【第2話】琥珀色の少女
「はい、ここがBホールですよ」
マリア先生が振り向いて言った。扉は大きいが、ホールと呼ぶには少し小さい建物に見える。エイチェルが扉をそっと押した。
「わぁ…」
中は、外から見るより明らかに広い。しかも立体的。宙に浮いたように、上下左右に広い部屋だ。天井は抜けるように高く、床面は遥か遠くてよく見えない。北半球上級魔法学校は、空間圧縮魔法を利用して実際より広いスペースを確保していると聞いていたが、こんな大規模なものを見るのは、エイチェルもセリアルも初めてだった。
空間圧縮魔法は、一般家庭でも隠し小部屋を一つ作る程度ならよく用いられている。ただ、規模が大きくなると強力な魔力による施術が必要となるため、それができる魔法使いはごく限られているのだ。
「あら、もしかして広くて驚いてる?」
マリア先生がくすりと笑った。
「この学校にはもっと大規模な空間圧縮が使われている場所もあるから、お楽しみにね。ほら、行きなさい」
ホール中央の浮島には、成績上位者と思われる学生達と、一人の小柄な少女が待っている。エイチェルとセリアルは、浮島までの細道を急いだ。
「お、来たね。」
小柄な少女が言った。この少女、本当は少女ではない。実は北半球上級魔法学校の校長、ステラ・モリス先生である。魔法医学の権威であり、かなり高度の魔法と言われる「若さ」の維持により、見た目を少女に保っているとの噂。魔法医療関連の企業広告モデルにも起用される有名人だ。
若さを維持と言っても、若作りな程度かと思っていたが、実物はものの見事に「少女」であった。金色に光る琥珀色の髪と瞳がとても麗しい。
「集まったようだから始めようか。あ、それとセリアル・フロストルイスさん、エイチェル・セプターさん」
「はい!?」
突然フルネームで呼ばれて驚く二人。
「君たちは入学手続きがまだだから、私からの説明のあと、隣のAホールで手続きをしてね」
「はい! 遅れてすみません!」
「他の皆さんも、待たせてごめんなさい!」
「よろしい。それでは皆さん、校長のステラ・モリスです。まずは受験お疲れ様! でも入学がゴールではないのはご存知の通り。皆さんには、入学後も切磋琢磨して、是非立派な魔法使いになって欲しい!!
そして、成績上位者には入学金の免除・減額など、いくつかメリットを用意しているのだけど…」
ステラ校長がスッと右手を挙げた。
きらめく光と共に、校長の身長よりも長い金色の杖が右手に現れる。
「これから紹介するご褒美。楽しみにしていた人もいるかな?」
校長は杖を持つ右手をゆっくりと下げながら、杖の下端をコツリと床におろした。
それと同時に、浮島の周囲へ、光る線で描かれた地図が放射状に広がっていく。
「これはこの学校を取り囲む、学生都市の地図。青く示された家は既に入居中。黄色のところは空き家。そして赤いところは今月いっぱいで卒業する、空き家見込みの家となっています」
校長が杖を振り上げると、空中にキラキラとした光がおこり、細かく分かれて生徒一人一人の元へ舞い降りてくる。セリアルが、目の前に降りてきた光に触れると、地図が描かれた紙に変化した。それを見て、エイチェルもやってみる。地図はうっすらと発光しており、先ほどの校長の説明どおり、家が3色に塗り分けられていた。
「成績上位者の君たちには、住みたい家を先に決められる権利を与えます。住みたい家が決まって手続きが済むと、その家は緑色に変化する。手元の地図もリアルタイムで変化するから、参考にしてね。十分な数があるから例年もめたりせず早く選んだ者勝ちになっているのだけど、万が一希望がかぶったら… うーん、話し合いかな?」
ステラ校長がおちゃめに笑った。
「中央に位置しているのが学校で、君たちはほぼ毎日ここに通うことになる。近い方がいいという学生もいれば、遠い方が落ち着けるという学生もいる。一軒家タイプもあればアパートタイプもあるし、それぞれ自分に合う場所を探してみてね。
実際に歩き回って決めてもいいし、このホールは縮尺版の地図だから、まずこの部屋を歩いてイメージしてから出掛けてもいい。このホールでは、間取りを確認することもできるよ。」
校長が浮島の外側へてくてくと歩き進んだ。浮島と細道以外の場所には床が無いように見えるが、普通に歩けるようだ。
ある赤い区画、つまり今月いっぱいまでは卒業見込みの学生が住んでいる家の前まで歩いていくと、空中に向かってドアをノックするようなしぐさをする校長。すると空中に部屋の間取り図が現れた。
「赤いところはまだ学生が住んでいるんだよね。いいなと思う家が赤だった場合は、中が見られない代わりに、ここで確認してみて。まぁ中に住んでいる学生が見せてくれると言った場合は、実際に見てみるといいけど。
ちなみに黄色いところ。既に空き家の家は、皆さんの手元にある光る地図があれば、家の中を実際に確認することができるから、出向いてみることをおすすめするよ。」
極めて真面目そうでお堅く見えた他の成績上位者達も、明らかにわくわくした空気に包まれている。これから学生生活を共にする我が家を選ぶ。思い出をいっぱい詰め込むための我が家だ。
「通常合格者の家選びも控えているので、君たちの家選びの期限は3日間となります。分からないことは大抵、手元の地図から解決できるようになっているから、いじってみてね。入居申し込みも地図からできるよ。それでは皆さん、楽しんで!」
憧れの学校、そして憧れの校長から直々に挨拶と褒美を、パフォーマンス付きで紹介され、学生達の誇らしげな笑顔がまぶしい。そんな笑顔を見て、ステラ校長も実に満足気だ。
「さて」
セリアルがエイチェルの方へ向き直った。
「私達はAホールへ入学手続きしに行こっか」
「そうだね。Aホールはすぐ隣だし、早く済ませて私達も家選びしよ!」
他の学生達の動きは様々だ。ホール内の縮尺地図から見始める者もいれば、地図を見ながら早速外へ繰り出す者、期限まで3日あるから今日は帰るという声も聞こえてくる。
エイチェルとセリアルは、早く家選びを始めたくてウズウズする気持ちを抑えながら、一旦Bホールを後にした。
セリアルは、すぐ隣のAホールの扉を押した。中が見た目よりずっと広いのはBホールと同じだが、こちらは普通の平面的なホールになっていて、乳白色を基調とした色合いのシンプルな部屋だ。手前には椅子とテーブルが用意され、学生達が談笑している。どうやら手続きが終わった学生達が、早速友達作りを始めているようだ。この学生達はエイチェルとセリアルの同級生になるわけだ。
エイチェルはつい、ぼけっと近くのテーブルの学生達を見ていた。
「ん、もう入学手続き済んだ?」
視線に気づいた、青い毛先の金髪の、いや、偏光しているから金色がかった青髪なのか、男子学生がエイチェルに声をかけた。
「あ、まだ!」
「あっちのカウンターでやってるから、早く行ってきな!」
気さくな笑顔で教えてくれる。
「ありがとう!」
「ありがとう~!」
セリアルと共に礼を言い、エイチェルは奥のカウンターへ進んだ。入学申込書や、学生証用の写真撮影を済ませ、エイチェルとセリアルは再び合流。
「セリアル、一緒に家選びしてくれる?」
「もちろん! 行こう行こうー!!」
「最初にもう一度、あの縮尺地図見たいなぁ」
「あ、私も! あのノックして見取り図出すのやりたい!」
「やりたいー!」
二人は浮き立つ気持ちと共に、またBホールへ向かうことにしたのだった。