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【第0話】プロローグ
「魔法でポン」
エイチェル・セプターは、幼かったあの日に母がくれたその言葉が大好きだった。
今思えば、意味があるんだか無いんだか。ポンって一体なんなんだろう。
でも、悲しい時、辛い時、誰かに寄り添いたい時。いつも心の中で唱えると、エイチェルを励ましてくれる言葉なのだ。
「ほら見てエイチェル、泣かないで」
エイチェルの手のひらに、ちょこんと乗せられた光るセミ。そのセミは、セプター家のシンボルである歌うセミである。
「魔法でポン!」
母の掛け声と共にセミはエイチェルの手のひらから飛び立ち、コロコロと心地よい鈴のような歌声を響かせる。宝石の粉のような光をまき散らしながらエイチェルの鼻先をかすめ、しばらく飛び回ったあと空へ消えて行った。
きらめきが残るその姿と歌声を、エイチェルはずっと、忘れない。