【第1話】春が近づく掲示板
頭の中が真っ白だ。
いや、もしかしたら真っ暗なのかも。全ての感覚が遠くに感じるような、そんな感じだ。
ここは魔法界。人間界や科学界と呼ばれる世界と同じ地球だが、そこに重なるように存在している世界だ。今日は3月10日。北半球上級魔法学校の合格発表の日である。
「ない…」
エイチェルは呆然と突っ立っていた。
今時、アローポスティング(魔力を込めた矢に郵便物を届けさせるシステム)で合格通知を送る学校も多い中、この学校の合格発表は、不正防止のためらしいが実にアナログだ。学校入口の掲示板に貼り出される形式。そこに、自分の受験番号が無かったのだ。
周りを見渡すと喜んでいる人がどうしても目に付くが、そうでない人もいる。ともするとそうでない人の方が多いかもしれない。北半球上級魔法学校は難関と言われる学校だ。受かる人がいれば当然、落ちる人だって沢山いる。仕方がない。とにかく仕方がないのだ。うっすらとグリーンに偏光する、薄桃色をしたエイチェルの長い髪は、悲しみに揺れていた。
ふと、視界の端にものすごく淀んだ負のオーラを感じる。
座り込んだボーイッシュな女の子。ショートの髪は透き通るような水色で、普段ならばおそらく精悍で爽やかな顔立ちだろうと予想される。が、今はとにかく顔が死んでいる。絵に描いたようながっかりっぷりに、エイチェルは自分が落ちてがっかりしていたのを忘れてしまいそうだった。
『合格者の皆様は、連絡事項がございます。Aホールまでお集まりください。繰り返します。合格者の皆様は…』
アナウンスが流れはじめた。合格者らしき人達がちらほらと歩き始める中、エイチェルは動けずにいた。そうだ、思い出した。エイチェルは不合格なのだ。負のオーラを撒き散らしている彼女も、座り込んだままだ。
(あっ 目が合っちゃった!)
エイチェルが慌てて目を逸らそうとした時、彼女が口を開いた。
「…何? どうしたの? あんたは行かないの?」
「ぅわっ あ、あぁ… うん、ハイ…」
驚いてしどろもどろになるエイチェル。
「あんたも、落ちたの…?」
ずーん、と来ることを聞いてくる。言葉に出してしまうと、嫌でも自覚しなくてはならない。嫌だ… 嫌だけど… 事実だ。
「…はい、落ちました」
「…そう…」
二人を重い空気が押し潰し、しばし沈黙が続く。エイチェルは、そうかぁ、落ちたのかぁ、そうかぁ… と自分が発した声を心の中で反芻していた。
時間の感覚が分からない。ずいぶんそのまま沈黙していたような気がする。先に口を開いたのはボーイッシュな彼女の方だった。
「っあーーー! もう! しょうがないけど!! しょうがないけど!!! 結構自信あったのになぁ~!!!」
突然今までと違うトーンで話しはじめた彼女に、エイチェルは一瞬ビクッとしたが、おそらくこっちが素なのだろう。
エイチェルも答える。
「私も。自己採点した時は大丈夫そうだと思ったのになぁ」
「やっぱり? 何なのかね!? どれだけみんな高得点なのかね!? ハァ~~~ もぉーーーー!!!」
愚痴というのは不思議なものである。何の解決にもならないけれど、思い切りガッカリを吐き出してみると、心が少しだけ軽くなった気がした。
『成績上位者の皆様は至急、Bホールへお集まりください。繰り返します。成績上位者の皆様は…』
「あーーー まったく!! なんて私達に縁がないアナウンスなんだか」
「ふふ、本当だね…」
「ハァ、ここで止まっててもしょうがないし、帰るか~」
「そうだね、滑り止めに行くか、来年再チャレンジするかどうかとか、考えないとなぁ」
「確かに~。でも難しいって思うと、やっぱりまたチャレンジしたい気持ちが強いかなぁ」
くるり。水色の髪の彼女が、エイチェルの方へ向き直った。座り込んでいた時は気が付かなかったが、顔立ちがボーイッシュなだけではなく、背も結構高い女の子だ。
「ほんとに絶望してたけど、話ができてなんだか助かったよ。ありがとう。私、セリアル。あなたは?」
「エイチェルです。こちらこそ、ありがとう」
「この先また会えるか分からないけど、会えたらその時はよろしくね」
差し出された握手の手を取るエイチェル。
「そうだね、またどこかで。」
「あ、ちょっと、あなたたち!!」
呼び止めてきた人に、エイチェルは見覚えがあった。北半球上級魔法学校の教員、歌等を操る魔法音声学教室の有名な先生。すらりとしていて黒系の衣装でまとめている、マリア・シーラン先生だ。エイチェルは小さな頃から歌が好きだ。この先生に一度、学問として歌を習ってみたいものだった。
マリア先生は小走りでこちらにやってくる。
「あなたたち、ちょっと受験番号票を見せてくださいな」
「?」
「? 落ちてますけど…」
顔を見合わせつつもエイチェルとセリアルは番号票を差し出す。
差し出された番号票を1枚ずつ両手に持ち、きょろきょろと何度も確認するマリア先生。
「…やっぱり」
「えっ?」
「私達の番号がなにか…」
「もぉー!! 良かった、見つけたわ!! 早くこっちへ来て!!」
「??」
「??」
連れて来られたのは合格発表掲示板の隣の小さな掲示板。成績上位者と書かれている。
「あなたたち、なんとものを見落としているの!! よーくご覧なさい! うっかり屋さんね!!」
「あっ…!!!」
あった。エイチェルの番号があった。合格だったのだ。しかも成績上位者だったのだ。上位者の中では下の方、というか一番最後だったみたいだけど。
ふとセリアルの方を見たら、変な顔で震えている。どういうことだろうか。
「い… 一位だ…」
「えっ… ええぇーーー!! すごい!! すごいよセリアル、すごーーーい!!!」
セリアルは一位が取れるほど勉強していたのだから、それなりの手ごたえもあったのだろう。落ちたと思った時にはあれほど落ち込んでいたのも納得だ。安堵の表情でセリアルはへたりこんだ。
「あぁ~ なんか気が抜けちゃったよ~」
「まだ気が抜けるのは早いわよ! 成績上位者の招集に早く参加なさい!! あ、ちなみに我が校が第一志望でお間違えないかしら?」
「間違いないです!!」
二人揃って即答する様子を見て、マリア先生がポンと背中を押した。お互い顔を見合わせ、くすりと微笑むエイチェル。
エイチェルとセリアルは、先生と一緒にBホールへ向かった。
「そういえば先生」
セリアルがマリア先生に話しかける。
「どうして上位者だけあんな端っこの小さな掲示板だったんですか? その、ちょっと分かりにくかったというか… そのぉ…」
「今年は別の掲示物で押されちゃって、入りきらなかったのよ。でも他の上位者の学生は皆もう招集に来てるわよ」
別の掲示物とやらを小さい方に掲示してはダメだったんだろうか… と思いつつ、気づいていなかったのが自分たちだけと知り、苦笑いしながらまた顔を見合わせたエイチェルとセリアルであった。
北半球はもうすぐ春の始まり。膨らむ木々の芽が優しく二人を見守っていた。
15年以上前、私が中学生だった頃に、部活の友人とキャラクターを出し合って交換漫画を描いていました。まだ子供だった私達にはその交換漫画は長くは続かず、卒業したらそのまま放置に。でも、彼らはずーっと私の中に生きていて、そのまま消えてしまうのはとても寂しかったのです。社会人になり、ちゃんと座って絵を描く時間も無く、心に引っ掛かったまま。ならばちょっとした時間を使って文字で書き起こしてみようと思い立ったのがこれです。
もはや彼らは私の古くからの友人のような存在です。ネタは沢山湧いているのですが、何分少しずつしか進められないので遅筆になります。でも、今度はちゃんと形にしていきたいと思っています。
慣れないので、公開してからも誤字とか見つけてはちょいちょい修正しますが、ご容赦願います。
エイチェル
セリアル(落ちたと思ってしょんぼりの図)