92話 櫓ピンチ
「ワシは魔物じゃから、唯のタコだと思って油断せんほうがええぞ?」
腕組みしていた手を解いて戦う構えを取る。
「俺のスキルが発動しないのはお前の仕業か。」
「わざわざ教えてやる義理もあるまいて。」
タコ型の魔物と対峙した今も雷帝のスキルの使用を試しているが発動する気配はない。
そして相手の情報を得ようと神眼のスキルを発動させようとするがこちらも無反応である。
(スキルの発動が全く出来なくなってるな、敵のスキルか?厄介な相手であることは間違いないみたいだ。)
この現象はスキルが使えなくなった直後に現れたことから、十中八九タコ型の魔物のせいだろう。
「スキルが使えないなら魔法だ、我が魔力を糧とし・・。」
「悠長に詠唱を待つ気はないでな。」
地面を蹴り詠唱中の櫓との距離を詰める。
魔法使いが最も苦手とする詠唱中に近接戦に持ち込もうと言うのだ。
「多固脚殴打!」
櫓との距離を詰めその場で軽くジャンプして、八本の足全てを使い連続で殴り続けるタコ型の魔物。
八本全ての足が魔装され、鈍器で殴りつけられたような重さが櫓を襲う。
「くっ!?」
思わず後ろに飛んで距離を開ける。
魔装して防御力を高めたとは言え鈍い痛みが全身を襲っている。
「魔法は使えるみたいだがその隙は与えてくれないということか。」
「スキルや魔法に頼ってきた人間ほど、使えなくなった時は脆いものよのお。」
「確かにな、俺にも当てはまることだろう。」
櫓はこの世界に来てから、日常生活で何かあれば神眼のスキルから様々な魔眼を選択して使い、戦闘では火力や速度の上乗せや遠距離にも使える雷帝のスキルを使い、何か欲しい物があれば錬金術の名人によって作り出すなど、スキルを使わない日などない。
それほど便利な物であり、生きていく上では欠かせない物となっている。
「それでも頼らないと戦えない訳ではないぞ。」
しかし元いた世界には魔法もスキルも存在しなかったので、何かしたいことがあれば学び鍛錬し己の糧とするしかなかった。
剣術や武術も幼い日から学んで、毎日鍛錬を重ね、そして自分の糧としてきたのだ。
「そう息巻く輩は大勢見てきたわい。発言ではなく行動で示してみるんじゃな。」
タコ型の魔物は油断なく構えている。
「そうさせてもらおう。」
櫓は持っていた霊刀をボックスリングに収納する。
「別に遠慮せずに武器を使って良いんじゃぞ?」
「たまには体術同士と言うのも面白いと思ってな。」
櫓は剣術も嫌いではないが、どちらかと言うと体術の方を好んでいる。
しかし全力で戦った経験は少ない。
元の世界では習っていた空手の道場で、師範以外の者とは一線を画していた。
そしてその師範さえも直ぐに追い越してしまい、身の回りには本気でぶつかれる相手はいなかった。
大柄のヤクザ風の男に絡まれた事もあったが、実力の半分も出さずに簡単に気絶させてしまった。
本気を出してしまえば簡単に殺してしまうので、師範にも力をしっかり抑える様にと常々言われていたほどだ。
そしてこちらの世界に来てからも、体術を扱う者との戦闘はまだ経験しておらず、そこらの魔物相手では本気など出さずに終わってしまう。
なので本気の体術での戦いの出来る相手を見て少しワクワクしていた。
「笑っておるか、これから命を落とすかもしれぬと言うのに。」
「こんな所で死ぬ訳にはいかないんだよ、一応頼み事をされてるんでな。」
「ほう?どんな頼み事じゃ?」
「勝負が付いたら教えてやるよ!」
今度は櫓がタコ型の魔物との距離を一気に詰めて拳の連打を叩き込む。
タコ型の魔物は四本足で立ち、残りの四本で櫓の拳を防ぎつつ攻撃を仕掛けてくる。
どうしても数で劣る分、相手よりも攻撃は届かず、攻撃を受ける回数は多い。
それでも一発の攻撃の重さは櫓の方が優っており、タコ型の魔物にもダメージは蓄積されている。
「おらっ!」
櫓の拳を足で防ぎつつも、その勢いに押されて無理やり後退させられる。
「まさかこれほど体術に長けているとは思わなんだ。」
「まだまだこれからだ。」
櫓は追撃とばかりに休む間もなく特攻する。
普段は慎重な櫓だが、相手の情報が分からない状況では全力で叩きのめす以外の選択肢はない。
ネオン達の方も巨大マーマンとの戦闘だけならば問題ないと思っているが、新手が何体も現れれば苦しい戦闘を強いられるだろう。
彼方からはマーマン達の奇声と激しい戦闘音がずっと響いてきているのだ。
自分の趣味と仲間の命、天秤にかけるまでもない事である。
なので戦いを楽しみたいと言う気持ちもあるが、なるべく早く合流したいと心の中で思い、全力の連打を受けても割と平然としているタコ型の魔物を見て、少しだけ焦ってしまった。
「はっ!」
先程と同じ様に殴り付けてきた櫓の手を、二つの足を使い絡め取り動きを止める。
「ちっ、離せ!」
逆の手も足で絡め取られて動かせなくなる。
その後に繰り出した足蹴りも止められてしまう。
「何を焦っておるか検討は付くが、攻撃が単調になってきておるぞ。」
「ぐあっ!?」
動きが止められた櫓の至近距離で顔目掛けて墨を掛けられた。
腕は拘束されているので防ぐ事もできず、顔中墨だらけである。
「普通の墨とは少し違うでな、擦った程度では落ちんぞ。」
腕を拘束したまま、その場で回転して櫓を投げ飛ばす。
「がはっ!?」
その勢いのまま木に叩きつけられ、背中に鈍い痛みが走る。
それでも直ぐに立ち上がり、腕で目を擦るが視界は全体的に暗くはっきりとは見えない。
「さてそろそろ終わりかのお?」
「まさかだろ、本番はこれからだ。」
櫓は良好ではない視界でタコ型の魔物を捉え、不適に笑いながら言った。
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