第10話 バカンスの終わり(第一章 完)
前回までのあらすじ
ただ想い出がほしかった。
翌朝遅く、ルランゼ・ジルイールは荷物を持って、オアシスを去っていった。
別れ際、彼女は決意に満ちた瞳で俺にこう言った。
――もしライリーがここを拠点とするなら、わたしは魔族の総意を和平にまとめて、一年以内に必ず戻ってくる。
他にあてもねえ身だ。だから待つことにした。
いや、違うな。どうやら俺は年甲斐もなく、あの魔王に惹かれていたらしい。
もちろん待つといっても、ずっとここにいるわけじゃない。どこかの街や村が魔物被害に遭っていたり竜が出現したりしたら、救援や救助に向かった。そこで報奨金や謝礼をもらい、食い物を買って、またオアシスに戻る。
巨大な魔力嵐で閉ざされた、このオアシスに。
ちなみに竜の子はオアシスに置いていっている。こんなもん連れ歩いてたら大騒ぎになっちまう。幸い自力で魔力嵐を突破するだけの力はまだ戻っていないらしく、いつもオアシスを出る際には恨みがましい目つきで俺を見送ってくれる。
何もない日は魚を釣った。あの日見た主よりも遙かに大きなやつが潜んでいたと気づいた。最近じゃ日々そいつとの戦いだ。
日干しレンガの家を建設してみた。家具はまだだが部屋は三つある。俺の寝室と、ルランゼの寝室と、二人で過ごすための生活部屋だ。
しばらくすると、少し大きくなった竜の子が、小さな獲物であれば狩ってきてくれるようになった。オアシス内を自由自在に飛び回って遊んでいる。名前はまだない。
畑を作り、種を蒔いた。雨が降らないからオアシスの水を引いた。収穫はまだ遠いが、あいつが戻って来る頃には多少の実りがあるだろう。
やがて半年が経過し、そして約束の一年が経過した。
……ルランゼは戻らなかった。
そんな折、魔物被害から救出に向かった街の瓦版で、俺は知ることになる。
“勇者ミリアス死亡。魔王ジルイールの命により、魔王軍が人類領域に大侵攻を開始。元勇者ライリーの帰還に待望の声多数。”
俺は手に馴染み始めた鍬を、再び剣に持ち替えた。
迷いはしたが、すっかり馴染んじまった竜の子を連れてオアシスをあとにした。今度の旅は長くなる。こいつが野生に戻り、ヒトを襲い始めたら目も当てられねえ。
旅立った理由は、もちろん勇者として人類に手を貸すため――ではない。そんな戦い方はもうご免だ。俺は俺の赴くままにだけ、剣を振るう。そうすると決めたから。
だから向かう先は王都ザルトラムではない。魔族領域ルーグリオン地方だ。
「手間の掛かるやつだ」
たった一日だけの関係だったが、不思議と不安はなかった。
あの魔王のことだ。裏切ったわけではないだろう。きっと何かがあったに違いない。そしてルランゼは俺を待っている。そう確信を持てるからだ。
魔力嵐に閉ざされたオアシスを振り返った。
魔力嵐は一層激しく轟々と吹き荒れていやがる。
俺の帰路を閉ざすように。
嗅ぎ慣れた焼けた砂の臭いが、今日はやけに鼻についた。
俺を追い出すように。
竜の子が雄々しく空で鳴いた。
俺を急かすように。
太陽と、砂と、水と、嵐の故郷。
オアシスに背を向ける。
「さて、いくかね」
――バカンスは終わりだ。
ライリーとルランゼ、二人のバカンスはこれにて終了です。
この先は埒外の冒険譚。
ふざけたバカンスに最後までのお付き合い、本当にありがとうございました。
楽しんでいただけましたなら、ブクマや評価、ご意見、ご感想などをいただけると幸いです。
今後、新たな作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。
※10/05追記
続編を執筆中です。
現在の状況は活動報告にてお報せしております。
https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/417132/blogkey/2661814/