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Case No.4.21 「封禍術士」

 週末の矢来駅前は平日以上の活況を見せる。

 長年続いた景気の低迷により大規模小売店舗が何店か撤退し、かつてほどの賑わいは失われていたが、それでも若者向けの専門店が入居した商業ビルが新規にオープンしたり、老舗の百貨店がリニューアルしたりと話題には事欠かない。

 都心に出ずともひととおりのことは済ませられる上、アミューズメントスポットも充実しているため、矢来市だけでなく近隣の各地からも人が集まる。

 この日も初夏の陽射しが降り注ぐなか、駅前大通りは人々で賑わいを見せていた。

「あれ?」

 人混みを縫うようにして街路を進んでいた柚葉は、ふと同行人の気配が傍から消えたことに気づいた。

 もしや、と立ち止まり振り返って見る。

案の定、どこで覚えたのか牛歩戦術を実施している仏頂面の義志が、行き交う歩行者の中に見え隠れしていた。

 ったく、と小さく舌打ちし、柚葉は彼がこちらまでたどり着くのを待つ。

 ほどなく追い着く彼を、腰に両手を当て肩を怒らせて迎えた。

「よーしー君? 往生際が悪いわよ。いい加減覚悟決めたら?」

 呆れたようにジト目を向けると、いつになく反抗的な眼差しを投げ返してくる義志。

「ゆずさんはいいですよ。別に被害ないですから」

「んなことないわよ。よし君みたいに溺愛されてないから、油断したら無理難題押し付けられてなんでも屋扱いされるんだから」

 溺愛……? と言葉の意味を反芻してにわかに青ざめた彼の反応など知ったことかとばかりに、柚葉は我が道を行く。

「いい? あたしだって好き好んで行く訳じゃないんだからね? 大間まで行かされて鮪とサシで格闘したトラウマ、まだ消えてないんだから」

 酷い目にあっているのは義志ばかりではないのは事実。

 ただ頻度とインパクトは、熱烈にストーキングされている彼の方が圧倒している。

 それをあっさり無視して話をまとめに入る柚葉。

「とにかく、今回の依頼を片付けるには彼女の力借りなきゃならないんだから。人間諦めが肝心よ?」

 が、説得は実を結ばなかった。

 モテ少年は「溺愛溺愛……」とぶつぶつつぶやいて呆然となり、チャネリング中。

 まったく、すぐ自分の世界に入っちゃうんだから、と追い込んだ当の本人のくせに愚痴を漏らしつつ、柚葉は義志の手を引いて再び先に進み出した。

 久見らとの会談を終え嘉村邸を後にした2人が目指している目的地は、駅前通りのビル街に建てられた築5年も経っていないまだ真新しい雑居ビルだった。

 通りに面した1階には外観を小洒落た装飾で彩った今風の雑貨店が入居しており、店名は『Warfareウォーフェア Controlコントロール』という。

 主な顧客層である10代、20代の女性たちからは『ウォーコン』と略されて親しまれている、と耳にしていた。

 実際のところそんな軽い響きの愛称などとは真逆の意味を持つ店名なのだが、意味まで調べる勤勉な顧客もいないようで、別段問題は生じていないようだった。

 どのみち用があるのはウォーフェアコントロールではないので、店舗の脇にあるビル自体のエントランスへと進む。

 このビルの最上階こそが目的地であり、今回の依頼を遂行するにあたり助力を仰いだ人物の居る場所であった。

 人気のないエレベーターホールにたどり着くと、センサーが感知したのか自動的にエレベーターのドアが開いた。

 義志の手を引き中に入ると最上階である9階のボタンを押し、腕を組んで背中を壁に預ける。

 虚ろなままの義志の様子にため息をついて呆れるも、彼の人物に見えるに際し、柚葉は気持ち切り替えて今回の案件を脳裏であらためることにした。

 そもそもの発端は、柚葉の恩人である里中夫人からある情報を伝えられたことに遡る。

 夫人によると、知己の資産家・嘉村義瑞氏から聞いた話で、ビルオーナーの嘉村氏がある廃ビルの立て替えを企図したものの現在頓挫の危機に曝されているとのこと。

 そして、計画を疎外しているのは廃ビルに住み着いた『化け物』が原因だという。

 退治を霊能者や神主、悪魔祓い等色々依頼して試したが効果は皆無。

 そこにやってきたのが華皇派封禍術を統べる華皇柚葉を擁した久見という封禍術師だったのだ。

 彼は化け物の正体がただの化生ではなく、『灰禍』という『彼ら』にしか処理できない相手であることを断定し、助力を申し出たのだという。

 これまでの者とは言うことも説得力もまったく違っていたため、これに期待した嘉村氏は彼らに任せようかと里中夫人に相談していたのである。

 超常現象には自身も接したことがあり、なにより柚葉という存在が身近にいるため、夫人は戸惑うことなく話を受け入れ、受託者に『特異な名前の人物』がいることもありわざわざ経緯を知らせてくれたのだった。

 柚葉だの灰禍だのと耳にしてしまっては、聞き流すことなどできない。

 ましてや里中夫人の知己が困っているならば、手助けするのが世話になっている者の筋というものだ。

 そこで、夫人経由で自分たちのことを紹介してもらい、発生している問題の解決も請け負いつつ、『彼ら』の処遇も任せてもらう方向で話をまとめ、今に至ったのだった。

 夫人の知己ということで無償にて遂行するのは勿論だが、もし相手が本当に件の『灰禍』ならば費用などは問題にならない。

 『灰禍』こそ、柚葉たち封禍術士が倒すべき使命を負った『敵』なのだから。

 久しぶりの使命感が彼女の意欲を高めるなか、エレベーターは9階に到達した。

 ドアが開き気持ち新たに階下へと踏み出す。

 9階のエレベーターホールも人気はなく、静まり返っていた。

 エレベーターホールに面して、テナントが入れるスペースは本来3軒分確保されている。

 しかし折りからの不況のためか、内2軒の入口には『空室』『賃貸物件』という不動産会社の案内板が張られていた。

 一方、厳しい景況にも負けずにこの階唯一のテナントとして頑張っていたのは、軒先に『戦律堂』という屋号の看板を掲げた古物店だった。

 いざ歩を進めようとしたが、どこか腑に落ちない。

 よもや、と思い振り返ると、義志がエレベーターから降りていないではないか。

 閉じかけるドアの向こうで、さながら「捜さないで下さい」的な悲愴感を顔一面に貼付けた彼は、さりげなくフェイドアウトしようとしていた。

 そうは問屋が降ろさない。

 反射的に伸ばした爪先が両開きのドアの間に挟まり、閉じさせない。

「この期に及んでまだ逃げようってわけ? 諦めなさいってば」

 正直、呆れを通り越して段々面倒くさくなってきていた柚葉だが、ふとあることを思いついた。

 安全装置が働いて開いていたエレベータードアが再び閉まらないよう、戸袋を押さえるようにして寄りかかりながら、柚葉は悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。

「あんまり顔見せないでいると、そのうちズバリ『お宅訪問』されかねないわよ」

 途端、義志が反応。

抜けかけていた魂が再注入されたかのようにびくつくと、顔面蒼白で泣きそうな視線を向けてきた。

 事実、今はまだ彼女の元を訪れる際に『色々あるだけ』だが、疎遠にしていると逆にそれが彼女の行動を焚きつけることになりかねないのは確かなことだった。

 もっとも、義志の知らないところで既に彼の住居の近隣に彼女が出没していることを掴んでいたが、彼の精神衛生上この場ではさすがに表に出さない。

「ゆ、ゆずさん、僕はいったいどうすれば……」

「大人しく顔出すしかないんじゃない? ガス抜きよ、ガス抜き。いざとなったら私が守ってあげるから」

「ほ、本当ですか!? お、お願いします! お願いします!!」

 涙目で頭を何度も下げている彼に対し、笑顔で頷きつつも「うん多分できる限りね」と思い切りいい加減な心の声を内心思い浮かべていたことは柚葉だけの秘密であった。

 ようやくひとまず説得叶った義志を伴い、戦律堂前までやって来た――が。

「なにこれ、また店閉めてるの? 美穂ちゃんやる気あんのかしら。てか、約束の時間に来たってのにどうしろと……?」

 店の扉は固く閉ざされ、ドアノブには『準備中』の札が掛かっている。

 扉に付けられた大きなガラス窓から店内は丸見えなのだが、照明が全て落とされ人の気配もなかった。

 確かに戦律堂は不定期営業とはいえ、約束の日時に店を閉じているとは相変わらずのマイペースぶりである。

 さて、どうしたものか。

 一時考え込むも、すぐに対処方法を思い出す。

 義志とともに踵を返してエレベーターに乗り込み、向かった先は出戻りビルの前――例のウォーフェアコントロールだった。

 通りに面した店の壁は全面ガラス張りになっており、照明は店内ライトだけでなく自然光を併用してしている。それだけに店内は外から丸見えだった。

 閑古鳥が鳴いていたらかなり悲しい惨状を自ら公開してしまうことになるが、こと彼の店に関してはまったく問題はなかった。ターゲットとなる若い女性たちで店内は盛況を誇っていたのだから。

 店の奥を窺うと、接客している何人かの女性店員が視界に入った。中でも薄いピンクのスーツ姿の店員が一際目につく。

 タイトミニの細身ツーピースを見事に着こなし優雅に接客している様は、一目で店の責任者だとわかる。

 艶のある長い黒髪を背に流した彼女は、誰もが警戒心を解いてしまうかのような笑顔を店内に振りまいていた。

 細面に包まれた切れ長の双眸が高い気品を醸し出し、30代前半ほどの容姿からは落ち着いた大人の色香がしっとりと漂っている。

 いわゆる『美人』というカテゴリーに位置する人物であり、そういったことに疎い柚葉でも『綺麗』な人という印象は持ち合わせていた。

 当の本人もこちらに気付いたようで、嬉しそうに頬を上気させて手を振っている。

 先ほどまでの妙齢の女主人然とした居住まいはどこ吹く風。子供のように笑顔を輝かせて喜んでいた。

 何に喜んでいるかは彼女の視線の先にいる人物が物言わず物語ってくれる。

 ――これだから1人で来るよりよし君連れてきた方がとびきりの上機嫌になるからやりやすいのよね。

 冷や汗をかいて固まっている義志を横目でチラ見しつつ、柚葉は内心で本音を漏らした。

 ちょっと待ってて今行くから、とジェスチャーしている優美な彼女こそ、御歳80歳――のはずの装備屋、千法院美穂せんぽういんみほその人であった。


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