第101話 旅路の果てに(最終話)
前回までのあらすじ!
おっさんに人の心はないの?
ザルトラム軍がリベルタリアに与したことは、わずか数日で人類領域に大きな波紋を呼んだ。
様子見のため、各国よりリベルタリア近郊まで送り込まれてきていた斥候どもは、慌てて自国に引き返し、次の策を練る。
おかげでしばらくの猶予ができた。
願わくば、このまま睨み合いで終わって欲しいところだ。
だが、魔力嵐消失の原因を探るため、ルーグリオン地方、魔都ルインの様子を見に行かせた使者であるイフリータは、未だ戻っていない。
やはり何かがおかしい。
焦れたラギが、キッズ自警団を率いてルーグリオン地方を偵察に行くと言い出したが、俺はにべもなく却下した。イフリータが戻れねえ状況だとするなら、いくら獣人族のラギでも危険過ぎる。率いる自警団も種族はバラバラで、戦力はピンキリだ。
ガイザスあたりには甘いと言われるだろうが、犠牲はひとりたりとも出したくない。
やはり戦力的には俺とルランゼで向かうべきだろうが、この状況で国を離れる王に価値などないと、ガイザスの野郎なんぞに一喝されちまった。
あのクソジジイの言うことだが、こればっかりは、もっともな話だ。
他に頼れるやつといえば炎竜とレンだが、あいつらは本当の意味でのリベルタリア防衛の切り札だ。俺以上にオアシスからは離れさせるわけにはいかないんだ。
こんなときにシュトゥンがいてくれりゃあなあと思っちまうね。ウォルウォはもう、犬と同様に老人の域にいるからな。ま、わずか十年後は俺もそっち側だな。
ちなみに、俺にはフェンリルに命令する権限はない。そう頼んだからだ。俺が。
つまりフェンリルはここでも、王族に意見のできる評議会ってわけだ。俺や、次世代を担うサイラスが間違った決断をした場合には、あいつが民のために正してくれるように。
それに、フェンリルはオアシス最高戦力の一角でもある。ウォルウォがそこから外れたいま、俺とルランゼだけじゃあ手が足りねえんだ。本来の防衛戦では、ウォルウォを含めて東西南北にひとりずつ配置し、四方で戦術指揮を執る手はずだったんだが、やつが抜けて三方になっちまった。
ちなみにイフリータは遊撃だ。その方が性に合ってるし、本人も指揮などできないと言っていた。
そんなわけで現状はもう、ガイザスたちの築いた肉壁に頼る他ねえのさ。
「おとーちゃん」
「んー?」
ソレイユが俺を見上げている。
産まれた頃から伸ばし続けている髪は、ルランゼと同じ長さになるまで切らないそうだ。おかげでもう腰のあたりまである。
「しばらく、にいちゃんと遊んできていい?」
「なんだ、またオアシスでキャンプか?」
真っ白な歯を剥いて、ソレイユがニシシと笑った。
「まーそんなとこ?」
「寺子屋は?」
「あしたとあしたのあしたはおやすみ」
ああ。週末だったか。
忙しすぎて忘れていた。
「テント、かりてい?」
「ああ。気をつけろよ。あと、サイラスをエサにして釣りは禁止だからな」
「……」
だから返事しろや!
サイラスとソレイユは俺やルランゼのキャンプ道具を使って、よく湖畔でテントを建てている。そこで数日遊んで暮らすのがトレンドらしい。
まあ、うちから湖畔は見える位置だし、修行の一環としては悪くねえ。
魚釣って、自生する野菜や山菜なんかを摘んで、火熾してな。
俺とルランゼは、このふたりに生きる術を、遊びながら教えてきた。
食える野草や木の実、魔物を教えた。安全な野宿の仕方や、泳ぎ方を教えた。時には魔力嵐の外に連れ出して魔物を狩り、その肉の解体の仕方まで教えた。
もちろん、剣術や魔術もだ。
ふたりとも、純粋な人間じゃあないからな。肉体的な方面では、なかなかに吸収が早い。もうそこらの兵士じゃ歯が立たねえだろう。
「いってくるねー!」
「はいよ」
手をひらひら振ってやると、ソレイユは笑いながらひらひら振り返してくれた。
かわいい。
せめてあいつらが成人するまでは生きていたいもんだ。各国に睨まれてるこのご時世じゃあ、それもどうなることやら。
ま、他国の出方なんざ考えたって仕方ねえや。
どうせこっちからはぶん殴れねえんだ。あっちが手を出してきたら対処する。こっちが死んじまいそうなときには、覚悟を決めて炎竜を使う。それだけだ。
ただしその場合には、世界中から敵視されるようになるだろうけどな。大量虐殺犯として。
めんどくせ~……。
やっぱ政治にかかわるとろくなことがねえ……。
まーでも誰かがやらねえとなぁ~……。
はぁ~……。
※
「ライリー、ライリー。起きて」
んぁ!? ふぁ~……。
俺は背もたれから身を起こす。
「寝てた?」
「うん。わりとぐっすり」
ルランゼの顔が近くにある。
何やら困り顔だ。
「どうした?」
「包丁がないんだけど、知らない?」
「聖剣?」
「うん。晩ご飯作れないんだけど。ちょっとサクヤの剣借りていい?」
いや、だめに決まってんだろ……。せめて普通のナイフ使えよ……。
曾祖母に呪われたらどうする。
「サイラスとソレイユが持ってったんじゃね? ちょっと聞いてくるわ」
「犬くんの家まで?」
「犬ん家?」
俺は窓から湖畔を眺める。
もう夕暮れ時だ。結構長い時間、眠っていたらしい。夕焼けがオアシスの湖面に反射して、赤く輝いている。
「あいつら、犬ん家に行くっつってた?」
「サイラスからそう聞いたけど。一旦、犬くんのところに行くって」
んん~?
「一旦……」
「そう言ってたよ」
俺はソレイユから湖畔にキャンプをしに行くと聞いたが……いや、聞いてねえな。
あいつはたしか、「まーそんなとこ」って言ってたか。
窓の外。湖畔にテントはない。いつもなら家のすぐ近くでテントを張っているのだが、今日は向こう岸あたりまで遠出でもしたのだろうか。
「犬ん家行ってみるか」
「じゃあついでだし、差し入れにハム持っていこうかな」
「喜びそうだ」
ルランゼがハムの塊を取ってくるのを待って、一緒に家を出る。結局、この家は増築こそしたものの、立て替えはしなかった。
ガイザスからは鼻で笑われたよ。これがリベルタリアの王城かと。
でも、なんだかんだといつも忙しくしてたからな。居心地いいし、これでいい。
夕暮れのオアシスを、ルランゼと並んで歩く。
砂を均して舗装した道は、雑草の草原だった頃より歩きやすい。とりとめのない会話をしながら、犬小屋御殿のドアをノックする。
「犬、いるかー?」
「わぉん?」
イヌヨメがドアを開け、俺を見上げて尻尾を振った。
カワイイ。二足歩行の柴犬が、エプロンを巻いている。どうやら晩ご飯の製造中だったらしい。
「ゴスジンサァ~ン! ラッシャイー!」
「おう、イヌヨメ。土産持ってきたぞー」
「ワッホイ」
ルランゼがハムの塊を渡すと、イヌヨメは前脚で器用に受け取って小躍りした。うまいんだ、このハムは。なにせラズルに仕込まれたルランゼのお手製だからな。
小躍りするイヌヨメの向こう側に、老いた犬の姿がある。
「ン? ゴスジン?」
「おう」
最近じゃ耳も鼻も利かなくなっちまった。
目は健在だが、出迎えがなくなっちまったのは寂しいね。
犬が腰を押さえながら、寝床からムクッと起き上がる。
「ヨッコラセクシー」
「何言ってんだ。風邪はもういいのか?」
「犬、風邪、フルボッコシタッタッタ」
「そうか」
とことこ歩いてくる。二足でな。どうやら四足で歩くより腰に優しいらしい。
だが、見たとこ犬小屋御殿にもサイラスやソレイユの姿はなさそうだ。イヌノコもいねえな。
犬は俺に近づくと、頭をグイと足に押しつけてきた。
俺は掌を乗せて、ワシャワシャする。
「ムホ、ムホッホッホ、コレコレ」
爺のくせにカワイイなあ。
放っとくとルランゼの尻に頭をこすりつけるのは、どうやら俺の手の感触を求めているからだったようだと、最近になって知った。
しかし、考えてみりゃあよ。犬ン中じゃ俺の手は常にルランゼの尻を撫で回してることになってんのかぁと感慨深く思ったもんよ。
アホッか! 一日二十四回くらいしか触ってねえわ!
「なあ犬、うちのガキども知らねえか?」
「サイヤン、ソレヤン? 知ットルガ?」
「どこにいんの?」
「ルウグリオオン」
は? ルーグリオン?
「ちょっと待って! どういうこと?」
ルランゼが犬に尋ねた。
「オバチャンノヨース、見テクル、言ウテタ」
「ああっ!?」
オバチャンはルナのことだ。
あのアホども! まさか帰ってこねえイフリータに代わって、ルナの様子を見るために魔都ルインに向かったってのか!? 遊びの延長戦ってレベルじゃねえぞ!
「おいおい……」
「嘘でしょ……。どうしよう、ライリー!」
ルランゼが顔を青ざめさせている。
リベルタリア近郊はまだ比較的安全だが、ルーグリオン地方に入れば魔物が多く徘徊している。サイラスは十歳で、ソレイユは八歳だ。いくら多少剣術と魔術が使えるからといって、あまりに無謀過ぎる。
俺は犬に詰め寄った。
「おめえ、なんで止めてくれなかったんだっ! おまえだってあの旅がどんだけ過酷だったか、身にしみてわかってたはずだろうが!」
犬がフンスと鼻息を荒げる。
「ボデーガド、イヌノコ、ツケタ」
「はあ──っ!?」
くそ、さすがに話にならんぞ。
そこまで耄碌しちまったか、犬め。
「ルランゼ。うちに剣を取りに戻ったあと、俺はすぐに発つ」
「うん。絶対に連れ戻して。まだ半日も経ってないから、馬ならすぐに追いつけるはず」
踵を返しかけた俺の前に、犬が回り込んで両の前足を広げた。
「ゴスジン」
「あんだよ!」
「犬ハ、イヌノコ、信ジテル。サイヤン、ソレヤン、信ジトル?」
「そういう問題じゃねえんだよ!」
横から抜けようとするが、犬はチョコマカと俺の前に回り込み、通せんぼだ。押し退けていくのは簡単だが、老犬に手を上げるような真似はしたくねえ。
こいつは俺の仲間で、最古の友だ。戦友で、親友だ。
「どけ!」
「ドカン。犬ハ、イヌノコ心配。デモ信ジル。サイヤン、ゴスジン、助ケル言ッタ」
「おまえなっ!」
犬が牙を剥いてうなる。
初めてだ。俺に対して。何やら精神的ダメージがすごい。
「ソレヤン、チャント帰テクル。言ッタ」
「……」
「犬モ、ゴスジンモ、レンモ、昔ハ未熟ダッタ。同ジ」
俺は犬の真っ黒な瞳を睨む。
犬は一歩も退きそうにない。
「ギャンワイイ子ニハ、千尋ノ谷ニ突キ落トス!」
「あぁ?」
「ンン? 違タ?」
犬がイヌヨメに尋ねる。
「忘レタ」
「異界コトワザ?」
「ソレ。覚?」
「覚」
イヌヨメが犬の耳元でこたえを教えた。
「……獅子ハ、我ガ子ヲ、千尋ノ谷ニ落トス? ト? ……ギャンワイイ子ニハ、旅サセロ?」
「フムフムフムムムム~ン!」
イヌヨメは、できた嫁だなー……。
犬がキリっとした顔で俺を見上げて、自信満々に言った。
「獅子ハ、ギャンワイイ子ニ、旅ヲ落トスゥ! ンン? ワカランァァァァアアギャッフンダァッ!!」
「いや、聞こえてたから……」
頭抱えて上半身を振ってるよ。
腰は大丈夫なの? 腰痛仲間として心配になるぞ?
「落ち着け、犬。俺も知らねえ言葉だったし、おまえが知らなくても仕方ねえって」
ラズルが言うには、曾祖母やシュトゥンのいた世界の格言だとのことだが。
なんでこいつら、そんなもん知ってんだよ。
「ゴスジンデモ!?」
「お、おお……」
「ナラバヤムナシカ。クゥ~!」
わけのわからん犬だが、まあ、言わんとすることはわかった。
サイラスには俺が、剣術と武器への魔力の通し方を教えた。
ソレイユにはルランゼが、魔王一族の光線魔法と結界魔術の基礎を教えた。
社会経済なんかの一般常識やモラルは、オルネの民から寺子屋で教わったはずだ。
キッズ自警団からは、多くの土産話を聞かされた。
ウォルウォとゴブリン族からは、実戦的な稽古も受けていたのも知っている。
犬は大言壮語と虚偽を交えた俺たちの冒険譚を、サイラスに話して聞かせた。
レンは腐った文化的なことを、ソレイユに布教していた。
ガイザスからは王者としての誇りを学んだ。
フェンリルからは民の代弁者としての役割と、その重要性を教えられた。
人間族の子供よりも、おそらくは魔人族の子供よりも、あいつらは多くのことを吸収している。だが、旅はもっと多くのことを学べる絶好の機会だ、そう言いたいようだ。
実際にそうだと思う。
それでも、あのイフリータでさえ行方知れずになっちまうような過酷な旅だ。力不足。時期尚早。それは間違いない。耐えきれなければ、待っているのは死だ。
迷う俺の大腿部に、犬がポンと前足を置く。
「サイヤン、ソレヤン、イヌノコ。ミンナカラ、イッパイモラッタ。オアスッシデ、デキルコト、モーナイ。犬ハ、イヌノコ心配。デモ旅サセルコトニシタッタッタ」
「……」
「ヤリタイ、言ッタカラ。ゴスジンノコト、好キ。助ケタイ、言ッテタ。多ク学ブ。帰ッテクル。犬ナンテ、イヌノコヨリ、子犬ダッタガ?」
「いや、そりゃあ……」
ルランゼが犬に尋ねた。
「サイラスとソレイユが、自分たちから言い出したの?」
「ウムリ」
「そう……なんだ……」
ルランゼが片手で口を覆って考えような素振りを見せる。
俺を助けるためだって? ほんっとに、俺ってやつは! ガキに何を見せてんだ、まったく! 我ながら情けなくて涙出てくるぜ……。
「ねえ、ライリー」
ルランゼが俺の袖を指先でつまむ。
「ちょっと早いけれど、あの子たちの自立のときだったのかな……。ほら、ソレイユは頭の線が数本切れちゃってるから怖いもの知らずだけれど、サイラスの方はちゃんと自分の力量とか考えられる子だから……」
「ンなんッつう言い草だよ!? くっく! ま、その通りだけどな……」
俺は頭をガシガシ掻いて、ため息とともに両肩を落とした。
「そうか。そういう時期か。鳥だって、自分の巣立ちの時期くれえは自分で考えるもんな。にしても、あのアホども。そんなに急いで大人になんぞならなくたっていいのによ」
俺が見せてしまっていた弱さが、あいつらをむりやり大人にさせちまったのかもしれねえ。
嬉しい反面、申し訳なく、そして寂しくも思えるのは、親のエゴだろう。
「ゴスジン……」
「わかったよ。わかった。追わねえ。だが、犬。あいつらがオアシスでもう学ぶことがねえって言ったよな? んなわけあるかよ。俺ぁこの年齢んなっても、まだまだみんなに教えられることばかりなんだぜ?」
犬の頭に手をのせる。
「おまえからもな」
「オッッホ! ホホッホゥ! 犬、モシヤ、王サァ~ンヨリ賢?」
「んだな。知能はさておき、少なくとも、おまえの方が俺より大人だったかもしんねえな」
褒めてやったというのに、犬は悲観的な表情で喚いた。
「ゴスジンヨリ大人!? 犬ジジイカ!? ジジイ扱イ!?」
「そういう意味じゃねえよ……。実際そうだけど」
「ァァァァアアアギャッフンダァァイッ!!」
興奮した犬が、ズドンと背中から倒れる。
ルランゼがクスリと笑った。
「わあ、豪快だね。犬くん」
「アカン……腰イッタ……。……モー動ケン……。……クゥ~ン……」
「大変っ! ライリー、そっち持って! ベッドまで運ぶよ!」
「はっはっは、おめえ、やっぱジジイじゃねえか」
その後、イヌヨメから手製のドッグフードを食べていくかと誘われたが、丁重にお断りをして、俺とルランゼは帰路についた。
だって栄養偏るだろ。あいつらは肉食だから野菜はほとんど必要ねえけど、俺もルランゼも人間と魔人だからな。
それに、ルランゼの料理を死ぬまで毎日食べていたいんだ、俺は。
サイラスとソレイユのことは心配ではあったけれど、俺もルランゼもふたりを信じることにした。あいつらは確かにまだガキだが、並の子供じゃねえ。
勇者と魔王の子だ。
多くの民に愛されて、多くのことを学んだガキだ。きっとうまくやるさ。
ルーグリオンを見定めて、ルナの真意や状況を確かめて、そして俺たちのオアシスへと戻ってくる。
大丈夫だ。
夕陽の沈みつつある湖畔を、俺とルランゼは手を繋いで歩く。ルランゼは機嫌良さそうに、魔族の子守歌を歌っている。
サイラスやソレイユが産まれたばかりの頃、よく耳にしていたメロディだ。
こうして並んで歩いていると、まるでふたりきりだった頃のように思える。
どうでもいいことを楽しげに語らって、笑い合って、腕を組んだり、尻を撫でたり、頬を寄せたり、額をこつんとあてて、キスをして。
ルランゼがサンダルを脱いで、水を蹴って歩く。水飛沫が顔にかかって気持ちいい。
遠くで魚が跳ねる音がした。
これが、長い長い旅路の果てに辿り着いた、俺のオアシスだ。
そして、これからはサイラスやソレイユが守っていく、あいつらのオアシスだ。
これにて、ろくでもないおっさん勇者の物語は一旦最終話となります。
最後までのお付き合い、本当にありがとうございました。
次回作を投げられるだけの時間的余裕ができるまでは、完結設定はつけずにおく予定です。
なので、時々覗いていただければ、エピソードが増えているかもしれません。
楽しんでいただけましたなら、ブクマや評価、ご意見、ご感想などをいただけると幸いです。
今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。




