紫の風車(かざぐるま)
かや音は夏の名残がある夕暮れの縁側で、周囲に人気のないことを確認すると、古びた焦げ茶色に黄縞の入った着物の袷から、紅と蒼の風車を取り出した。
ふーっ、と吹くと、かや音の吐息に応え、くるくると廻っていく。廻っている間だけ、羽の色が交わり、鮮やかな紫に染まる。
その様子が面白く、屋敷の窓の拭き忘れをついさっき、護両に叱られたことも忘れ、風車と自分しかいない空間を楽しんでいた。
微笑みを浮かべる。
「何をしている」
低い艶のある声が刀の刃のように、かや音の意識をすぱっ、と現実に引き戻す。
冷や汗をかきながら恐る恐る後ろを振り返ると、立っていたのは、腕を組んだ護両の姿だった。
霧峰護両。今年で数えで二十四になる彼は、屋敷の若き家令である。下女である十六のかや音とは同じ屋敷で働き、住み込みで暮らしていても、天と地ほども遠い間柄であった。
「仕事も出来ないくせに屋敷の中で風車で遊ぶとはどういうご身分だ?」
無表情でかや音を詰る護両は精悍な顔立ちに黒髪を短く整えた美しい男だった。
前髪だけが長く、切れ長の瞳は冬の灯のようだ。とかや音は思う。
「仕事が終わったのであれば早く部屋へ戻って明日の仕事の為に休め」
「も、申し訳ありません……! 響子様がご褒美に下さった風車でどうしても遊んでみたくて……」
かや音は顔を真っ赤にし、体をくの字に曲げ、頭を下げた。
両耳の下で緩く編んだお下げの三つ編みが揺れ、夏の夕陽に橙色の光を孕む。
吾両の目が少し見開かれる。
「響子様が……?」
先ほどと違う優し気な声音に、下を向いたままのかや音は唇を噛んだ。
(ああ、やっぱり――)
吾両は目だけを横に向け、自分の握った手を口元に当てると、暫し考え込んだ風を見せたが、踵を返した。
「……これからは人に確実に見つからない所で回せよ」
踵を返し、古い縁側をきゅっきゅっ、と足袋で鳴らしながら去っていく吾両の足音が聞こえなくなっても、かや音は顔を上げられなかった。
射干玉の黒髪が、夏の夕陽に紅く光沢を放ち、風鈴のように揺れていた。
かや音が華族である宮本家の下女として仕えることになってから、早一年が経つ。