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第100話 ひとりぼっちの勇者さん

前回までのあらすじ!



魔力嵐、消滅。

 その日──。

 リベルタリアは、魔力嵐という、かけがえのない盾を失った。

 それから数ヶ月、世界はあっという間に変異する。


 まず、リベルタリアに送り込まれる暗殺者の数が爆増した。毎晩のようにやつらは現れるため、国内の警備を一任しているウォルウォにも疲労の色が見え始めた。

 生かして戻すのも、このままでは不可能になるだろう。

 適当に通してもいいと言ってはいるが、やつは律儀にも毎晩、手勢を十数名引き連れて夜回りに精を出している。


 だが、このままじゃ心身ともに保たないであろうことは、目に見えていた。それに俺やルランゼは自衛ができるが、サイラスとソレイユは暗殺者の手から確実に守らなければならない。

 だから俺はキッズ自警団の国外派遣を取りやめ、オアシスの警備にあてがわざるを得なかった。けれどそのせいで、これまでリベルタリアが力で抑え込んできた各国の紛争地区が、再び荒れ出しやがったんだ。

 自然、各国の王侯貴族のみならず、平民からのリベルタリアへの不満が高まり始めた。彼らに助けられることが当然であると誤解されるくらいには、俺たちは世界のために戦ってきたのに。

 人間の欲には、際限がない。


 厄介なことはそれだけじゃなかった。

 魔力嵐が消滅してすぐ、俺はルーグリオンの魔王であるルナへと使者を送った。

 魔力嵐を消滅させられるのは、俺が知る限り鍵となるルナ以外にはあり得ない。だがルナがリベルタリアに悪意を持つとは到底思えねえ。だからイフリータをルナの下に行かせて、何が起こっているのかを確かめさせようとしたんだ。


 出発は、今日より二月前。

 イフリータは未だ戻っていない。あいつは俺が知る限り、レンを乗せた炎竜を除けばだが、全盛期の俺と同等かそれ以上のチカラを秘めた唯一のバケモンだ。簡単にやられるとは思えねえ。だがなぜか、イフリータは戻ってこなかった。



 ──ルーグリオン地方で、いったい何が起こっているんだ?



 本来なら俺が直接見に行きてえところだが、王が盾を失った国を真っ先に離れるわけにもいかず、俺は神経をすり減らしながら、ただ毎日を過ごすしかなかった。


 ある日、ウォルウォがクク村のゴブリンを呼び寄せ、オルネの民とともに魔力嵐に変わる外壁を建造させ始めた。だが大国でもなんでもないリベルタリアの国力では、せいぜいが背丈ほどの高さの塀を造るので精一杯だ。王都の外壁どころか、都市の防壁ですらない。

 とても大軍を防げるものじゃあなかった。


 大軍。すなわち想定しているのは、人類国家の保有する軍のことだ。

 魔力嵐の消滅は、当然、各国の王も知っている。それでもガイザス含め、やつらがリベルタリアを奪いにこないのは、炎竜がこの国の守護獣として存在しているからだ。十年以上前、空を真っ赤に染めた竜の脅威は、未だやつらの脳裏に脅威として残っている。


 だが、それも世代交代とともにいずれは忘れ去られるだろう。

 その兆候はすでに見られている。暗殺者の増加具合と、レンが各国との貿易時に得た他国の情報から、そう遠くない未来であると、レンも予想を立てていた。



 ──いざそうなったとき、俺は人類に向けて炎竜のブレスを撃つことができるだろうか。



 十万か、百万か。

 どれだけの軍勢であろうと、炎竜ならば一瞬で蒸発させることができる。俺はそれをよぉ~く識っている。だが人類は十年そこそこで、もうそれを忘れ始めている。

 考えてみりゃあ、短命種の世代交代ってのは実に厄介だ。


 ならばまた空へ放つか?

 もしそれで進軍が止まらなかったらどうする?


 リベルタリアは小国以下だ。

 俺やルランゼ、ウォルウォ、フェンリルは個の力があるから生き延びられても、オルネの民やゴブリン族は無理だ。キッズ自警団や人狼族でも、おそらく厳しい戦いとなる。

 たった一千しかいないオアシスは、確実に蹂躙されるだろう。

 もちろん、サイラスやソレイユを初めとした、オアシスで生を受けた子供らも、ゼラ爺やカカ婆のように歳を取っちまったやつらも、総力戦になればまず助からねえ。


 だめだ、空には放てねえ……!


 炎竜の全力ブレスは数日に一発のみの切り札だ。仮に威力を減らして何度かに分けて放ったとしても、オアシスへと侵入された時点で使えなくなる。



「どうしろってんだ……」



 俺は両手で頭を抱え、テーブルに肘をついた。

 だがその直後にはもう。



「ライリーッ!! きおったぞ! 人間どもの侵攻だ!」

「くそ……ッ、考える暇くらいくれってんだ……ッ」



 けたたましい足音を立てながら駆け込んできたウォルウォの野太い声で、俺は椅子を蹴って立ち上がっていた。



「ウォルウォ、レンに通達だ! 炎竜の手綱を任せた! 俺が合図をしたら──」



 撃て。そう言いかけて口を閉ざす。

 空へか、それとも、軍へか。決められねえ。

 俺は口ごもりながら告げた。



「いや、炎竜なら姿を見せるだけでも、ある程度の効果は見込めるはずだ」

「うむ……。すまんな、ライリー。娘に気を遣わせる。儂が竜に乗れておれば、何万だろうが奪った命を背負い、煉獄へと旅立てるのだが」



 未だ炎竜に正確な言葉を伝えられるのは、あらゆる生物と心を通じ合わせる異能を持ったレンだけだ。あのアンポンタンの炎竜は、俺の言葉でさえニュアンスでしか理解しちゃいねえ。

 犬ならば、おそらく伝えることができる。

 けれど、俺よりも遙かに短命な犬はもう、戦える肉体じゃあない。この数日は体調を大きく崩し、ルランゼが尽きっきりで看病している。とてもじゃねえが、前線にゃ立てねえ。

 あいつには、イヌヨメやイヌノコだっているしな。


 俺はため息をついた。

 ……悪いなぁ、ルランゼ。おまえがいま、ここにいなくてよかった。



「バカ言え。おめえらホブゴブの親子にゃ散々助けられてきたんだ。レンにそんなもん背負わせるくれえなら、俺の首一つで手打ちにでもさせるさ」



 領地なんざくれてやりゃあいい。みんなが生きてりゃ、それでいい。

 サイラスやソレイユのため、俺は石にかじりついてでも生きると決めた。だが、そのふたりを守れないのであれば、てめえの命だけ守る意味なんざねえからな。

 要は、命の使いどころだ。


 ウォルウォが皺を深く刻んだ顔をしかめた。

 こいつも老いた。戦斧はまだ振れるのだろうか。いつの間にかウォルウォの肩幅は、背負った巨大な戦斧よりも狭くなっちまっていた。

 だが、その不敵な笑みだけは、昔と変わらずで。



「抜かせよ、ライリー。それこそ戯れ言だと知れ。そうなった暁には、オアシスは最後の一兵の命が尽きるまで戦うことになる。レンとて例外ではないぞ。ならば殲滅を命じた方が遙かに良いというものだ」

「……」

「ライリー。おまえはオアシスの王だ。王である以上に、中心だ。忘れるな。この国に棲まうものどもは、みんなおまえを愛している」



 ああ、不覚だ。

 不覚にも、不意打ちの言葉に目の奥が熱くなった。

 年喰っちまったなぁ、俺も。



「……ああ。悪い。栓のねえことを言っちまったなぁ」

「まったくだ。らしくないぞ。おまえはいつまでも軽薄にヘラヘラしている方がいい」

「いや、なぁ~んか引っかかる言い方するね!?」

「ガハハハ!」



 豪快な笑い声が我が家に響いた。

 ルランゼは犬小屋御殿に、サイラスとソレイユは、オルネの民が開校した寺子屋で、剣や魔法や座学を学んでいる時間だ。

 俺とウォルウォは並んで家を出た。



「数は?」

「炎竜とレンを空に飛ばさねば正確には推し量れんが、人狼族の鼻と耳では、およそ二、三万といったところらしい」

「はん? そりゃまた中途半端だな。舐められたもんだ」



 とはいえ、正面からぶつかって勝てる数でもない。だが、いくら世代交代による記憶の洗浄がなされたとはいえ、炎竜のブレスを見せつけたにしては数が少なすぎる。



「国は?」

「人狼族は鼻と耳は利くが、目はさほどではない」

「わからんってことか。まあいいや。レンへの伝達は頼んだぜ、ウォルウォの旦那」

「ああ。今日は疲れそうだ。今晩は飲むぞ、ライリー。フェンリルを誘っておけ」

「おお、いいねえ!」



 ウォルウォがレンの下へと走り出す。その後ろ姿を見るのは、これが最後にならないことを祈るばかりだ。今回ばかりはな。

 俺は歩きながら、サクヤの剣を腰に佩いた。


 歩く。早足で。

 オアシスの景色も、ずいぶんと変わった。

 自然は可能な限り残したまま、砂地を舗装した。区画整理をし、多くの家屋が建った。店が多くでき始めた。寺子屋や、畑、上下水の設備も造った。

 日に日に笑顔が増えてった。嬉しかった。楽しかった。

 ルランゼとふたりきりのオアシスは最高だったが、いまの暮らしも同じくらい好きになった。

 手を振ってくる女の子に、俺はヘラヘラしながら手を振り返し、歩き続ける。


 ゴブリン族が築いた防壁──のような塀には、すでにキッズ自警団やオルネの有志、そして様々な種族が詰め寄せていた。

 数は──いいとこ三百だな。これがオアシスの全兵力だ。しょっぱいねえ。

 みな武装済みだ。だがそれでも、種族特性を加味しても、国同士のケンカに勝ち目はねえ。

 イフリータもいねえしな。



「はいはいはいはい、ちょいと通してもらうぜ~」



 俺はそいつらを掻き分けて進み、ゴブリン族が築いた防壁の上に立った。防壁の上には、すでにフェンリルが立っている。風で長い白髪と独特の衣装をなびかせ、凜とした瞳で、両腕を巨大な胸で組んで。

 まるで獣だね。ああ、獣か。



「きたか。ライリー」

「首尾は?」

「動かん。咆哮でも放つか?」



 おっかねえ女だ。

 フェンリルの咆哮の威力や厄介さは、魔術の中でも群を抜いている。なにせ防ぐに防げず、おまけに不可視ときたもんだ。

 属性が音だけに有効範囲はさほどでもないが、それでも一撃で数十名は屠れるだろう。



「んや、まだいいや」

「意外に落ち着いておるな」

「ウォルウォのおかげでな。ああ、そうだ。今晩飲むそうだ。誘っとけとさ」

「ほう。相伴に預かろう。約定じゃ、死ぬでないぞ」

「ああ」



 俺は太陽に手をかざして目を細め、二万だか三万だかの軍勢を見る。

 微妙な距離だ。装備がよく見えねえ。

 歩兵がほとんどで、騎馬は数十といったところだ。弓兵が多いが、未だつがえる様子はない。それに、目立つのは。



「ん~? 馬車がやたらと多いね。長期戦でもするつもりかね」

「さてな。献上物ならばありがたく頂戴するのみ」



 それ野盗の発想ぉ~。



「っと……」

「む」



 旗が揚がった。

 ありゃあ。おいおい。まじかよ。

 ソードクラウンの紋章。剣と王冠。すなわち、ザルトラムの王国騎士団だ。



「ガイザス……」

「あの御仁か。どうやら懐柔は失敗のようだの」



 ……目眩がしたね。

 リベルタリアが弱体化した瞬間、真っ先に軍を向けたのが、よりにもよって、あのガイザスだったのだから。サイラスとソレイユも、ガイザスには懐いてたんだけどな。



「つくづく嫌んなるね……」

「フン。ヒトの考えなど、狼である妾には端から解せぬもの。どうでもよいわ」



 ため息をついた俺の視界に、王国騎士団からひとりの騎馬が抜け出してきた。背中には突撃槍を背負っている。



「宣戦布告の使者かね」

「さてな。まずはあの者に蛮勇を思い知らせてやろうぞ」



 フェンリルの姿が巨大な神狼へと変化する。

 その口蓋がガパリと開けられた瞬間、俺は彼女の口内に手を入れて咆哮を阻止した。



「待て、フェンリル」

 ──……。



 騎馬に乗った大きな騎士が、ヘルムを取った。

 俺は驚愕に目を見開いた。ガイザスだ。

 やつはヘルムを背後の騎士に投げて渡すと、馬を走らせ、たった一騎で俺の前までやってきた。

 馬がフェンリルに怯えて逃げようとするも、馬上のガイザスは豪腕でそれを制して抑え込む。



「遅いぞ、ライリー」

「……」

「おい」

「あ、ああ。あ? え?」



 ガイザスが俺を見て、あからさまに舌打ちをした。



「なにを呆けている。愚か者が。余自らがきてやったのだ。さっさと野営地の設営に手を貸すがよいわ」



 野営地? うちと戦争するための? うん?



「…………何しにきたの?」

「何を、だと? 呆れるぞ、まったく貴様は」



 ガイザスが朗々と告げる。



「魔力嵐を失い、貴国リベルタリアは盾をなくした。各国はこの契機にオアシスを奪うべく、すでに水面下で動き出しておる。ゆえに余は、流浪の民も同然となった哀れで惨めな貴様らの友軍として、防衛網を敷きにきてやったのだ。魔力嵐の代わりとは言えんが、他国への牽制程度にはなるであろうよ」



 フェンリルが神秘的な神狼から、妖艶な女の姿へと戻った。

 戦闘態勢を解いちまいやがった。まあ、俺も毒気をすっかり抜かれちまったが。

 俺はガイザスに尋ねる。



「なんで?」

「貴様らは余の友だ。友を救うに、理由が必要か?」



 か、か、か、かっこええ~……。ガイザスの分際で……。

 胸キュンだわ。んでもさぁ。



「悪ィ、それって、いつからだっけ……? や、だって俺、別におまえと友達んなった覚えねーんだけど……」

「!?」



 ガイザスが凍り付く。

 あんぐりと口を開けてだ。



「……」

「いや、なに? なんなの? おまえ怖っ!」



 ふと隣を見ると、フェンリルまで凍り付いたような目で俺を見ていた。



「解せぬ……解せなすぎる……」

「な、なんだよ? 大丈夫? 変な言葉遣いになってるぞ?」



 フェンリルだけじゃねえ。詰め寄せているリベルタリアの戦士たちもだ。みぃ~んな俺のことを、じっとりとした目で見ていた。


 え? なに? いまの俺が悪いの? ねえ! ガイザスとはず~っと昔からいがみ合ってきたし! 全然友達とかじゃねえだろ!?


 俺が失言に悔い始める頃、幼い声がふたつ、聞こえてきた。



「あ、ガイザスだ!」

「えっ、ほんとだ、王者のおじちゃ~ん!」



 サイラスとソレイユが人混みから飛び出してきて、俺が制止する間もなく塀を乗り越え、ガイザスに飛びかかる。



「お、サイラス、ソレイユ! おい、待てって!」



 ふたりを馬上で器用に受け止めたガイザスが、正気に戻ったように頭を振った。



「む! お、おお。サイラスにソレイユ。久しぶりであるな。土産もあるぞ」

「やったね! 王者のおじちゃん、今度はいつまでいるのー!?」

「ガイザス、一緒に釣りしよー!」



 ガイザスの頬が緩む。

 一瞬緩んで、だが次の瞬間にはもう俺を睨みつけていた。



「先の言葉を勘違いするなよ、ライリー。貴様など余の友ではない。余の友とは、サイラス王子とソレイユ王女のことだ」

「……あ、そう……」



 ルランゼが人混みを割って現れる。



「もー! サイラス、ソレイユ、どこ行ったの!」

「ルランゼ」

「あ、ライリー。あれ、王者さん。遊びにきたの?」

「む、おお。ジルイールか。そう言えば、貴様もまた余の友であったな」



 ルランゼが可愛らしく小首を傾げた。

 俺の妻カワエエ~……。今晩抱こう。三回くらい。

 あ、だめだ。飲みの約束があったわ、くそ。



「うん? ん~、うん! そうだね。魔王やってた頃は、王者さんとはケンカ友達だったけど、いまは普通の友達だもんねっ」

「うむ! そうであるよな~っ!?」



 ガイザスまで言葉遣いが変になってやがら。

 ガイザスが優越感に満ちた瞳で、唖然としたままの俺を見下ろした。


 んなにこれぇ~~~~っ!?


楽しんでいただけましたなら、ブクマや評価、ご意見、ご感想などをいただけると幸いです。

今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 100話おめでとうございます! カイザスおじちゃん、、、 [一言] ライリー、わかるけども、、、良いじゃん友達で、、 小さいこと言ってるとルランゼと、子供に冷たくされちゃいますよ! ま…
[良い点] 更新お疲れ様です(^_^ゞ シリアスさんが絶縁状を叩き付けて逃げて行った……(汗) 総力戦も辞さない覚悟を決めた筈のシリアスな雰囲気が……。 友を想い援軍を率いて来たガイザス王が……。 総…
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