第13話 誘拐犯は困惑する
前回までのあらすじ!
誘拐されたゴブ子を取り戻すことになった。
ゴブリン族の事情など放っておくべきだ。そんなことはわかってる。
こんなことをしている間にも、魔王軍は人類領域へと攻め込んでいる。いくら堅固な王都ザルトラムとて、いつまで保つかわからない。
止めなければならない。いや、それ以上に。
なぜあれほどまでに和平を望んでいたルランゼが、人類領域への侵攻を開始したのか。俺はそれが知りたいんだ。なぜなら俺の知るルランゼ・ジルイールという魔王は、決して他種族を踏みにじるような生き方を由としない人物だから。
とにかく時間がねえ。急がなきゃならねえ。わかってる。わかっちゃいるんだ。一刻も早く、俺はオアシスでルランゼとイチャイチャしたいんだ。
だが、ど~うにも弱ぇんだ。こういう話にゃあよ。
結局俺は流されるようにゴブリン族の兵隊五十名について、泣く泣く“やつら”とやらのアジトらしき廃屋へとやってきていた。
「アソコ。俺タチ、誘拐ニンゲント、ミンナ戦ッタ。デモ勝テナイ。ダカラ、ヤツラガ一人ナルトコ、狙テタ」
それで襲われたのかあ。おかげで散々な目に遭ったぞ、この緑色生物どもめ。
「言っとくが、俺も人間だからな。殺す殺さねえは説得の結果次第だ」
「レン、戻ル。ゴブリンキングサマ、喜ブ。ソレデイイ。罪人ドウデモイイ。勝手ニ野垂レ死ネ」
めんどくせえ。こんなことをしている場合じゃねえんだ。
「おめえらは離れて待ってろ。あまり相手を刺激したくねえから覗きにくるなよ」
「ゥ……。ワカッタ」
「援護も却下だぞ?」
困り顔で念をおした俺に、フルルが良い笑顔で拳を作って笑顔を見せた。
「ワカッタ。ニンゲン同士、ウマク相討チニナレ」
「本音が漏れてんだよ……。行く前になって嫌なこと言うなよ……」
俺は茂みから出て廃屋に視線を向ける。
ゴブリンたちの気配が遠ざかったのを確認してから、雑草の生えた砂利道を歩き出した。
ゴブリンたちの話では、“やつら”の人数はたったの三人らしい。少ねえのは歓迎だが、たったの三人で五十体ものゴブリンを寄せ付けねえ輩だと考えると、なかなかの手練れだろう。
そもそもこんな時期にルーグリオン地方に潜入しているくらいなのだから、王国よりの特命を受けた特殊部隊ということも考えられる。そんなやつらと刃を交えたとなっては、元勇者である俺だって指名手配にされるだろう。
なんとも気の重い話だ。
近づくだけで、廃屋の中の気配が動くのを感じた。どうやら俺に気づいたらしい。これだけでただ者じゃないとわかる。わざわざ窓のない壁から近づいたのだから。
俺は丸腰をアピールするようにローブを持った両手を広げ、入り口へと近づく。警戒しつつ、ブーツのつま先でドアをノックした。
「あ~……誰かいるかい? いるよな? こんな土地じゃ信じらんねえかもしんねえが、俺は魔族じゃない。丸腰の人間だ。ちょいと開けちゃくんねえかね」
人間アピールを忘れない。ボクはアヤシイものじゃナイよぉ。
ドアが開くと同時に刃に貫かれる、なんてことがあっては困るからな。
屋内からはひそひそ話が微かに聞こえ、同時にバタバタと忙しなく動いている気配がある。
しばらく待っていると、遠慮がちにドアが開かれた。ほんの指数本分だけだ。そこから覗く険しい瞳。
男だ。
「……貴様、本当に人間か?」
「ああ。見ての通りだ。あんたもそうなんだろ。同族のよしみで開けてくれ」
「あ、ああ。もちろん、もちろんだ。開けるとも。これも主神ルフィーネの導きだろう」
裁きの神ルフィーネ。嫌な神の名だ。
人類領域で最も信仰者の多い宗教で、王都ザルトラムの国教でもある。つまりは俺から勇者位を剥奪した大司教カザーノフの属する聖堂教会だ。
とはいえ、ここでそんなことを言ってしまっては、人間扱いなどしてもらえないだろう。
俺は適当にこたえる。
「……かもねえ。ありがたいねえ」
「このような土地で歓迎しよう、我が同胞よ」
ドアが開かれた。
三人だ。三人の男がいる。鉄槌装備の並外れた巨漢と、左右の腰両方に一本ずつ剣を吊す双剣の痩せ男、そしてローブのフードを目深にかぶった魔術師風の男だ。
レンと言ったか。ゴブリンの姿はない。隠されたか。だがなぜ隠す必要がある。俺を人間であると信じているなら、その必要はないはずだ。
俺が遠慮がちに一歩入ると、ドアを開けてくれた魔術師風の男はすぐに外を確認してからドアを閉じ、俺を三方から取り囲むような位置に立った。みんなすでに、それぞれの得物に手をかけている。
「勘弁してくれ。この配置は不利が過ぎる。俺は丸腰だぞ」
「すまんな。いまのところあんたに手を出すつもりはないが、念のためだ。ここは魔族領域ルーグリオン地方。自称人間とやらも、そうそう信じるわけにはいかない」
「……だろうね」
俺は丸腰をさらにアピールするため、ローブを脱いだ。
聖剣の成れの果て。聖なる包丁はローブの生地裏に吊しているが、さすがにこれは武器とは見なされないだろう。旅にナイフはつきものだ。
実際、魔術師風の男もそれを取り上げようとはしなかった。そいつは他の二人と目を見合わせてから、俺に向けて口を開いた。
「どうやら本当に丸腰のようだな。いくつか質問がある」
「ああ。構わんぜ。こたえられることならな」
「なぜ人間がルーグリオン地方に一人でいる? おまえは何者だ?」
元勇者であると言ったところで、人類の全員が全員、俺の顔を知っているわけではない。王都に住まうやつらなら大抵知ってはいるだろうが、王国内すべてに面が割れるほどには活発な活動はしてこなかった。
「そっくりそのまま返してえ質問だが、まあ、ちょいと訳ありでね」
「そちらから先に名乗ってもらう」
「わーかったよ。頼むから剣を向けないでくれ」
ここは信を得るため素直に名乗っておくべきか。
何せ勇者ミリアス亡きいま、人類の希望は俺しかいないわけだし? もしかしたらチヤホヤしてもらえるかもしんねえし?
俺はニヒルに笑った。
「フ。何を隠そう、俺はライリー・キリサメだ」
「――何っ!? ライリー……だとっ!?」
おお、いい反応だ。
きっとチヤホヤしてくれるに違いねえ。
「ああ、そのライリーだ。わかるだろ? ルーグリオン地方に俺が単身でやってきたわけが」
まともな頭をしてりゃ、魔王軍を内部から崩壊させたり、魔王ジルイールの暗殺に行き着くだろう。それは決して知能が高いとはいえないゴブリン族でさえ辿り着いた考えだ。
もちろん、実際には違うがね。俺はただルランゼの真意をたしかめ、若え女をオアシスに連れ戻したいと願っているだけの、しょぼくれた中年男だ。
が、ここは嘘も方便!
三人の困惑は、俺の想定を遙かに超えて凄まじいものだった。名乗れば得物から手を放すかもしれないという甘い考えは、しかし裏切られた。むしろ、なぜか不思議と、彼らの警戒色はさらに増した気がする。殺気すら感じられるほどにだ。
んんんん? ン何これぇ~?
俺は焦った。嫌な汗が背中を伝う。
予想では名乗るだけで丸く収まると思っていた。だがそれに反して空気はさらに張り詰める。
「……や、え~っと、ほ、本物だよ? ほ、ほら見て、このローブの裏にある包丁!」
俺が包丁を取り出すと、三人が警戒しながら怯えたように一歩後退した。俺は必死で包丁の柄部分を見せる。
「な? ほら見てみ? キリサメ家の家紋が入ってんだろ? な? な?」
「あ、ああ……。そ、そうだな……」
それでも得物から手は離さない。
男たちは包丁から視線を俺の顔へと戻して、引き攣った表情をしていた。
何だ、この雰囲気は。
何かがおかしい。
この一件、どこかにねじれがある気がする。
言えば言うほど微妙な空気になる。
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