117話 強者の余裕
「先程まで俺を殺すつもりでいたのに戦いを止めるだと?」
「あんたを見て気が変わったのさ、私は気分屋だからね。」
獣人の女性は再び酒瓶から酒を呷る。
片手には酒の入った杯を持っているのだが、そちらは櫓に渡す分らしい。
しかしここで戦いを止めると言われて、はい分かりましたと納得出来ない者がいる。
「ふざけるな貴様、報酬分の仕事をすると言っておきながら戦いを止めるだと!?ふざけた事を言ってないでさっさとこいつを殺せ!?」
領主は獣人の女性に怒り喚き散らしている。
「なら依頼料は全額返金してやろうじゃないか、それなら文句ないだろう?最もあんたはもう直ぐお縄に着くんだし、あまり意味無いとは思うけどね。」
獣人の女性はケタケタ笑いながら金が入っているであろう袋を領主の前に投げる。
「依頼放棄など認められるか!?そもそも腕が立つからと売り込んできたのは貴様だろうが!?」
「善行だろうと悪行だろうと、面白そうだから首を突っ込んだだけさ。でも後から現れた兄ちゃんを見たら、こっちと付き合って行った方が楽しいと確信しちまったからね。」
「そこの領主じゃないが、俺も簡単には信じれないな。」
つい数分前まで自分の事を殺す気でいた相手が急に戦いを止めて酒を飲もうなどと提案してきて疑わない訳はない。
「やれやれ信用を得るのは難しいからね、取り敢えずはこれで様子見してくれないかい?」
そう言って獣人の女性が先程と同じ様に、一瞬で領主の後ろに回り込み、手刀で意識を刈り取る。
櫓は一挙手一投足を見逃すまいとしっかり見ていたため、今回は何が起こったのか分かった。
獣人の女性は特に何もしていなく、単純に目で追えない程の速度で移動しただけなのだ。
「警戒を緩めるつもりは無いが、一応は納得しておこう。」
「おや?思ったより話せるじゃないか、ほらあんたも飲みなよ。」
獣人の女性は杯を差し出してくる。
「さっきまで敵だった奴の差し出す物を口に入れられるわけ無いだろ、毒が盛られてるかもしれないしな。」
「そんな事しないって、酒が勿体無いじゃないか。」
そう言って杯に入っている酒を飲み干す。
そして新たに酒瓶から酒を注いで差し出してくる。
「大丈夫だったろ?」
「悪いが遠慮する、酒はあまり好きでなくてな。」
櫓はまだ十八歳で元の世界では未成年だった。
しかしこちらの世界では十六歳からは成人扱いされるので、櫓の歳でも酒を飲むことが出来る。
前にロジックにいた頃、味見程度に飲んだ事があるが美味しいと思えずそれっきり飲んでいない。
「あんた人生の半分は損してるよ。」
獣人の女性は美味そうに杯の酒を飲んでいく。
こうして見ていると唯の酔っ払いにしか見えない。
「それよりあんた何者だ?先程からの身のこなし、相当な手練れだろ?」
「買い被り過ぎさ、私は唯のフリーの用心棒をしているだけ。あ!そう言えば名前をまだ言ってなかったね、私の名前はハイヌって言うんだ、あんたは?」
「東城 櫓だ。」
「東城?珍しい名前をしているね。」
「そっちは家名だな、名前は櫓の方だ。」
「なるほど櫓か、良い名前だね。」
「自己紹介なんてどうだっていいがこれからどうするんだ?」
身のこなしだけでもシルヴィーやクロードよりも強そうだと感じさせられ、自分でも敵うかどうか分からないため、ハイヌとの戦闘はなるべく避けたいと考えていた。
「取り敢えずは普段通り気楽な旅を続けるさ、あんたが見逃せないって言うんなら戦うしかないかもしれないけどね。」
「戦意のない相手にわざわざ戦いを仕掛けようとは思わない。それにせっかく見逃してくれるって言うんだ、好意に甘えておかないとな。」
「ふふふっ、あんた長生きしそうだね。なら犯罪に加担した悪者は退散させてもらおうかな、また何処かで会えたら今度はゆっくり食事でもしよう。」
ハイヌはその場で身体が霞むように消えて居なくなった。
謎の多い者だったが選択を間違わなければ敵対はしなさそうである。
「さて本来の目的に戻るか。」
領主と騎士二名を引きずって部屋から出ると、ネオンが座り込んでお疲れの様だが戦っていた男は倒し終えていた。
冒険者の女の子が倒れている者を順番に縛ってくれている。
二階を任せたシルヴィーとミズナ、一階を任せたメリーと藍もそれぞれ無事で、敵は全て倒し終えていた。
捕縛関係を皆に任せて人質を探すことにする。
女性が多く捕まっているだろうとネオンにも付いてきてもらう。
透視の魔眼で屋敷の中を見渡すがそれらしき者は見つからなかったが、地下に人が大分いる様だ。
暗くて判断が難しいが廊下の灯りに人影が見える。
「地下への通路はこの部屋に繋がっているな。」
「何かの仕掛けで開く仕組みですかね?」
ネオンと一緒に色々触って調べていたが中々見つからない。
「て言うか場所は分かってるんだから、わざわざ仕掛けなんか気にする必要ないか。」
そう言って階段の上の床に魔装した足を振り下ろして、強引に入り口を作る。
「荒っぽいですね。」
「領主はどうせ捕まるんだしいいだろ、人命救助が優先ってことで。」
地下への階段を降りて行くと長い通路があり、左右に大量の檻があった。
「暗くて分かりづらいな。」
「灯りとかってありますか?」
櫓はボックスリングからランタンを取り出して辺りを照らす。
すると檻の中に囚われている人達が見えてきて、急いで目を逸らし階段の方を見る。
檻の中にいる女性達は半裸に近い服装の者ばかりだったのだ。
「うわあああああ櫓様、見ちゃだめですううううう!?」
ネオンは檻の中の状態を見て慌てふためいている。
「よく見ろ、ちゃんと階段の方を向いている。代わりにさっさと解放してやってくれ。」
そう言ってネオンに幾らか羽織る布を渡してやった。
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