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Case No.4.12 「封禍術士」

 嘉村理桜と久見雄一および華皇柚葉の会談は一見和やかな、その実一方には途中から大変な緊張感が伴っていたものの概ね大過なく終了し、1週間後に決定した着手日を待つばかりとなった。

 ほどなく嘉村邸より退出する運びとなった久見と柚葉の2人を、理桜は小さなリビングほどもある玄関まで見送りに出ていた。

 玄関先に腰かけ、土間に綺麗に並べられた革靴を履いている久見の背中を見守っていた理桜は、ふと何かに気づいたようで広い土間の方へと視線を移した。

 蒼い双眸の先には、既に草履を履いて待機していた娘、柚葉の姿が。

 彼女は理桜の眼差しに気づかないまま、朦朧とした意識の中にあるような視線を理桜に向けていた。

 互いの瞳と瞳が鏡合わせのように向き合う形となるにも関わらず、柚葉は理桜の眼差しに気づいた様子がない。

 さすがに違和感を感じたのか、理桜は柚葉の目線の先を伺っていた。

 娘の視線。

 それは、金糸のような黄金色の髪に注がれていたのである。

 娘の瞳に映るものに気付いた理桜は、肩口から胸元にかかっていた髪を指先で軽く払うようにして背中へと流す。

 すると、それまで魂が抜かれたように黄金色の髪に見入っていた柚葉が小さく震えるようにして反応した。

「私の髪が気になりますか? 柚葉様」

 娘の目のやり処は確定したにもかかわらず、そう問いかけた真意は、柚葉を見据える真っ直ぐな眼差しが物語っていた。表情は柔らかかったが、その目は決して笑っていない。

「母が異国の血を引いておりまして、この髪と瞳の色を継承いたしました。生粋の日本人では持ち得ない髪や瞳には辛い思いもさせられましたが……」

 言いながら、彼女は柚葉から視線を一端外した。自ら発した言葉の意味をかみしめるかのように、伏し目がちにやや俯いてしまう。

 一方、理桜からの見えない威圧感に凍りついていた柚葉だが、当の彼女からの視線が外れてたがが外れたためか、理桜の言葉などそっちのけで大きく息を吐き、強張っていた肩から力を抜いていた。

 しかし、冷徹さを一部の柔和さで偽装したかのような理桜がその彼女の姿を見過ごすはずもなく。

「もっとも」

 まるで釘をさすかのような強いアクセントの効いた一言。

 先ほどのしおらしく弱々しい言葉から掌を返したような強い声音に、柚葉は反射的に背筋を伸ばしていた。

 この反応に満足したのか、理桜はそこでようやく瞳から険しい光りを消した。それどころか、飾り気のない優しい笑みを湛えてすらいる。

「見慣れない方には物珍しく映ってしまっても仕方ありませんわ」

 自らの境遇に悲嘆していた様から、うって変わって相手を慮る理桜。

 どんな厳しい言葉を向けられるのか戦々恐々とした思いでいたのだろう。

 血の気が引いた面持ちでいた柚葉だが、途端に安堵のため息を漏らしていた。つい先刻、毅然と口上を述べていた時とはまったく別人のようである。

 メッキという虚飾で彩っていたことが見事に露呈し、すっかり地位や衣装負けした有様を見せてしまった柚葉。

 見た目相応の反応が本来の姿であることは疑いようもなかったが、まだそれを認めない者がいた。

「理桜様のお心意気、心底胸に染み入りました!」

 既に靴を履き終えていたものの、理桜と柚葉のやりとりをただ傍観しているしかなかった久見が、機会を伺って割って入ってきたのである。

 立ちあがった彼は、拳を握り締め、真剣に感嘆した旨を体を使って表現していた。

同時に、その背後の影に柚葉を隠し、彼女を理桜の視界から消している。

 本人はさりげなくやっているつもりのようだったが、都合が悪くなったために目に触れさせないよう慌てて対応しているのがこれ以上もなく明らかだった。

「柚葉様はまだ年若く、封禍の道一筋に邁進されていらした方ゆえ、一般の皆様とは少々異なった視点をお持ちです。それだけに、一般の方にとってはお心に障ることがあるやもしれません。にもかかわらず、理桜様の明快な広いお心で受け止めていただいたご配慮、心から御礼申し上げます」

 頭を垂れて礼を示す久見だが、その態度や発言の内容とは裏腹に、まくしたてるかのような物言いは異論を一切挟ませない思惑が見え隠れしていた。

 しかしそれは、決して優位な立場から相手を見下している様などではない。

 額に薄らと冷や汗をかいていることからも、体裁など気にしている余裕すらなくし、とにかく弱みを見せまいと必死に足掻いていることがわかる。

 対する理桜だが、まったく意にも介していない様子で涼しい顔をしている。

 あまつさえ、平然と「恐れ入ります」などと答えている始末。

 役者が違う、とはよく言ったもので、これではどちらが20歳以上の歳の離れた年長者かわからない。

「あら、お顔の色がすぐれないようですが」

 何を言ってもまったく動じない理桜の余裕さに引きかえ、当の彼女に慮られるほど久見の顔は青ざめていた。

「え、ええ少々体調を崩しておりまして。それではまたご連絡させていただきますので、今日はこの辺りで失礼させていただきます」

 理桜に対し現時点では優位な立場は築けないとようやく判断したのか、一方的に言い連ねて一刻も早くこの場を立ち去ろうとする久見。

「さ、柚葉様、参りましょう」

 疲れ切った様子をなんとか隠そうと、理桜と目も合わせぬようにしつつ嘉村邸の戸口をくぐっていく。

急かされた柚葉も彼の背中を追うも、彼女は後ろ髪を引かれるようにして立ち止って振り返った。

「あの」

 娘はその時初めて、明らかに自身の考えで能動的な意思を示していた。

御髪おぐしが素敵で、見とれてしまって、その、すみません」

 気恥ずかしさからかほんのりと頬を朱に染めた柚葉は、そう言って深く頭を下げていた。

 彼女の突然の意思表示に、さしもの理桜も面食らったようで目を丸くしていたが、すぐに柔らかな微笑みが穏やかな面立ち一面に広がる。

「嬉しいお言葉、ありがとうございます。どうぞお気になさらずに。私もこの髪が気に入っておりますから」

 温かい理桜の言葉。

 柚葉の面持ちから強張りが解け、淡い笑顔が生まれていた。




 久見と柚葉を見送った後、1人長い廊下を歩いて客間に戻った理桜は、先ほどまでとはうって変わって無表情のまま自席に腰かける。

 座卓には、手を着けられないまますっかり冷めてしまった湯呑みが3つ。

 彼女はおもむろに自分の湯呑みに手を伸ばすと、それまでの悠然とした様をかなぐり捨てるかのようにして一気にあおった。

 さらにあろうことか、自身の分を飲み干した彼女は座卓の上に身を乗り出し、久見たちの湯呑みにまで手を出したのである。

 立て続けに3杯、冷めてしまった玉露を嚥下した理桜は、叩きつけるようにして湯呑みを机に置くと口角泡を飛ばすような下品なため息を漏らして叫んだ。

「やってられるかクソ茶番!!」

 むんずと金色の髪を鷲掴みにしたかと思うと、なんとそのまま引き抜いて畳の上に放り投げてしまう。

 否、髪は引き抜かれたのではない。取り除かれたのである、金色の髪をした『かつら』が。

 かつらの下から現れたのは、ピン止めや髪留めゴムで黒髪をまとめ上げた他ならぬ桐羽柚葉であった。

「よし君! なんで終わっても出てこないのよ!」

 廊下側とは別の襖に目を向け、憤る柚葉。

 すると、そろりと開いていく襖。その向こうには、恐る恐るこちらを覗きこむ鷹匠義志の姿が。

「なんでって、今ゆずさんに近づけるかって言ったら無理に決まってるじゃないですか」

 彼の言はもっともであり、臨界点突破状態でキレまくっている今の柚葉の傍になど誰が近寄れるだろうか。

「もっと冷たい飲み物いただいてきますから、落ち着いてくださいよ。嘉村さんに聞かれたら心証悪いですよ」

「これが落ち着いてられるかっての!! むきー!!! なんか無性に破壊衝動が。とりあえず手当たり次第回りのもの壊しまくってやろうかしら」

「何血迷ったこと言ってるんです! だから気を落ち着けくださいってば!! いいですね?! 冷静になってくださいよ!」

 どこぞの令嬢顔負けの超然としたお嬢様ぶりなど何かの冗談だったかのような勢いで暴言を吐きまくる柚葉に対し、目には目をとばかりに義志も頭から湯気を出しそうな勢いでまくしたてると、ピシャリと襖を閉めて去って行った。

 ストレスの捌け口がいなくなってしまった柚葉だが、いつになく物言いが強かった義志の勢いに逆に冷静さを喚起させられていた。

「珍しくキレてたわね、よし君。ああ、そっか。これからあっこ行くからか」

 単に勢いでキレるような人物ではないので訝しむも、今後の予定のことを思い出して納得する。

「しっかし最近心底ストレス溜まる依頼ばっかで、あたしもう胃に穴が開きそう……」

 珍しく泣きごとを垂れ、座卓の上に上半身を投げだすようにして突っ伏す柚葉。

 確かに先日の女子高生からの依頼といい、その後入った町内会の面倒事を解決する依頼やら今回の案件といい、いずれも依頼主の人格が破綻しているか案件の内容に無理があるものばかり。

 それでも今回の依頼を受諾したのは、大恩ある下宿先の女主人である里中夫人の肝煎りだったことと、もう1つ。自身が関係する『矜持』を満たすためでもある。

 それだけに途中下車するわけにもいかず、不満や憤懣があってもひたすら耐えるしかない。

 依頼を完遂するのが先か、はたまた己の胃に穴が開くのが先か。

 大穴で義志が高飛びするのが先か。

 いずれにせよ、忍耐の時はしばらく続きそうである。


 Case No.4.21に続く

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