【第18話】呪文筆
教室前方では、相変わらずガブリエルちゃんが、甲高い裏声で元気なトークを繰り広げている。見た目は異様だが、授業内容は至極真っ当なので、皆流されて普通に授業を受けていた。
ウィズは、自分の左側が気になって仕方ない。キョロキョロと、何度も何度も左側を見る。
右隣の席に座っているセリアルも、いい加減その様子が気になってきた。
「ウィズ君、さっきからどうしたの」
「あ、あのね、ボクの彼女が超人見知りで心配なんだけど、同じ列だから逆に見えなくて気になって…」
「か… 彼女?!」
「うん!」
まだ学校が始まって1週間だ。もう付き合っている彼女がいるとか、早すぎないか?
先ほどの自己紹介で、ウィズは幼い見た目に反して2歳上だと言われた時も驚いたが、2度目の衝撃をくらった感じだ。
セリアルは、数秒ガブリエルちゃんの話に耳を傾け、教科書のどこまで進んでいるかを手早く確認してから、もう一度小さな声でウィズに話しかける。
「その彼女は、入学前からの知り合いなの?」
「ううん。家選びの日に、ボクが一目惚れして話しかけたの!」
一目惚れ!!!!
そんなおとぎ話のようなストーリーが、自分のすぐ隣にあるなんて。色恋沙汰は自分にはまだまだ縁遠いものだと思っていたが、身近にそれがあるというのが、何とも新鮮だった。妙に感心して、へえぇ、と相槌を打ち、セリアルは視線を教科書に戻した。
*
スペルのくじ引きの番号は、72番だった。
隣の71番に座ったのは、チャーリーという男子学生で、家選びと入学手続きの日にラスターと知り合っていた人だった。共通の知り合いがいると、そこをとっかかりにして話しやすい。
「へー! スペル、ラスターと家が隣なんだ!」
「ええ、まぁ隣と言っても、向こうはアパートタイプで僕は一軒家なので、敷地が隣ってだけですが」
「じゃあ朝とか一緒に通学してんの?」
「そうですね。恥ずかしながら、僕は朝が弱いんですけど、起こしてくれるんですよ」
「あー、いいねそれ! そういう時同級生が近くに住んでるといいよな~」
「見た目によらず、面倒見いいんですよね、ラスター」
「でもさー」
チャーリーがニヤリと笑う。
「起こしてくれるのが女の子だったら、もっと良かったのにな! あいつで残念だったな!」
「…はい?」
「やっぱり学生生活の醍醐味って言ったらそうだろ? そういえば、オレの隣の家、先輩のお姉さんが住んでるんだけどさ、可愛いんだよな~! 今度話しかけてみようと思うんだけどさ」
「は… はぁ…」
チャラい。
学校も学生都市も、勉強のために整えられた設備で溢れているのに、何しに学校に来ているんだ。
眉間に皺が寄り始めたスペルに気付き、チャーリーが慌てて切り替える。
「あ、悪い! スペルってこういう話題ダメ?」
「あー…いえ、別に…」
「ゴメンゴメン、気にしなくていいから! あ、ほら、ちょうど自己紹介の時間終わるぜ」
相手の反応を見て、迅速に話題を切り替えるあたり、チャラさに加えてコミュニケーション能力も高い。自分とはずいぶん違うタイプの人間だな、とスペルは思った。
教科書の最初の方のページで、一通りの呪文学のさわりを学んだところで、ガブリエルちゃんが話題を切り替える。
「では、今日の授業の最後は、呪文筆をやりましょう! 今から筆を配りますからね!!(裏声)」
スー先生とガブリエルちゃんは、一番前の列の学生に、ケースに入った筆の束を置いた。1本取ったら後ろへ回す。
「自分のぶんを取ったら、中身を確認してくださいね(裏声)」
「えっ?!」
「うわっ!」
教室のあちらこちらで、驚きの声が上がり始める。まだ筆の届いていない、後ろの方の学生達も、気になってそわそわしている。
ようやく届いた呪文筆の外箱を、スペルもそっと開いた。
「おぉ…」
思わず声をあげてしまった理由は、その筆の柄の部分。外箱からは分からないはずなのに、きちんと、自分の名前が刻印されているのだ。金色の、しっかりとした彫り文字で。
「この呪文筆は、スー先生から皆さんへのプレゼントです。質は良いものですから、長く使えますよ。今後も授業の時には持ってきてくださいね(裏声)」
まるで手品だが、きっと呪文を使ったプログラムが働いているのだろう。粋なことをしてくれる。
「呪文筆は中級学校でも習うと思うので、皆さん使ったことはありますね。ご存知の通り、この筆にインクは要りません。起動の呪文と共に魔力を流し込めば、魔力のこもったインクが染み出すしくみです(裏声)」
筆の次は、短冊形の紙の束が前の席から送られてくる。
「呪文筆の説明書や、教科書56ページに載っている「デポンナパピリオ」。この呪文を短冊に書けば、短冊が蝶のように飛び立つはずです。さぁ、何枚飛ばせるかな? ささ、やってみてください!(裏声)」
スペルは、真新しい呪文筆を右手で持ち、魔力を込めた。じわり、とインクが穂先に染み渡る。
さらさらと慣れた感じで3枚の短冊へ呪文を書き写すと、短冊たちは、両端をパタパタとはためかせながら飛び立った。
「う… うめぇ… 速えぇ…」
右隣のチャーリーから、言葉が漏れる。
「っていうか今スペル、無詠唱じゃなかった?」
「ん? あぁ、書は幼い頃から習っていましたので」
無詠唱とは、呪文を口に出して言わなくても、呪文の効果を発動する方法である。呪文発動の感覚が染み付くまで訓練すれば可能となる。
呪文を唱えるのは、確かに面倒くさいものである。覚えていなくてはいけないし、静かにしていたい時には唱えられなかったりする。そのため、商品によっては「無詠唱化プログラム」が施されたものも、多く出回るようになっている。近年のホウキや圧縮バッグ等は、皆、呪文を唱える必要がない。
そんな生活に慣れていると、自力で無詠唱できるほど、呪文を訓練する若者は減ってくる。北半球上級魔法学校のカリキュラムには「無詠唱」が入っているので、卒業する頃にはほぼ全員できるようになるはずだが、入学時点ではできない学生も多いのだ。
スペルは、呪文学が一番好きだ。これだけは誰にも負けたくない。
ふと教壇を見ると、ガブリエルちゃんと目が合った。人形なのだから目が合ったと思うのも変な話なのだが、合った気がしたのだ。スー先生は相変わらず前髪に隠れて目元が見えないが、もしかしてガブリエルちゃんを通して、学生の様子を見ていたりするのだろうか。
先生が見ていると思ったら、もっとやる気が出てしまうのが優等生の性だ。スペルは、配られた分厚い短冊の束に、どんどん命を与えていく。
周囲ははためく紙だらけ。チャーリー含め、周囲の学生はポカンとして、スペルの手際を見ていた。
「あの速さで書いてて、なんでこんなに字が綺麗なんだよ… おかしいだろ」
短冊を1枚捕まえてまじまじと眺めながら、チャーリーが呟いた。
*
「来週は、授業の始めに小テストを行います。範囲は教科書の2ページから102ページ。きっかり100ページです。それでは、今日の授業はこれで終了! お疲れ様でした!!(裏声)」
図ったようにぴったりのタイミングで、終了のチャイムが鳴った。
ウィズは、個性的すぎる先生を見た時は不安に思ったが、飽きることなく盛り沢山な2コマが終わってしまった。あんな強烈な先生、入学前に変な噂が漏れ聞こえそうなものだが、そうならなかったのは、意外にも授業がまともだからかもしれない。小テストの予告までして、学生に勉強させる気も満々だ。
全然「小」テストと言えない、広すぎるテスト範囲の発表に教室のざわつきは収まらないが、学生達が席を立ち始める。ウィズは、自分よりずいぶん背が高い、隣の女子学生を見上げた。
「セリアル、今日はどうもありがとう!」
「うん、こちらこそ、ありがとう。これからもよろしくね」
何とも爽やかで中性的な笑顔だ。整っているが、可愛いというより、カッコいい。
「このあと、時間ある?」
「んー、友達とお昼一緒に食べるつもりだったけど」
「せっかくだから、友達増やしたくない? ボクの彼女にも会わせたいなって! とりあえず、教室出る前に、顔見るだけでいいからさ!!」
「あぁ、いいね。なんならその友達も呼ぼうか。エイチェルっていう女の子なんだけど」
「うんうん、よろしく!」
モビリンでエイチェルに伝達しつつ、セリアルはウィズのあとをついていく。ウィズの彼女、ミランダの席番号は73番。セリアル達と同じ列なので、講義室を真横に移動する格好だ。
「みーちゃ~ん!」
「ウィズくん!」
みーちゃんと呼ばれて顔を上げた女の子は、髪も睫毛も肌も真っ白だ。
「みーちゃん、授業は大丈夫だった?」
「うん、隣だった女の子、すごく良いところのお嬢様みたいで、最初はちょっと怖そうだと思ったんだけど… でも実際は優しかったよ」
「そっか、良かった! もう、ボクずっと心配だったよ!!」
「ご、ごめんね、気を遣わせて…」
「んもぅ、謝ることじゃないよ!」
背格好も顔立ちも声も、全てが儚げだ。エイチェル以上に自分とは正反対な女の子に、セリアルは思わず見入った。
「あ、そうだそうだ。セリアル、この子がミランダちゃんだよ!」
ウィズがセリアルに話を振った。ミランダと目が合う。赤い瞳が宝石のようだ。
「セリアル・フロストルイスです。今日はウィズくんと隣の席だったんだ。せっかくの機会だから、よろしくね」
ウィズは二人の様子を見守った。人見知りで、特に男の人が苦手だというミランダ。中性的な雰囲気を持つセリアルに、どう反応するか。
「よ、よろしくお願いします。ミランダ・ブランチェットです」
若干緊張しているようだが、セリアルが差し出した手に、そっと握手で応じた。大丈夫そうだ。ウィズは思わず、ニヤリと笑った。
「良かった! これでもう友達ね!! そうそう、みーちゃん、テスト範囲広すぎてヤバくない?!」
「うん… 毎日少しずつ覚えないと絶対無理だね…」
「ねぇ、ボク1人じゃ集中がもたないから、アパートの共用スペースで一緒に勉強しようよ!」
盛り上がる可愛らしい二人を眺めつつ、ふと、セリアルは足元に短冊が1枚落ちているのに気がついた。拾い上げてみる。
「うわぁ… 綺麗な字…」
思わずセリアルが呟いた瞬間、横から伸びてきた手が、突然短冊をひったくった。
スペルだった。
「見苦しいものをお見せして失礼いたしました。僕なんか、あなたの足元にも及びませんよ。何でもできる、セリアルさん」
相変わらず穏やかな声と口調で、刺々しい嫌味を放ってくる。
「…っ!! そんなんじゃ…」
気の利いた一言でも言い返してやりたいが、とっさのことで頭に血が上るし、続く言葉が出て来ない。
「では」
反論の言葉が見つかるより早く、スペルはくるりと踵を返し、教室の出口へ向かって歩いて行ってしまった。
「……」
「……」
「……」
あまりのことに、セリアルも、ウィズもミランダも、言葉を失って黙ってしまった。ミランダに至っては、怯えにも似た絶望的な表情を浮かべている。
「…セリアル…」
沈黙を破ったのは、近くまで来て、一部始終を見ていたエイチェルだった。その隣には、頭を抱えてうなだれるラスターが立っている。
「なんか… ごめんな」
セリアルは、取り繕って無理矢理笑顔を作りながら、ラスターの謝罪を否定した。
「いや、別にラスターが悪いわけじゃないでしょ…」
「うーん、まぁ、そうなんだけど… オレちょっと行ってくるわ」
「あ、うん」
ラスターは、うんざりしたように肩を落としながら、教室を出ていった。その場に残る人の顔色をキョロキョロと確認したあと、ウィズが恐る恐る口を開いた。
「な、なんかすんごく刺々しい人だったね… いや、言ってる言葉は丁寧だけどさ。みーちゃん、あの人の席近かったの?」
「あ、うん、私の左隣だったけど…」
「隣?! みーちゃん大丈夫だった?!」
「う、うん、ペアじゃなかったからお話はしなかったし。あの人、飛行魔法学の時に、カナリー先輩にホウキの乗り方教えてもらってた時もいた人だよね…」
「あ、あの時の人か! そうかも! あの時は別に普通だったよねぇ?」
「ウィズくん、ミランダちゃん、なんか、驚かせてごめんね、あの人どうも、私が嫌いみたいで」
「えっ、どうしてだろう…」
「分かんないけど、私が目立つ行動取るのがいけなかったのかな…」
ガバッ
黙ってやり取りを見ていたエイチェルが、突然セリアルに飛びついて抱き締めた。
「うわぁエイチェル?! びっくりした!」
「セリアルは悪くないもん!」
「ん、ありがと」
「悪くないよ、悪いこともしてないよ」
「ん」
精一杯慰めようとしてくれる、友人の体温に救われる。セリアルは、エイチェルの背中に手を添えた。
「ウィズくん、ミランダちゃん、紹介が遅れたけど、この子がエイチェルね」
「ひぇっ」
我に返ったエイチェルが、慌ててセリアルから離れる。
「ウワー! 挨拶もなしに、変な登場方法でごめんね!! エイチェルです!!」
「セリアルから聞いてたよ! ボクはウィズ、よろしくね!!」
「ミランダです。よ、よろしくお願いします…」
「ウワー!! よろしく!! 二人ともかわいい!!! よろしくー!!」
ウィズとミランダ、両方の手を取り、ぶんぶんと握手するエイチェル。引っ込み思案そうに見えるミランダは若干緊張しているようだったが、まんざらでもなさそうだ。エイチェルの人懐こさには敵わない、といったところか。
「セリアル、私のことも呼んでくれてありがとう!!」
「お、う、うん!!」
急にセリアルの方を見て、最高の笑顔を投げかけるエイチェルに不意打ちを食らった。照れそうになるのを急いでごまかす。
「じゃ、せっかくだから、お昼を一緒に食べようか」
「おう! 行こうー!!」
ウィズが拳を掲げて同意する。4人は連れだって、呪文学の講義室を後にした。




