第1話 これ幸いとばかりに
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※3~4日で完結する予定です。
玉座の前で片膝をつき、頭を垂れていた俺は、信じられない思いで視線を跳ね上げた。
「いま、何と仰いましたか。王よ」
「面倒だ、余に何度も同じことを言わせるな。ライリー・キリサメ。貴様から勇者位を正式に剥奪すると、そう申したのだ」
厳王ガイザス。その渾名に違わぬ威厳。
王にして屈強なる戦士。膨れ上がった筋肉は装衣の上からでも見て取れる。鋭き眼光は真実を穿ち、ひとたび口を開けば否を是とすることも容易である。
好戦的なガイザスは即位から一代にして次々と他国を蹂躙し、その統治下に治め、いまや人類国家のおよそ半数をも掌握しようとしている。否、それは人類のみに限らずだ。
「……何ゆえでありましょうか」
玉座の王が片手で合図を送ると、側で控えていたカザーノフ大司教が俺の前へと歩み出てきた。
「ライリー、汝に問う。勇者とはなんぞや」
「国家や民を危機より救う存在であると認識しておりますが……」
謁見の間に列席していた高位貴族の歴々や、将軍らが一斉に鼻で笑った。ガイザスに至っては、もはや俺に視線を向けようともしない。
カザーノフが呆れたようにわざとらしくため息をつき、片膝を折ったままの俺を見下した。
「そうではない。人類の仇敵である魔族を、引いてはやつらの王である魔王ジルイールを討つために選ばれし者こそが、勇者という偉大なる称号・爵位を手にするのだ」
「ならばこの世界に、未だ勇者はおりますまい。先代魔王ジルイールを葬った私の曾祖母を除けばですが」
「先々の話をしておるのだ。ライリー、勇者サクヤ・キリサメの血を引くおまえが、剣術においては並々ならぬ腕を持っていたからこそ、ガイザス王に見出していただけたのだ」
「自負しております」
カザーノフが顔をしかめる。
「ところがおまえは、魔王ジルイールを討つ意志どころか、一向に魔族を相手にしようとはしなかった。それはなぜだ?」
またその話か。
俺は王に一礼して膝を立てた。視線の高さが合った途端に、カザーノフが怖じたように一歩後退する。
「お言葉ですが、大司教。もはや魔族は人類にとって脅威であるようには到底思えません。先代魔王ならばいざ知らず、当代の魔王ジルイールは一度も人類領域を侵してはおりませぬゆえ、捨て置く限りにおいて危険はないでしょう」
藪をつついて蛇を出す。曾祖母の故郷の言葉だ。
要するに、余計な真似をして敵や危険を増やすな、という教訓らしい。
「だ、だが現に、人魔の国境線では兵に死者も出ているのだぞ!」
「それは人類が魔族領域を侵したからでは? 互いが分を弁える限り、小競り合いさえ起こらない。そのようなものを相手にしているくらいであれば、いま現在も、魔物の危機にさらされている村や集落に戦力を送るべきでしょう」
カザーノフの頬がぴくりと痙攣した。
「それは勇者が担うべき任ではない! 王国騎士団なり、我ら教会の聖堂騎士団が動けばよい話だ!」
「動く? 派兵手続きが議会で認可されるまでに何日かかるんです? あるいはすぐに動けたとして、数百数千の兵が目的地に辿り着くまでにどれだけの時間を要することか。それでは到底間に合わない」
「教会は確実に敵を殲滅している!」
「守るべき対象がいなくなったあとにですか? 民が減れば国力そのものが下がる」
俺は後退したカザーノフを追い詰めるように、一歩前に出た。
「う……」
「無駄にでけえ図体してるから遅えんだ、あんたたちは。いつだって手遅れだ」
睨みつけ、そうつぶやいた瞬間、カザーノフが厭らしい笑みを浮かべる。
「あんたたち? 言いおったな。我が聖堂騎士団のことはいい。だが、王国騎士団は我らがガイザス王の兵! 侮辱は決して許されんぞ!」
「……」
俺が再び口を開きかけた瞬間、低く重い声が謁見の間に響いた。
厳王ガイザスだ。
「もうよい。貴様には失望した。カザーノフの言う通り、勇者の任はあくまでも対魔族。魔物退治など雑兵どもにやらせておけばよかったのだ。貴様がいまここで何を抜かそうとも、余に貢献してはいなかった」
「……!」
「ライリー、貴様に爵位を与え、余は二十年待った。だが貴様はろくに魔族どもの首一つ持って帰ってはこなかった。もうよい。興味が失せた。せいぜい市井でその剣術を腐らせておくがいい。話は以上だ」
ガイザス王が玉座から立ち上がり、側女を伴って謁見の間から退室する。続いて、残された将軍や大臣職を担う貴族らもだ。
謁見の間に残ったのは、俺とカザーノフのみ。
俺はため息をついて、カザーノフに尋ねた。
「まだ何か?」
「なぁに、ただの伝達に過ぎぬ。ただし、王からのな」
「そらまたご苦労なこった。大司教ともあろう御方が伝令係とは、まるで小間使いだ」
カザーノフが頬をまた引き攣らせる。しかし怒りはすぐに嘲笑へと変化した。
「あいかわらず口数の多いことだな」
「性分でしてね」
「貴様が勇者位として与えられていた特権は今日をもってすべて没収される。勇者という称号・爵位は無論のこと、国家間の通行手形、専任移動業者との契約、それと、貴様には過ぎた館と使用人たちもだ。明日からは宿無しだ。今晩中にせいぜい持ち出せるだけ持ち出しておくことだな」
高笑いをしながらカザーノフが去っていく。だが、扉の前で一度立ち止まって。
「ああ、それとだ。ライリー、貴様の後任にはすでに若き才能が王によって見出された。誇らしくも我が聖堂騎士団からだ。天才剣士ミリアス。貴様のような無明の輩でも名くらいは聞いたことがあろう」
「ないなあ」
俺が耳をかっぽじりながらこたえてやると、不思議な間ができた。
カザーノフの表情の変化がおもしろい。
「………………間違っても勇者位に復帰できるなどと思わんことだ! 貴様に帰る場所はもうないのだからな!」
ご丁寧にまた高笑いをやり直しながら、今度こそ大司教殿は去っていった。
誰もいなくなった謁見の間で、俺は大きな深呼吸をする。動悸が激しい。わけもわからず汗が滴る。
「帰るかぁ~。て俺、家なくなったんだったわ。ハッハ。ウケる」
正面扉を出ると、王城の使用人たちが俺の視線から逃れるように背中を向ける。これまですれ違うたびに挨拶をくれていた騎士らも、無言で目を伏せて通り過ぎた。どうやら俺の勇者位解任は、すでに城内では噂になっていたらしい。
歩き慣れた赤絨毯の廊下を進み、正門から出る。
門の衛士だけが軽い会釈をくれた。
「よおっ、元気でな」
「あなたも、ライリー殿。……ここだけの話、みな本当はわかっています。あなたは勇者と呼ばれるに相応しい存在でしたよ。多くの人があなたに救われた」
「いいんだ、別に」
そう。いいんだ。これで。これがいいんだ。
堀の上にかかった跳ね橋を渡り、振り返る。
陽光を背負って建つ王城は、魔物退治のために各国を走り回ってきた俺ですら、他に見たことがないほどに美しい。
だがもう、ここへ来ることはないだろう。
………………。
…………。
……。
そろそろいいか? もう城のやつらには聞こえないか? 大丈夫だな?
俺は胸いっぱいに空気を吸い込み、両腕を限界まで空に突き上げて、華やかな王都の街中でこれ以上ないほどの大声を上げた。
「いよっっっっっっしゃあああああああああああああああああぁぁぁっ!! キタキタキタキタキタァ! 苦節二十年! や~~~~~~~っと辞めれたぞぉぉぉぉっ!!」
街を行く人々がギョっとした目で俺を見たけれど、構わずに俺は二十年近く心の内に秘めていたことを叫び続けてやった。
「あっはははは! 自由だ自由だ自由ぅぅ! 俺は自由だああああああ!! あっははははははは、明日から何すっかっ!? くっそ、楽しみだなァオイっ!!」
食べ歩き、飲み歩きだってやりたい放題だ!
これまでは国選勇者として大貴族どもに「みっともない行為をするな」と止められていたからな!
好きなときに好きなところへ旅行できる!
これまでは大陸中の領主や村長たちから魔物退治の依頼や、竜被害の救助なんかで年がら年中走り回っていたからな!
一日中寝て過ごすことも、一日中釣り糸を垂らすことも、何だったら酒場の女を口説きまくることだって自由だ! 婚期は逃したけどな!
空はどこまでも青く、白い雲が浮かんでいる。
心なしか吸い込む雑踏の空気すら、柑橘の皮を割ったときのような爽やかさだ。手足を縛っていた鎖を二十年ぶりに外せた気分だ。自然と頬が緩んでしまう。
俺は最高潮のテンションのまま、たまたま馬車を引いて通っていた馬の首に腕を回し、その耳に語りかける。
「勇者? 英雄? 全部まとめて糞食らえだっ! そもそも誰がそんなもんになりてえっつったよ!? ガイザスの野郎、勝手に徴用しやがって! ――そう思うだろ、馬ぁ!? あいつ、王様だからって身勝手過ぎるよな!?」
――ヒヒィィィ!? ヒィィィン!?
暴れそうになる馬車馬を、御者が慌ててなだめる。
だが俺のテンションは止まらない。今度は道行く子供の脇を抱え上げて、上空で振り回す。
「はぁ~、これでようやく好きなときに剣を振るえる! 攻めてもこない魔族を殺せーなんつう命令に悩まされずに済むってもんだ! だいたい、俺の剣術はそんなことのために磨いてきたもんじゃねえんだっつーの! そうだろ、ボウズ!?」
「へぁ!? マ、ママ、助けてママァ!」
めっちゃ泣いた。その泣き顔、引くわ。
そりゃ四十路も間近なおっさんがいきなり抱え上げたりしたら怖ぇか。
「ハッハ、ママン!? おいおい、ボウズも男なら強くなれ! 誰の命令も聞かずに自由に生きられるくれえ強くなれ! くだらねえ命令なんぞに従うな!」
投げ捨てる。もちろんちゃんと足で着地できるようにだ。なぜなら、王城側から顔見知りの衛士が走ってきたからだ。
「いっけね。テンション上げて大騒ぎしすぎた」
お上から睨まれる立場でとっ捕まったら、また面倒だ。
俺はその場からトンズラした。
けれど自由を得た俺は、笑みを押さえることができない。意味もなく跳躍して、両足の裏をパンと空中で合わせる。
「ハッハー!」
よ~し! とりあえず、明日からバカンスだ!
俺はこの失われた二十年の青春を取り戻すんだ!
勇者(笑)
二話目は20~21時の間、三話目は23~24時の間に投稿する予定です。