公正な裁きを受けろ。ゴブリン族との話は俺がつけてやる」
俺は少し溜を作り、意図的に潤ませた瞳を向けて微笑みを浮かべる。そうしておもむろにローブの肩に手を置いて、優しく囁いた。
「……田舎の母ちゃん、泣いてんぞ?」
これで落ちねえ犯罪者はいねえ。
「おまえさんを育てるために懸命に働いて、身体を壊したこともあったろう。足の臭えしょぼくれた背中の父ちゃんは元気にしてるのか? 最近会っているのか? 二人とも先が長くねえ年だ。たまにはその汚え顔を見せに戻ってやった方がいい。きっと喜ぶ――ぜええええっ!?」
ふぉん、と俺の顔面すれすれにナイフが通り過ぎた。風斬り音に気づいて反射的に片脚を引いていなかったら、三つ目の鼻の穴ができていたところだ。ナイフが廃墟の壁に突き刺さり、ビィィンと揺れた。
えええええええ……っ!?
「ちょちょちょ――」
飛来した方向に視線を向けると、双剣の痩せ男が音もなくこちらに飛びかかってきていた。
「うおぅっ!?」
俺は正確に頸部へと薙ぎ払われた剣を屈んで躱し、慌てて後退した。
「な、な、何――っ」
双剣の痩せ男が魔術師風の男の隣に立つと、大槌の巨漢が出口を塞ぐようにじりじりと移動したのがわかった。
また囲まれた。俺の渾身の説得が効かないとはな。
双剣の痩せ男が素速くつぶやく。
「ギャッツ。まずいぞ、こいつ。生かして帰せば計画が破綻する」
あの魔術師風の男の名は、どうやらギャッツというらしい。珍しい響きの名前だ。
「あ、ああ。だが元勇者のライリーだぞ」
「だからどうした。新たな勇者のミリアスじゃなくてよかった。ライリーは魔族領域に一度も攻め込めなかった臆病者だ。勇者の称号だってお飾りだったに違いない。俺たちならどうにかできる。――それでいいよなっ、グックル!」
巨漢の男がうなずき、恐ろしく低く野太い声でつぶやいた。
「オレ、ビーグに従う。オレも、こいつ、始末した方がいい、思う」
魔術師がギャッツ。
大槌の巨漢がグックル。
双剣の痩せ男がビーグ。
ほへぇ。みんな珍しい名前だなあ。どこのド田舎から出てきたんだろう。まるで魔族の名前みたいだな、うん。
「いやいやいやいやいや、待て待て待て待て待てって! おまえさんたち、俺の話聞いてた!? 俺は、おまえさんたちを人類領域に帰してやろうとしてんのよ!? 罪を償ってまたやり直せばいいでしょうよ! それとも極刑級の犯罪……で……も…………?」
言葉は最後まで続かなかった。
ギャッツが目深にかぶっていたフードを上げる。耳が長い。肌が浅黒い。不自然なほどに整った容姿。魔族に与するダークエルフだ。
「残念だったな。私は貴様と違って汚い顔などではない。むしろ美しい方だ。……いや、この際それはどうでもいいか」
なんて失礼なダークエルフだ。初対面で言う言葉じゃないだろ。
「我々に帰る場所などないのだ。最初からな」
「あ……?」
ということはだ。
グックルが頭部を覆っていた骨兜を取った。額に角がある。なるほど。東方鬼族。つまりオーガ族であれば、あの巨漢にも納得がいく。
痩せ男ビーグはルランゼと同じく魔人族といったところか。特に人間と違う外見的特徴はないが、身体能力や魔力の潜在値が非常に高い。おそらく、この三者で最も危険な存在と見て間違いない。
「え~っと……? ……みなさん……魔族のお方で……?」
「見ての通りだ」
「だったらなんで同じ魔族であるゴブリン族の娘の誘拐なんてしてんだよ!? おかしいでしょうよ!? こんなことに何の意味があんの!?」
ゴブリン族のフルルは人間の仕業だと言った。少なくとも彼らはそう思い込んでいる。
だが蓋を開けてみれば、魔族が魔族を誘拐していたんだ。こんなおかしなことがあるか。
ギャッツがどこから取り出したのか、ルーン文字の刻まれた金属製の長い杖をつかむ。
「その謎を知りたくば我らを屈服させてみることだ、ライリー。ゴブリンキングの娘はこの廃墟の地下にいるぞ。まだ生きている。いまはな」
「ここで出遭ってしまったのは、運が悪かった。それは互いにだ。魔族ならば生かして帰す理由もあったが、人間である貴様には死んでもらう他ない。どのみち我らは敵対する身。交わることのない人生だ」
ビーグがギャッツを守るように前に立ち、双剣を構えた。魔術師を後衛に据えるだけで前衛の脅威度はひどく上がる。
手強いぞ~、こいつら……。
視線を回すと、グックルはあいかわらず扉の前に立ち、きっちりと俺の逃走経路を潰してくれている。巨体がいきすぎているためか、扉が丸々見えねえ。
「ジルイール様のため、オレたち、戦う」
その言葉にはカチンときた。
俺は胸くその悪さを口から吐き出す。
「ジルイールのため? あまりいい加減なことを言いなさんなよ。あのルランゼがこんなことを命じるわけねえだろ。首謀者は誰だ? 何を考えている?」
「……」
疑問に対するこたえはない。無言だ。
代わりにやつらの殺気が一瞬にして膨れ上がった。やる気だ。
俺は舌打ちをする。
いいだろう。ルランゼを侮辱したいまの一言は、俺が頭に血を上らせるのに十分な言葉だった。
「ムカつくな、てめえら」
こいつはただの誘拐事件じゃない。そう気づいたとき、平和的解決をあきらめた。足下に落としたローブから聖なる包丁を蹴り上げて、空中でその柄を逆手でつかむ。
どのみち正体を明かしたということは、生かして帰す気がないということだ。わけがわからねえし、何とも気持ちの悪い話だが、もうやるしかねえ。
おっさんは自分の言葉を省みない。
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