番外編⑤ 野獣ロマンス
前回までのあらすじ
あのふたりは幸せになれそう。
そうさな。少し昔のことでも話そうか。
オアスッシが独立国リベルタラランになるより、少し前の出来事だ。
ああ、申し遅れた。吾輩は犬である。名前からしてもう犬である。
吾輩は敬愛するゴスジンの密命を受け、フェンリル様に助力を乞うべく、ルゥグリヨン地方にある鋭き牙の一族の棲む山へと向かっておった。
以前の吾輩であらば、一匹旅など恐ろしゅうて、とても出られんかった。なにせコボルトたるもの群れてなんぼゆえ。
だが、ゴスジンとともに乗り越えてきた魔王サァ~ンを救う旅によって、犬もまた少なからずパゥアーアップップしていたのである。
襲いくる無知蒙昧にて野蛮なる魔物らから死に物狂いで逃げ回り、宿場町では馬車に轢かれそうになり、野宿中にはゴスジンより預かりし旅費を全額盗まれ、行商人に尻尾をフリフリしてゴハン分けてもらいながら、犬は余裕のヨッチャンで鋭き牙の一族の棲む山を目指していた。
「……!」
しかし街道外れの森にさしかかったときだ。絹を引き裂くような乙女犬の悲鳴が聞こえたのである。
犬は走った。二足から四足になって走った。
非道、許すまじ!
森の奥深く。
年若きコボルトが、三つ首犬に追いかけられていた。あいつはゴスジンでさえ恐れた、ベロベロスルである。ベルベロス? ケロベロス? ワカラン。
きゃつらは犬種でありながら、同族の肉をも貪り喰らう、悪魔種の斥候・煉獄の門番。とてもではないが、並のコボルトにどうにかできる相手ではない。
だが吾輩もまた、そこいらに有象無象存在する並のコボルトではないがゆえ。
ゲロベロスはコボルト乙女を弄ぶように追いかけ回し鼻面で尻を突いて、転ばせて楽しんでいた。乙女の尻をつつくとは、許すまじ。
「キャイン!? 誰カ、タッケテー!」
散々弄んで弱らせた後、生きたまま食べるつもりなのだろう。クク、所詮は言葉持たぬ魔物。魔族のなり損ない。これより自らの辿る命運を知らぬ者の浅はかさよ。
犬は地を蹴った。
「待テェ~イ!」
叫び、飛び出しながら。
なぜなら、終われていた乙女が可愛かったからだ。犬のすけべがはみ出たのだ。犬は乙女を守るように、ゲロベロスの前に、すっくと二足で立った。
「ヨサナイカー!」
「……」
「……」
すっくと立ってみたものの、二足になった犬の体長でさえ、ゲロベロスの肩高に届かぬ。
犬は思った。
うわ、思てたよりでっかぃ……。
ゲロベロスが厭らしい笑みを浮かべた。
「これはいい。肉が自らやってくるとは。当分の間は食うに困らん」
なんか怖いこと言うとる。
きゃつらは言葉持たぬ魔物ではあるものの、同じ犬種であるがゆえに理解できるのだ。
「タ、タッケテ……旅ノヒト」
乙女は犬の背後で震えていた。
正直、犬も震えそうだったが格好つけた。重ねて言おう。乙女が可愛かったからだ。
「心配イラヌ。オ嬢サン、犬ノ後ロニイタマヘ」
犬は、キッとゲロスを睨んだ。
「──貴サマ。ドウカ、コレデ、許シテクダサ?」
荷物の中から、道々で掘ってきたお芋さんを取り出して差し出す。
だが、犬のお芋さんをゲロスは前脚で叩き落とした。ぽとり、落ちたお芋さんが転がった。
わぉん、貴重な犬のおべんとが……。
「ハッ、そんな粗末なものが喰えるか! 肉だ! おまえたちの肉を寄こせ!」
「……」
致し方なし。
吾輩は覚悟を決めた。もちろん死の覚悟ではない。己より力なき弱者を、容赦なく叩き伏せる覚悟だ。
左後脚を前に出し、右後脚を引く。
「ヤレヤレ。──ナラバ稽古ヲ、ツケテヤロゥ」
「あ?」
「オマエ、知ルダロウ。身ノ程ト、ソシテ砂ノ味ヲ。──ト~ゥ!」
地を蹴った犬の必殺、空中お手を、ゲロブシャスが左の頭で噛んで防いだ。
「イダイ!? クゥ~ン……。ナラバ!」
すかさず犬はオカワリを繰り出す。
下方から抉るように打ち上げながら。しかし今度は右の頭に噛まれて防がれた。
「アダ、アダダダダ!? ムェ!?」
両方の前脚を噛まれ、身動きできなくなった犬の頭をめがけて、ゲロスの真ん中の顔が大口を開ける。
「げははは! 脳みそは少なそうだが、頭からガブリだ!」
「ひぇ……!? ギャ、ギャッフン──」
尻尾が丸まって、股間をパァンした。
死んだ。犬、絶対死んだ。
すまぬす、ゴスジン。任務半ばにして朽ち果つる我が身を許したまへ。
その直後、ズシュっという音が響いてゲロヤローが犬を放す。
「~~!?」
犬はよろけて尻餅をついた。
その眼前を銀色の大きな影が着地して、ゲロヤローへと鋭い牙を向ける。
──オオオオォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!
咆哮、轟く。
森の木々から葉を吹っ飛ばし、ゲボヤローをも呑み込んで。
「──!」
銀色の人狼。銀狼のアニキだ。
銀ニキ!
アニキはさらにゲボヤローを急襲すると、鋭い爪でその背を引き裂いて跳び越え、地を掻いて着地していた。
遅れてゆっくりと、ゲボが倒れ込む。
「カッケ! アニキマジカッケ!」
「んだぁ? 攫われたのは雌コボ一匹って話じゃなかったのかよ。て、おめえ、ライリーの子飼いじゃねえか。何してんだ、こんなとこでよ」
ハッ、そうであった。
吾輩、任務半ばにして。
「犬、フェンリル姐御ントコ、親書モテキタ。ゴスジンノ」
「ふーん。ライリーからフェンリル様へか。……ま、何でもいいや。おめえが時間を稼いでくれて助かったぜ。フェンリル様を怒らせずに済んだ。へ、ありがとよ」
そんなわけで、犬は余裕のヨッチャンで親書を届けることがでけた。
※
吾輩が鋭き牙の一族の元を発ち、オアスッシへの帰路へとつこうとしたとき、引き留めてくる子犬がいた。
風吹く草原で、犬は乙女に向けて、首を左右に振る。
「クルナ。犬、オ嬢ノ一番ニハ、ナレヌ。犬ニハ、心ニ決メタ、ゴスジンガオル……」
「ソンナ……行カナイデ……」
オ嬢の瞳が潤んだ。
犬はもう一度首を振った。ニヒルに笑って。
「歳モ、離レトル。ココハ安全。幸セハ、コノ山デ、ツカムトイイ」
「アナタト一緒?」
「犬ハ、ゴスジント修羅ノ道ヲ行クト決メトル。ソノ途ニ、雌ハ邪魔。ダカラ、ココデ別レ。──良キ伴侶ヲ見ツケ、達者デ暮ラスノダ」
犬は乙女に背中を向け、風吹き荒ぶ草原を歩き出す。
「イヤ……待ッテ……」
「フ、サラダバー」
そう言って去る吾輩の後を、その子犬乙女はいつまでもついてきた。いつかはあきらめるだろうと思っていたけれど、どこまでもついてきた。
後のイヌヨメである。
ダンディズム!
楽しんでいただけましたなら、ブクマや評価、ご意見、ご感想などをいただけると幸いです。
今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。
※8/5追記
こんなのも書いております。
『遊び人、魔王さんをモテあそぶ』
https://ncode.syosetu.com/n1111hd/
3話限りですでに完結済みですので、お時間ある方は是非覗いてやっていただけると幸いです。
※9/4追記
現在、更新する時間的余裕が取れない状況になってしまいました。
もう少しだけ番外編を投げていく予定ではありますが、しばらくお待ちいただけると幸いです。