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夢を見放して就職活動を始めた女の複雑な記録

作者: SaCky

楽しそうに歌っているミュージシャンをみると胸が締め付けられる。藝大生を見かけると自分には持てなかった才能を羨ましく思う。世の中という狭い箱の中に閉じこもる為のレールをきちんと歩いている自分の弱さや努力不足に鉛を呑まされているような鈍い痛みと後悔と屈辱を感じる。番宣の為に出演したバラエティ番組でふらふら中途半端なトークを芸人に守られる「若手女優」に殺意が湧く。勘当されてもアルバイトひとつで夢を手にしたという俳優の記事を見ては自己否定の金槌に打たれる。お前にできるわけがない、厳しい道のりだぞという「正しい」大人の意見を、全身で上げた金切り声で殺してしまいたくなる。真面目すぎた私はそれに対抗出来る大人にならなければと「楽しい」を「義務」に変えてしまったから。苦しい。無邪気に笑って見せても、潜在意識は感じている。私にはもっとやりたいことがあるのに。ステージの照明を浴びる役者のほっとしたような表情を見る度、体の芯がからっぽになって涙が引き出される。お前の努力不足だと言われているようだ。大学の四年間、真剣に頑張れば今頃就職活動をしなくてもいいくらいのレベルにだって持っていけたはずだ。そもそも大学進学だって、逃げの選択ではなかったのか?選択肢を広げるためと大人は言うけれど、あなたはやりたいことを心から追いかけたことがあるのか。

いきなり踊れとか歌えとか言われない就職活動の面接はオーディションと比べるとやりやすかった。高校生の頃から自己PRと志望動機と歌やらダンスやら即興劇やらセリフ読みやら、オーディションを受けてきた私にとって、言葉の奥に見える人となりで判断される方が安心できる部分があったからだ。なぜなら表現を通して「私」を見られたら、そこにあるのは不安しかないから。なんて情けないんだろう。あんなに楽しくて仕方なかったストレッチや筋トレも義務でしかなくなった。映画や舞台も「勉強」の為にお金を出した。言語化の訓練のためにつけていた観劇後の感想ノートは億劫でたまらなくなった。それでも「プロ」になるならと。

今、私には自己表現を通して手にするお金がない。生活ができない。アルバイトをしながら追い掛けるのに充分なメンタリティと体力は、正直なかった。一世一代で挑んだ大手劇団のオーディションには、そんな不安や心配や否定感から満足出来るパフォーマンスが出来ず、落とされた。演出の方が、脚本の方が向いているよ。数年間浴びせられてきたそんな言葉達が急に現実味を帯びてくる。

就職活動をしている方が精神安定しているなんて、情けなかった。結局私は世の中からあぶれるのを恐れている。お金がないのを恐れている。お金を貯めたら好きなことをやろうと誓っている。ホントに?

まだ「私が手にしたかったものを手にしている」人たちへの憎悪と屈辱は消えない。自己否定も消えない。完璧であろうとする自分の影を追いやるのに精一杯だけど、もう少し、もう少し離れた孤島の世界で踏ん張ってみれば、また少しずつ新しい橋がかかると思っている。本島に着く頃には五十を過ぎているかもしれない。そこで活躍している無邪気な若さに嫉妬するかもしれない。若くして大成できなかった自分のセンスに愕然とするかもしれない。傷つくのが怖い。泣きたくもない。嫌われたくもないし、怒られたくもない。プライドを踏みにじられたくない。大きな顔をしていたいと思っているこの小さな小さな己を脱皮させるのに神様は私を遠回りさせている。美しい蝶になった時、ようやく私の人生は始まるのだろう。だから今、どうしても諦められない見え隠れした心残りが胸に存在しているまでは、そこに私があるべき理由が存在しているということだから、一旦小休止した後にまた頑張ろう。そう誓っている。


小さいかな、私の未熟な精神が追いかける大きな夢を自分が応援してやらないでどうするのだと思うのだ。


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