99話 重度の風呂好き
魔王であるレイクサーペントのソウガから、魔法都市マギカルの近くに魔王がいると言う情報を得た櫓達は、魔法都市マギカルを目指してリシェス湖を旅立った。
二日ほど馬車で走ったくらいに、五大都市程ではないが大きめな街が見えて来たので立ち寄る事にした。
「身分証の提示をお願いします。」
街の入り口で警備をしている者に呼び止められて、ミズナが尋ねられた。
「ご主人身分証・・・。」
小窓をノックして櫓に伝える。
ミズナは冒険者登録もしていないので、身分証など持っていない。
奴隷なども含めて主人に仕えたりしている者は、身分証がなくとも主人が身分を証明出来れば問題ない。
「冒険者カードでいいか?」
櫓は馬車から降りて警備員にカードを渡しながら尋ねる。
「はい、構いませんよ、少々お待ち下さい。」
櫓から受け取った冒険者カードを見ながら、持っていた紙に書き込んでいる。
五大都市程厳重なチェックはしていないが、街への出入りした者の特徴などを記録する程度はしている。
「お待たせいたしました、冒険者カードお返しします。」
「少し尋ねたいんだが、馬車を止められる大きめの宿とかってあるか?」
馬車はボックスリングに仕舞う事ももちろん出来るが、一日三回も風呂に入るパーティーメンバーがいるので、出しっ放しにしておける宿の方が楽で良いだろうと考えたためだ。
「ありますよ、大通りを真っ直ぐ進んでいただくと、右手に見えてきます。少し高級な宿でも良いのなら、更に真っ直ぐ進んでいただくと、フレーヌと言う看板のかかった宿が見えてきますのでそちらへ。」
「了解した、ありがとな。」
礼を言ってミズナの隣の御者台に乗り込む。
「フレーヌと言う宿に行こう、真っ直ぐらしいから通行人に気を付けて進んでくれ。」
「分かった・・・。」
ミズナは馬をゆっくり歩かせて大通りを進んでいく。
それなりに大きな街のため人も多く賑わっている。
「宿に泊まるんですか櫓様?」
ネオンが小窓を開けて、馬車の中から聞いてくる。
「ああ、ずっと馬車で寝泊まりしてきたから、たまには広々とした宿でゆっくりするのも良いと思ってな。」
「良いですね、どれくらい滞在します?」
「最近戦いばかりだったし、次も魔王との戦いが待っているかもしれない。休める時に休みたいし一週間くらいを考えているけど、皆で話し合って決めよう。」
「私は賛成です、武器や防具なども少し見ておきたいので。」
ネオンの装備はロジックで買った安物である。
逆によくそんな装備で今まで戦えてきたと思えるほどだ。
しかし既にかなり痛んできている状態なので、この機会に全て買い換えようと考えていた。
櫓達のパーティーは、金には当分困らないほど稼いでいる。
既に馬車は完成したので個人で稼いだお金に関しては自分の物とし、パーティーで稼いだお金は全員に均等に配分しようと櫓はしたのだが、何かと便利な魔法道具を作ることの出来る櫓は、その素材などを買うのにもお金がかかるだろうと、パーティーの稼いだお金も全て櫓の取り分で構わないとネオンとシルヴィーに言われた。
ミズナはお金に興味がなく、代わりに美味しい食べ物を与えてくれればいいと言っていた。
しかし櫓は流石に申し訳ないので、何か大きい買い物があった時は、そこから出すと言うことで二人に納得してもらった。
「そう言えばシルヴィーはまだ上がらないのか?」
「まだ入っていますね、いつもの事ですよ。」
「上がってくる前に宿に着いてしまうんだがな。」
現在は昼下りであったがシルヴィーはお風呂に入っている。
既に入浴してから一時間は軽く経過しており、まだ上がってくる気配はない。
「高級宿と言ってもお風呂は無いでしょうから、結局シルヴィー様は馬車の中にいる事も多そうですよね。」
「確かな、まあ気に入ってくれてるから作った甲斐はあったってもんだ。」
それから暫く街の様子を楽しみながら進んでいくと、フレーヌと言う看板が下がった建物が見えてくる。
櫓は馬車での移動中に暇を持て余していたので、この世界の字を勉強して、読み書きをついにマスターしていた。
「ご主人目的地・・・。」
「中々良さそうな宿だな。」
ギラギラとした派手さなどはなく、落ち着いた雰囲気の作りだが、建築に良い素材を使っているのか高級感が伝わってくる。
「いらっしゃい、うちのお客さんって事で良いんだよね?」
宿の前で掃き掃除をしていた櫓と同い年くらいの女の子が話しかけてくる。
宿の制服に身を包んだ、茶色の短髪で童顔な可愛い女の子である。
元気があっていかにも看板娘と言った感じだ。
「ああ、四人なんだが部屋に空きはあるか?」
ミズナは精霊の腕輪に入って過ごすことが多いが、一人分わざわざ渋るほどでもない。
「一人部屋は全部埋まってるから、二人部屋でも良ければ二つ空いてるよ。」
「そうか、なら取り敢えず馬車を入れても良いか?」
「うん、こっちだよ。」
女の子が案内してくれた馬車置き場に馬車を止める。
「ネオン、宿に着いたからいい加減上がれって言ってきてくれ。」
小声でネオンに伝えてシルヴィーを呼びに行かせる。
「了解です。」
まさか一人は馬車の中で風呂に入っているから、三人で手続きをするなどと言えるはずもなく、ネオンに伝えてもらう。
もしそんな事を言ってしまえば、様々な者に目を付けられて、外観をあまり弄らずに普通の馬車の見た目にした意味が無くなってしまう。
ちなみにミズナに行かせないのは、またあの悲劇を繰り返すことになるかもしれないためだ。
そしてネオンが馬車の中に消えて三分が経過するが未だ音沙汰はない。
「お連れの人遅いね?」
「あーそうだな、あっ、それよりこの街に来たのは初めてで質問があるんだが・・。」
シルヴィーが風呂から上がって着替え終わるまでの間、世間話をしてなんとか誤魔化す櫓だった。
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