第12話 ゴブリンさんのお願い
前回までのあらすじ!
タグに転生って入れた方がいい?
前回の失敗を踏まえ、俺はどうにか竜の孫と意思の疎通ができないものかと考えた。だが、こいつは魔族でも魔物でもない。現象生物だ。ハリケーンや洪水と意思疎通ができるわけがない。
そのことに気づいたのは、どうにかこいつに言葉を教え込もうとしていたときだ。今日日、言葉なんぞ繰り返し聞かせるだけで小鳥だってしゃべり出すというのに、こいつは挨拶どころか「ケェ」以外の鳴き声を発することはなかった。
ムカつく。こいつのアホ面がひたすらムカつく。もはやどこかに捨ててきたいとさえ思えるが、再会時にルランゼに泣かれるのはご免だ。おまえの涙は感動の再会のためだけに流してくれよ。フ。格好いいこと言っちゃった。
小型化した竜の孫は、歩き続ける俺の頭に乗っかって安心したように眠っている。おかげで今日も肩こりがひどい。
ひどいというのに。
「しつっけえなァ」
振り返りながら足場の悪い林を走る。
街道を避けて林を歩いていたというのに、俺は魔族に発見され、そして追われていた。草むらを抜けて走る俺へと、木枝から木枝へと飛び移りながら小さな影が石槍を投げ、地上からは弓矢を放つ。
ゴブリン族だ。数は五十体といったところか。
猿のような小さな肉体に、独特な緑色をした肌。がに股で腰は老人のように曲がってはいるが、爪と牙は鋭く、言語や道具を扱うだけの知性を持ち合わせている。
とはいえ、強者そろい踏みの魔族にあって、ゴブリン族はそれほど強い種族ではない。そこそこの腕があれば、素人冒険者や王宮勤めの騎士にだって戦える相手だ。もちろん元勇者である俺にとっては簡単に潰せる相手だ。
風斬り音。
「っと!」
矢だ。首を倒して躱した。
次々と飛来する槍や弓をステップで躱して、俺はさらに速度を上げる。眠っていた竜の孫が、頭からずり落ちかけてしがみついた。
「起きたか。放すなよ~。落っこちたら放ってくからな」
――ケェ~。
逃げる理由は戦いたくないからだ。まともな武器がないから、というわけじゃあない。
考えてもみてくれ。俺は別に勇者として魔族と戦いにきたわけじゃない。魔王ジルイール、すなわちルランゼと話をしにきただけだ。そんな使者紛いの俺が魔族を殺めては、話せるものも話せなくなる。
俺はルランゼと会って、真意をたしかめたいだけだ。
あれほど和平を望んでいた彼女が、なぜいまになって魔王軍を率い、人類領域に侵攻を開始したのか。やまれぬ事情があるのではないか。俺にできることはないか。
それを伝えにやってきただけなんだ。まあ、あわよくばオアシスにお持ち帰りしてえというドスケベな下心は持っちゃいるがね。
なのによぉ。
左の草むらが揺れた。ゴブリン族が飛び出してきて、石斧を俺の脳天へと横一閃に薙ぐ。俺はそいつを屈んで躱し、掌底で石斧ゴブリンの顎を打ち上げた。
――ギャウ!
そいつは背中から落ちてひっくり返り、けれどもすぐに後転で立ち上がる。掌に魔力は込めていない。ひ弱なゴブリン族が相手では、殺しちまう恐れがあるからだ。
だから一瞬たりとも足は止めない。俺は全力で逃走しながら、次々と襲いくるゴブリンをひたすら張り倒す。
「だぁもう、めんどくせえ!」
俺の頭の上にいるアンポンタンが先日までの大きさを保っていたなら、威嚇するだけで蹴散らせただろうに。
ゴブリン族は力こそあまりないものの、その身軽さのおかげでなかなかに振り切れない。
「敵対するつもりはねえって言ってんだろ! 俺ぁただ魔王をかっ攫いにやってきただけなんだって!」
石槍のゴブリンが正面から迫った。
「極悪非道ニンゲン! 誘拐シテ悪戯スル!」
「血モ涙モナイニンゲン!」
「敵ニンゲン! 魔王サマノ敵ニンゲン!」
違えってもう。
「だから、俺ぁその魔王様に会いにきたんだっつってんろが!」
「ワカラン、殺ス」
「ワカランカラ殺ス」
理解できんからとりあえず殺そうというその蛮族的発想よ。
突き出された槍を半身になって躱し、柄の部分をつかんでゴブリンごとぶん投げる。高く舞ったゴブリンだったが、空中でくるりと反転して両足でシュターンと着地した。
「おお、すげえ……」
「ウヘヘ、スゴイカ?」
「うん、猿みてえ」
「惨タラシク殺ス」
正面から五体。俺はとっさに走る方角をずらして、右手方向へと向かった。藪を蹴散らし倒木を乗り越え、ようやく林が開けたところで立ち止まる。
「ま~じかよ」
崖だ。足を止めたときに転がった小石が、からん、ころん、吸い込まれて落ちていく。
空は青いが、足下は暗闇。強い風音に混じって微かにせせらぎの音が聞こえているが、一か八か飛び込む気にはなれねえ高さだ。かといって向こう岸まで跳躍ってなわけにもいかねえ距離がある。
「戻るしかねえか……」
引き返そうと振り返ると、木枝から木枝へと飛び移りながら俺を追ってきたゴブリン族が、勢いよく飛び出した。
「おい、止ま――!」
――ギェェ!?
枝を蹴ってゴブリン族の若者が宙を舞う。俺の頭を遙かに超える高さで、断崖絶壁に吸い込まれるようにだ。そいつは数瞬先の未来を予測したのか、恐怖に目を見開いて空中で手足をバタバタさせた。
アホが。
俺は両足を曲げて垂直に跳躍する。限界まで腕を伸ばしても届かねえだろう。だから頭の上の竜孫の脚部をつかみ、思いっきり空へと突き上げた。
「つかめ……!」
「――ッ!?」
上空を通り過ぎかけていたゴブリン族が、反射的に竜首をつかむ。竜の孫が微かに悲鳴を上げた。
――ケュッ!? グェェェ……。
ともすれば、勢いで肉体ごと後ろの崖に持って行かれそうだった俺は、しかしかろうじて崖の際の際に着地し、ゴブリン族の若者を地上へとどうにか戻すことができた。
「ふぃぃぃ、危ねえ~……」
「ハッ……ハッ……」
ゴブリン族の若者は腰を抜かしながら、俺を見上げている。ちなみに竜の孫は無事だ。首が絞まったせいで若干白目を剥いているけれど、ちゃんと元気いっぱいにビクンビクン痙攣している。うん。すまん。
だが。
このわずか数秒が命取りだった。俺はおよそ五十体ものゴブリン族らに、崖際へと追い詰められてしまったんだ。
全員、武器の切っ先をすでに俺へと向けていた。
助けた若者ゴブリンが、腰砕けのまま転がるように俺から距離を取って、仲間の群れへと戻っていった。
「はぁ~。しゃあねえ。こっから先は命のやりとりになるが、死んでも恨むなよ」
俺は仕方なく、両の拳に魔力を付与する。これだけで十分だ。ゴブリン族の五十体や百体程度ならば。
両足を肩幅に開き、半身となって拳を構える。剣術ほどではないが、体術も多少の心得はある。それでもまあ、剣は早めに手に入れておくに越したことはないが。
しかし。
いつまで経っても、ゴブリン族は襲いかかってくる様子はない。やがて群れが中央で割れた。その奥から、一体のゴブリンがやってくる。
先ほど助けたやつ……じゃないな。
装備は鉄器。鉄のショートソードと鉄兜だ。
「オマエ、ニンゲン。ヤツラノ仲間。ナゼ、リッケ、助ケタ?」
リッケ? さっき崖に飛び込んだ若いゴブリンの名か?
なら、やつらとは誰だ? 俺はその“やつら”と勘違いされて追われていたのか?
「たしかに俺は人間だが、ここいらに仲間はいねえよ。リッケってのがさっきの若えゴブリンだったら、何も死ぬこたぁねえと思って手を伸ばしたまでだ。だから気にすんな。すげえ感謝しろ」
「オオ。スゲエ感謝スル」
「素直に感謝してくれてありがとう」
「気ニスルナ」
何だこの無駄な会話。
「オマエ、ヤツラノ仲間?」
「逆に聞きたいね。やつらってのは誰のことだ?」
ゴブリンは一度仲間の方を振り返り、そして俺へと視線を戻す。
「ニンゲン、レン、サラッタ。俺タチ、誘拐ニンゲンカラ、レン、取リ戻ス。ゴブリンキングサマ、泣イテル」
ああ、魔王をかっ攫うってのはタイミング的に禁句だったわけか。
「ルーグリオン地方にはいないはずの人間が、おまえさんたちの仲間をさらったってことか? で、俺をそいつらの仲間と勘違いして襲いかかってきた」
無数に見える緑色の頭が、一斉にうなずいた。
わーお、素直。単細胞だなあ。
「フルルタチ、レン助ケタイ」
フルル。そう名乗ったゴブリンは、潤ませたキラキラの上目遣いですがりつくように俺を見上げてきた。
いや、全然かわいくねーよ。
知性の低さが際立つ種族。
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