第11話 かわいそうなドラゴンさん
前回までのあらすじ!
ハードボイルド調に旅立ってはみたものの。
オアシスを有する砂漠の先――。
魔族領域ルーグリオン地方の前線都市であるガルグを迂回し、俺は夜の草原を闇に紛れて歩む。街道は使えない。ここはすでに人類領域ではない。緩衝地域ですらなく、魔族領域に他ならないのだから。
だがゆえに、魔物に襲われることも少なくはなかった。
それこそ、ため息が出るほどにだ。
「またかよぅ」
ボコボコと地面が盛り上がり、植物が芽吹くように腐った手が生えた。それこそ、そこら中で汚え花が咲くわけだよ。
俺は拾った錆び剣で、目の前の腕を刈り取る。悲鳴も何もない。他の腕が地面をつかみ、土の中から腐った頭を生やす。
目が合った。
「よう、元気かい?」
――あぁぁぁ~…………。
首を刎ねた。腐った頭が草原に転がる。
生ける死体だ。古戦場に多い魔物。
魔物といっても、こいつらはもともと人間や魔族だった代物だ。とはいえだ。やつらは失ったはずの命を取り戻したいのか、生けるすべてに襲いかかる。喰らうのだ。生者を。むろん、喰らったところで生き返ることはない。虚しい行為だ。
俺は錆びた剣の刃を下ろして、やつらを眺めた。
「気の毒だが、こんなになっちまっちゃあ、人間だろうが魔族だろうが、ただの魔物だ。悪いが成仏してくれよ」
這い出てきたやつから、錆びた剣を振るう。腐った肉片がそこら中に飛び散った。血はない。とっくに枯れているから。
死体がリビングデッドになるには何らかの要素があるのだろうが、いまのところそれは解明されていない。まあ、とにかく基本は腐った死体だ。そこらで拾った錆び剣でも十分に役立つ。何だったら木の棒でだって倒せるだろう。
だが、いかんせん数が多い。人魔戦争時代の古戦場なのだから、死体なんぞいくらでも埋まっている。
俺は根元から折れた錆び剣を捨てて、別の錆び剣を拾う。古戦場だ。死体の数ほどじゃあないが、ボロボロの武器も結構残されている。
「……めんどくせえなあ」
逃げるか。やつらの動きは鈍い。追ってきたところでその歩みは遅い。振り切るのは簡単だ。そもそも古戦場に踏み込んだことが間違いだった。知ってりゃここも迂回したってのに。
そんなことを考えた瞬間だった。
空から羽音が響き、暴風が炎を伴って吹き荒れた。目の前を埋め尽くさんばかりに発生していたリビングデッドの大群が、炎に包まれて燃え尽きる。
「おお、いいねぇ」
なかなかに壮観。
あいつもいまや、凄まじい戦力だ。
むろん、竜の子だ。
転生から一年。いまや俺の肉体を遙かに凌駕する体格となっている。もっとも、成体時代と比べればそれでも十分の一といったところだが。もう少し成長すれば、背に乗ることもできるだろうか。
――ガアアアアァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!
特筆すべきはその性質だ。
かつての成体時代には見せなかった炎のブレスを、転生を機に習得していたのだ。これはただの仮説に過ぎないが、転生の際にルランゼの炎を喰らったのではないかと思っている。ゆえに竜の子は、いまや火竜となったと言えるだろう。
鱗は夕陽のように赤く輝き、顔立ちは精悍そのもの。おっさんの少年心を無駄にくすぐるカッチョよさだ。
俺は空に手を振った。
「はっはー! 助かったぜ、相棒!」
――ガアアアアァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!
炎で浄化されてできた道を走り、古戦場を抜けてから振り返る。
かなり距離を取ったつもりだったが、リビングデッドどもはまだのろのろと、こちらに向かってきている。だが殿のつもりなのか、竜の子はその集団へとさらに炎を浴びせかけた。
「ここは任せた方がよさそうだ」
と、視線を前方に戻した直後、俺の視界を真っ白な羽毛が覆った。
反射的に首をすくめるが、頬を鋭い痛みが走る。鮮血が散った。すれ違い様に折れ剣を振るうと、その錆びた刃を蛇の牙が噛んで止めた。
「痛えなっ!? ――ンだよ!」
それどころか蛇は刃に巻き付きながら、俺の腕へと遡ってくる。舌打ちをして、俺はとっさに折れた剣を手放した。
「危ねっ!」
バックステップで距離を取る。
巨大な白い鳥。太い足の先には鋭い鉤爪がついていて、頭部には赤い鶏冠がある。羽毛は白く、尾というかケツの部分だけが蛇だ。
「コカトリスか。次から次へとまあ」
俺を威嚇するかのように、ケツの蛇が折れた錆び剣を容赦なく噛み砕いた。雄鶏の眼と大蛇の眼が、同時にこちらを見据える。
また魔物だ。だがまあ、リビングデッドとは違って歓迎できる。
ちなみに、魔物というのは魔族とは別の生物だ。魔王に従う存在じゃあない。こいつらは魔力を持った動物で、共通する言語を持たない。すなわち意思の疎通ができないんだ。
魔物には臆病な生態を持つやつから、誰彼構わず襲いかかる凶暴なやつまで様々いる。普段ならば旅で襲われりゃ、盗賊に次いで面倒な存在だが、街や都市を避けて歩かなければならないいまは、それが少しばかりありがたい。
食えるからだ。特にコカトリスは、上質の鶏肉と言えるだろう。
てか、腹減った。食わせろ。
ヨダレが垂れた。
※
「はぁ~。てこずらせやがって」
肉が軟らかくなるように、素手でボコしてやった。や、ほんとは武器がねえからなんだが。
肉塊と化したコカトリスの羽根を、俺は自分の頭やローブの肩から払い落とす。
「うっし。んじゃ、解体しますか」
俺は早速コカトリスの羽根を適当に毟り、聖なる包丁の刃を差し込んだ。
元々は聖剣だったものだ。竜の額をぶん殴ったおかげで折れ曲がり、そしてどこぞの魔王が竜の下敷きになったのを助けたせいでポッキリ折れた。いまじゃ半分の長さしかない。まあ、ルランゼの生ケツとかその前面を見れただけ、折った甲斐もあったってもんだ。
おっと、いかん。思い出したら鼻の下が急成長してしまう。
ケツと言えば、コカトリスのケツにある蛇の部分は猛毒だ。食えば朝を待たずに全身から凝固しかけた血を滲ませて死ぬことになる。だが逆に、胴体部分の大半は非常に美味な魔物だ。
俺は聖なる包丁で、コカトリスのケツ蛇を斬り落として投げ捨てた。蛇毒は戦いで役に立つが、朝には凝固しているため使えないだろう。
手羽元から刃を通して、胸と腿を切り離す。なかなかいい塊だ。
頸部は細くて面倒だ。肉を削ぐのに技術がいる。放っておけば、そのうちここらに生息する他の魔物がおいしく食ってくれるだろう。
「こんなもんかね」
内臓は難しい。ケツに送る毒をどこで精製しているかがわからねえから、料理人でもなきゃ手を出さねえのが鉄則だ。
生肉の臭いに惹かれたのか、闇空から羽音がして竜の子が下りてきた。
「お疲れさん。助かったぜ」
――ケェ。
竜の子は地に足をつけるなり、俺が捨てたコカトリスのケツ、つまりは毒のある蛇部分を嗅いだ。
「おい、食うなよ。それは毒だ、死ぬぞ」
――ケェ。
竜の子が首を上げて利発的な表情で、俺に返事をするように鳴いた。
どうやら通じたらしい。素晴らしい成長だ。
「さすがは伝説の生物だ」
ふふ。なかなかに利口だ。さすがは伝説の現象生物。危険は本能で察知できるのか。あるいは、ペットは飼い主に似るという。いいぞ、おまえは俺に似て賢く有能なようだ。一年間、みっちり超放任主義で育ててやった甲斐があったってもんだ。
そんなことを考えていた俺の横で、竜の子が蛇のようなケツ毛をパクリと口に入れた。
「……」
――……。
モッチャモッチャ、モッチャモッチャ。
俺は叫んだ。
「何やってんのっ!? 食うなっつったろ!? 出せ、おい! 猛毒だぞ!」
俺は慌てて竜の子の下顎と上顎を両手で引き剥がそうとするも、咬合力がやたら強え。
モッチャモッチャ、モッチャモッチャ。
「こ、コノヤロウ! 出せって!」
こちとら両手に魔力付与までして最大筋力で口を開けようとしているのに、このバカときたら平気でモッチャモッチャモッチャモッチャ。
そしてついに、グビっと喉が大きく動いた。ところがだ。竜の子は平然とした様子で、猫のように顔洗いをしている。クソ可愛い仕草だ。
「ん? もしかしておまえ、毒は効かないのか?」
――ケェ!
食っちまいやがった。
そりゃそうか。現象生物だもんな。嵐や地震や洪水に毒は効かない。そうか。そうか。
竜の子が己が力を誇るようにビィンと胸を張った。俺は逆に胸をなで下ろす。
こいつはルランゼと俺の大切な子供も同然だ。この危険な旅では、立派な戦力でもある。現に、すでに何度も魔物の夜襲を防いでくれている。俺に忠実で賢明なる聖獣だ。
俺は竜の子の胸部を右の拳で叩いて言った。
「大したもんだ。ここは味方のいねえ敵地だ。期待してるぜ、相棒」
――ケェ! ……ケケ、ケケッケケ? ケ? ク、グ、ケェ……ェ? グゲェェェ!
が、その直後に白目を剥いて、ズシンとぶっ倒れた。みるみるうちに泡を噴き、全身をビクンビクンと震わせている。
おもくそ効いてんじゃねえかっ!!
「おま――っ!? 嘘だろ!? 何でさっき自信満々で胸張った、ええおいっ!?」
――ゲッ……ゲグッ……カ…………。
やがて鱗の隙間という隙間から凝固しかけた真っ赤なゼリー状の血液を滲み出し始めた。痙攣が止まる。
「ことごとく俺の期待を裏切るペットだ、このバカトカゲ野郎! ど、ど、ど、どどどうすりゃいいんだッ!? 医者、医者、ああああ、いるわけねえぇ!!」
医療魔法は使えない。攻撃魔法も使えない。どうする? どうする?
アタフタしているうちに、やがて竜の子は体液という体液を全身から滲ませて絶命した。何かをしてやる暇もなかった。
「……」
俺は呆然と立ち尽くす。
やがて強い脱力感に襲われ、ため息をついてその場にしゃがみ込み、両膝を抱えた。
「……おまえなぁ……ふざけんなよ……」
呆れた。何を無駄に死んでんだコノヤロウは。
仕方なく、俺はコカトリスの脂ののった皮を竜の子の死骸において、炎晶石で火をつけた。火葬だ。転生を早めるための、火葬。
脂に引火した火はみるみるうちに轟々と燃えさかり、竜の子の全身を燃やしていく。やがて火はオアシスのときと同じく唐突に大炎柱へと変化し、ついでにとコカトリスの肉を炙っていた俺は少し距離を取った。
俺はコカトリスの骨付き腿肉を囓りながら、様子を見ることにした。やがて竜の子の死骸がすべて燃え尽きた頃、炭化した背骨がひび割れる。
この光景も二度目だ。
そこからピョコンと顔を出す竜の子――のさらに子。いや、もう孫か。孫は可愛いと聞くが、何か腹立つわ。見る影もなく小さくて弱そうだし、とんでもなく頭悪いし。
竜の孫が得意げに顔を上げ、可愛らしく元気に小さな翼を広げた。
――ケェ! ケケッケケェ!
「はいどうも~、初めまして~って、やかましいわ!」
俺は孫野郎を指さして叫ぶ。
「無駄に転生すんなアホトカゲ!」
――ケェ~?
旅の仲間の戦力が大幅に下がった瞬間だった。
すでに役立たず。
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