04話 実戦
祠の裏にあった“時空の歪み〟に吸い込まれ、俺と風音は別世界に飛ばされた。
この異世界で“時空の歪み〟を見つけだし、元いた世界への帰還を考えた俺達は近くにある町に向かい歩き出していてた。ここ、がどんな世界なのか… 少しでも情報は必要だろう。少なくとも、何日か滞在するのであれば食料と眠る場所は確保しないとならない。一抹の不安があるものの、一緒に飛ばされた風音が横にいる事で多少だが安堵していた。
…… …
町に向かう足を、いきなり止めた風音。
どうしたのか? と、表情を覗き込みと普段と変わらぬ涼しげな顔で口を開いた。
「そろそろ出てこい 煩わしい… 」
そう言うと、くるりと来た方向に向き直す。すると、距離をおいた木の影から剣を握った筋肉質の大男が1人、手前の草むらから褐色の肌を露にした中肉中背の女が1人姿を現した。
手前の草むらから現れた女が、小馬鹿にしたような口調で風音に言う。
「なんだい? 結構、感がいいんだねえ お穣ちゃん フフッ 少し驚いたよ あたいらの追跡を見破るなんて優秀だよ マジでええ! 」
ニタニタしながら女が言う。
「なあ… 早いところ殺っちまおうぜ いつもみたいによ ヒィッヒッヒッ」
筋肉質の大男が、可笑しな笑い方をしながら近づいてくる。
そんな、二人のやり取り見ていた風音は大きな溜息を吐く。その様子を見ていた女の表情が一変に変わっていくのわかった。
「おい 餓鬼! ふざけた態度取りやがって あたいらが“剣獣殺〟とわかっての態度なのかい? どうなんだい!! 」
“剣獣殺〟… どうやら二人組みの通り名らしい。女は睨みを効かし、風音を威嚇する。しかし、威嚇されているはずの風音本人は本当面倒臭い、本当勘弁して欲しいと言わんばかりな表情で答える。
「知る訳なかろう 今さっき初めて、この土地にきたばかりじゃ」
すると女は機嫌を直したのか
「ああ! なるほどな うんうん! 道理でおかしいと思ったんだ “剣獣殺〟のあたいらの前で、あんなふざけた態度取るのは でもね… もう遅いんだよ おとなしく金目の物を出しさえすれば、楽に殺してやったんだが… 八つ裂きにしてやるよ!! 」
「ふぅ… まぁよい 託也 お前は下がっておれ わしがやる」
「でも… 風音 戦えるのか? なんだったらデコピンで援護を… 」
デコピンとは俺が持つ能力の1つで、小学校に上がる前に目覚めた力だ。空気圧の塊をデコピンに乗せ瞬時に放つことが出来る。射程は大体、15mが限界だろう。威力は無いが、木の表面を多少は削り取るくらいの事は出来る、肝心のコントロールは能力に目覚めてから今まで、隠れて練習をしていたせいか目標物に100%の確立でぶつける事が出来ていた。
「デコピンで援護か クックク まぁそこで見ておれ これが実戦じゃ! 」
風音は、そう言うと2歩、3歩と相手との間合いを躊躇なく詰めていく。その時、だらりと下げた着物の袖口から依代の小さな白蛇がポトリと落ちたのが判った。白蛇はスルスルと芝生に紛れ女の方に近づいていく。
ズダダダダッ
筋肉質の大男が、無言のまま風音に突進してきた。風音はそれを難なく回避する。身体1つ分横に移動した。その瞬間、大男の身体に隠れていた剣が風音の左腕を切り落とした。
ビシャァァァーーー
切断された腕から夥しい量の血が噴出した。
「ヒィィィィーーー!! ヒッヒッヒィィィ! 」
筋肉質の大男は歓喜の笑い声を高らかにあげる。目は充血し、まるで狂人… 人を傷つける事に躊躇がなく、まるで麻薬か何かで快楽に溺れているかのような高揚感を剥き出しにして、筋肉質の大男は歓喜に震え上がる。そして、尋常ならぬ状況下を目にした俺の心臓は、今にも破裂しそうな動悸と吐き気を伴う眩暈が襲う。
そんな俺とはうらはらに、風音は表情一つ変えず大男を見続ける。すると…
ボコボコボコッ
切断された腕の付け根から、異様な音が鳴り出すと見る見るうちに切断された左腕が高速再生されていく。
その様子を目にした“剣獣殺〟の二人組みは急に押し黙り、信じられないといった顔で硬直し大量の汗が噴出していた。
「お… お前 今何をした… 確かに切り落としたはず… 切ったはず… 切ったはず… 切ったはず… 」
我に返った大男が顔面を引き攣らせながら言い続ける。
「ちぃとばかり お灸を据えねばらんかのう… 」
風音は、そう言うと血痕を右手の指先につけブツブツと小声で何やら唱えながら右足の膝から踝にかけ、スゥーっと自分の血を塗りつけた。続けて露になった、再生した左掌を大男に向けると腕が太く伸び白蛇に変化した。白蛇は大男の喉元に喰らいつき動きを封じ込める。
「はなせぇぇぇぇー! この化け物がぁぁぁ!! 」
大男は恐怖で白目を剥き錯乱状態に…
「ふむ ではそうするか」
白蛇が喰らいついた喉元から口を離すとスルスルスルと風音に引っ張られるように戻ると、ただの左腕に姿を変えた。
大男の目に生気が戻る。しかし、身体を縛られたかのように身動きできない状態であった。再び風音を切り付けようにもピクリとも動かない。
大男の汗が頬伝い、顎から一滴落ちた瞬間だった。風音の凄まじい速さの右蹴りが大男の下半身を捕らえた。
「うぎゃああぁぁぁーーー!! 」
大男の身体全身がガクンと落ちる。それもそのはず、両足の膝から下がスッパリと切断され無くなっていた。血を噴出し転げまわる大男…
風音を見ると、右脚の脛部分が鋭い刃物になっていた。
その光景を目にした女が悲鳴をあげる
「ヒッヒィーー!!」
女は急いで印を結びはじめた。術か? それとも魔法か何かなのか…
「ふむ 術者か… さて 何を出してくれるんじゃろうか」
印の結びが終わったのか突如、女の横にどす黒い四足獣が現れた。鋭い牙を剥き出しライオンのような生物が風音を見て威嚇する。その大きさは通常のライオンの倍近くあった。
「ふむ… 契約者であったか で、そのネコでどうする気じゃ? 面倒臭いのう… んーー 喰らってしまえ! 」
風音が言うと、芝生に潜んでいた依代の白蛇が巨大化し地面ごと召喚された四足獣を丸呑みにした。ほんの、一瞬の出来事であった。
「くっ… くそっ! くそっーー! 」
焦る女は、その場から僅かに離脱し再び印を結びはじめる。
「もうよいわ つまらん」
風音の腕が再び白蛇に変化し女の腕を食いちぎった。
「ぎゃああああーーー! 」
「その腕では印も結べまい 」
女は脂汗をダラダラ垂らしながら、地面に片膝をつき千切られた腕を押さえる。恐怖で顔を上げる事さえ出来ないでいた。
風音の腕がシュルルと縮み元に戻ると、巨大化した白蛇が風音に近づき頭を垂れる。
「ご苦労じゃったな 美味かったか? ん? クックク そうか あまり美味くなかったか クックク」
そう言うと、自分の左肩に右手を置くと腕と一緒に切断されはずの着物の袖が復元していく。そのまま袖の中に手を入れ煙管と煙草の葉を取り出した。
煙管に葉を詰めマッチで火をつける。
風音は巨大化した依代、白蛇に飛び移ると頭に座り大きく煙草を吸い込む。
▽▽▽
風音は銜えていた煙管を握り、口から離すと片腕を千切られた女に冷たい視線で言い放つ。
「おい… まだやるか? 」
完全なる戦意喪失… 女は、ゆっくりと脂汗をかいた顔を横に振る以外、何も出来ないでいた。
風音の圧倒的威圧。
とてもじゃないが十歳前後の少女に出来る芸当ではない。幾千幾万と修羅場を潜ってきた者のみに許された傲慢な振る舞い…
「なら命までは取らん 助けを呼ぶなりして消えるがいい」
そう言うと白蛇の頭から飛び降りる風音。はて? どうしたのじゃ? と、言わんばかりに、にやけながら俺の顔色を伺う。
「強… 強いんだな 風音は… 」
何もしていないにも関わらず、満身創痍の俺だった。腕や足を切り落とされたり、魔物が出てきて蛇が飲み込むとか… 普通に、無難に、淡々と生きてきた俺にとってショッキング過ぎる出来事の連続であった。
当の本人は、涼しい顔をして煙管を齧りながら煙を吸い込む。
「ところで託也 いくらもっている? 」
「いくら? お金? 7,000円くらい持ってるけど どうするの? 」
「ちと小腹が空いてのう 町に行って何か食べようではないか」
「このお金使えるのかな? 」
「はっ!? そうじゃな! この世界では使えないかもしれん… 」
そう言うと風音は、スタスタと足を切断した大男の懐から硬貨が入った袋ごと抜き取った。未だに痛みで、のた打ち回っているのにお構いなしだった。
次に、女の目の前に立つと金を要求した。
「金よこせ」
女は身震いしながら硬貨が入った袋を差し出した。風音はニヤリとして袋を自分の懐にしまうと
「これは勉強代じゃ もう悪さするでないぞ」
誇らしげに語ると町に向かって歩き出した…