番外編⑥ 獣の疑念
前回までのあらすじ!
これぞ雄の生き様よ……。
吾輩は弱者である……。
申し遅れた。吾輩の名はイヌノコ。パパ犬はコボルト族の英雄サァ~ンなのである。
かつて勇者のサイラスパパの相棒として、魔王サァ~ンを救い出すために獅子奮迅の活躍をしたのだとか、さっぱりしてないのだとか。
そのあたり、数々の逸話があるである。
曰く。
魔族の中でも上位種のホブゴブリ~ンのレン姉チャ~ンを背に乗せ、数百の敵に追われながら最前線の戦場を駆け巡った。
曰く。
パパ犬の親友にて忠実なる子分でもあるドランゴサァ~ンに命じ、襲い来る何体もの敵を、恐怖と炎色に染め上げた。
曰く。
弟子にしたサァベルタイ~ガ族の群れを先頭に立って率い、ゴスジンパパの危機を救うた。
曰く。
魔王種とも呼ばれる魔族最上位種の魔人サァ~ン、それもゴスジンパパでさえ苦戦する凄腕を命がけで沈めた。
曰く。
さらにはそれだけに飽き足らず、超危険人物だった頃の精霊王イフリイたんをも、オアスッシを守るために追い返したことがあるのだとか。
なんたる武勇。もはや狂犬。
完全にコボルト族の範疇をも超えちゃってると、イヌノコは思う。
でも、でも……。
昨今のパパ犬は大体腰痛で、寝床で惰眠を貪っておる。吾輩、そゆ姿しか見たことないからして、パパ犬の武勇伝は嘘ではないかと疑っておる。
全部本人から聞かされた話ゆえ、これはあやしくもあやしい。くそあやしい。
なぜならパパ犬の子であるはずの吾輩は、ケンカとかさっぱりである……。力はないし、弱虫だから……色々怖いからして……。
吾輩、コボルト族としての限界を感じてしまう……。
こんなでは、いつかサイラスとともに征くこと、できなくなるやもしれぬ……。イヌノコはゴスジンに置いていかれる……。
寂しい……。寂しい……。寂しい……。
パパ犬もコボルト。きっと弱いはず。なのにどして狂犬に。
知りたい。パパ犬のこと。
もしパパ犬が嘘つきだたら、吾輩はもはやゴスジンとはともに歩めぬやもしれぬ。
イヌノコはパパ犬のことを色々な人に聞いて歩くことにした。
レン姉チャ~ンは言った。
「それ、本当ですよ。犬さんの機動力がなかったら、わたしたちは偽魔王のいた街で全滅していましたから。ふふ、懐かしいですね。わたしはもう大人になったから犬さんの背中に乗ることはできませんが、いまのわたしではあの頃のわたしたちの速さには、どう逆立ちしたってかないませんね」
「……!?」
「ちなみにサーベルタイガーのお話も本当です。犬さんは獄中に侵入したライリー様の脱出を助けるため、サーベルタイガーの群れに混じって懸命に走っていましたから。うふふ、口から泡を吹きながら、白目を剥いてですが」
「ホァァ……!」
ドランゴサァ~ンは寝てた。
イヌノコが呼びかけると、一瞬だけ瞼をあげるけど、結局起きてくれん。けちんぼ。ちょっと最上位の種族だからってけちんぼ。
まあこのヒト、言葉しゃべれんからいいや。ば~か。
帰り道、ヘラヘラしながら元魔王サァ~ンの臀部を追っかけ回してるオアスッシ王、ゴスジンパパがおったので捕まえて聞いてみた。
「ああ、あったなあ。あったあった。確かにあったぜ。それ、魔都の魔王城に侵入したときのこったろ? 一体だけ凄まじい腕した魔人族の剣士がいてな。倉庫番だったっけか。犬がそいつをすっ転ばせてくれたおかげで勝てたんだ。わかるか? おめえの父ちゃんは、大きな隙を与えてくれたのさ! くかか! やり方はギャッフンダで笑えたけどな!」
「ホヘェ……」
王サァ~ンは吾輩の頭をモフりながら教えてくれた。
あっ、あっ、そこ。そこ気持ちいー。ほ、ほ、褒めてつかわすー。
「けど、無人のオアシスからリータを追っ払ったって話は知らねえなぁ。不法侵入してた全裸の変態だったら追い返したことがあるらしいが。ま、そこらへんはリータ本人に尋ねてみりゃいい。犬は嘘をつかねえよ。大体はほんとのことだと思うぜ」
「ウィ」
吾輩はイフリイたんの匂いをクンクンしてオアスッシを歩いた。
最近お気に入りらし、ゴスジンパッパのハンモックにおった。
「イフリイた~んっ」
「ん? イヌノコじゃん。どったの?」
吾輩はイフリイたんに、パパ犬のこと尋ねてみた。
コボルト族のパパ犬が精霊王のイフリイたんに勝てるなんてこと、ある?
「あっは! あったねー! あれはやられちゃったな! 合わせ技はずるいっ」
「アワセワッザ?」
「うんそう。炎竜に命じてエグいブレスで服を灼き払われたあとに、あのスケベ王が帰ってくるんだもんなー。ねえねえ。逆に聞きたいんだけど、あんたの父ちゃんってポンコツのふりして案外策士だったりしない?」
「フェェ……?」
ポンコツのふりした策士……! カッケ……!
「まあ何にせよ、あたしに土をつけたのはライリー以外じゃ初めてだね。ライリーといい犬といい、やり方はさておき、なかなかどうして大したもんじゃん? あっは! よく似たコンビだよ、まったくっ」
「ホォォ!」
パパ犬、嘘つきじゃなかた。
すげ。パパ犬すげ。
パパ犬のお話、もっかい聞きたくて、イヌノコは急いでおうちに帰ることにした。そのイヌノコの前に立ちはだかるは、ゴスジン大好き岩石みたいな顔したもうひとりの王サァ~ンだった。おっきな馬に乗っとる。
「む。ライリーのコボルトか。急ぎライリーに伝えねばならんことがある」
「チガー。ソレ、パパ犬。コレハ、イヌノコ」
「そのようなことはどうでもよい! ライリーはどこにおる!」
何やら急いでそう。
「魔王サァ~ンノ臀部ヲ追ッカケテ、ドッカ行ッタ? ドコイルカ、イヌノコ知ラン感ジ? クンクンシテ捜ス?」
「くう! まったく、あの痴れ者め! ――ならばイヌノコとやら、余の伝令を命じる! 一刻も早くやつを捜し出し伝えよ! レンディール共和国の軍およそ十万が武装し迫っておる! 何が何でも余の平和なる夜の生活……あ、いや、オアシスを死守しろとなッ!」
え……。
戦……? 始まる……の……? いっぱい、死ぬ……?
尻尾が股間をパァンした。
想像するだけで怖くて、足が震えそうなった。
「おい貴様! 何を突っ立っておる! 急げ獣! 先陣は我らザルトラム王国軍が切って時間を稼ぐゆえ、その間にオアシスの戦力を整え、陣形を築けと伝えるのだ!」
ガイザスオジサァ~ンが手綱を引いて、馬の鼻先を変えた――瞬間、イヌノコとガイザスオジサァ~ンを大きな影が通り過ぎた。
空を見上げた瞬間、突風が巻き起こる。
「ぬおッ!?」
「ギャッフンダ~ィ!」
ガイザスオジサァ~ンは怖がって暴れた馬を必死で御して、イヌノコは地面を転がる。
「――っ!」
転がりながら見えた青き空には、おっきなおっきなドランゴサァ~ンと、その頭に乗っかって飛ぶ勇ましきパパ犬の姿だった。
いくらも立たないうちに、空が灼炎の赤に染まる――!
「……」
「……」
あんぐり、お口。
イヌノコも、ガイザスオジサァ~ンも。
イヌノコがおうちに帰る頃には、パパ犬はもう、いつもの寝床でひっくり返ってお昼寝しとった。
へそ天の鼻ちょーちんだった。人間サァ~ンみたいな変な寝方だた。
その顔見てたら、イヌノコは何でもやれそうな気がした。
七万規模のレンディール共和国軍は、すごすごと帰っていきました。