75話 団扇で飯テロ
旅立ちから三日目、今日も朝から馬車に揺られてルクトの村を目指していた。
ミズナが御者を自らやってくれるので、三人は馬車の中で寛いでいるだけでいい。
と言ってもミズナが実体化するには魔力が必要で、自前の魔力は回復に時間がかかるから使いたくないと言うので、櫓が毎回魔力を支払っていた。
それでも櫓は普通の人よりも魔力がかなり多いので、あまり気にならない。
女神が櫓の身体を弄った時に、魔力量をかなり多くしてしまった様であるが、櫓にとっては有難いので文句はない。
雑談したり本を読んで時間を潰していると、御者側の壁がコンコンとノックされる。
「どうした?」
御者側の壁に取り付けられている小窓を開けてミズナに尋ねる。
御者台は櫓達がいる場所と完全に分けられている。
そのため何か会話したい時や、軽いおやつなんかを作って渡す時などのために小窓を用意している。
「遠くに幾つか建物が見える・・・。」
「ルクトの村か、もう少し近づいたら馬車を降りて行こう。いきなり馬車で行ってしまえば驚かせるかも知れん。」
「分かった・・・。」
ネオンとシルヴィーに馬車を降りることを伝え、馬車が止まるのを待つ。
少しするとミズナが馬車の扉を開けて、おやすみと言って櫓の左腕に付けている腕輪に入る。
ミズナは馬車の御者をする時と食事時以外は眠いと言って腕輪の中で過ごしている。
「あれがルクトの村か。街はロジックしか見たことないからやはり小さいな。」
「五大都市を基準に比べるのはおかしいですわ。」
「私のいた村と同じくらいの大きさみたいです。」
「ネオンのいた村か、フックだったか?」
前にチラッと村の話をしていたのを思い出す。
「よく村の名前を覚えてましたね。」
「どこにあるんですの?」
「五大都市で言えば商業都市カルディアに近いですね。」
「それはここから近いのか?」
「かなり遠いですわね、中央都市の向こう側ですわ。」
「そうか、近いならネオンを両親に合わせてやりたかったんだがな。」
「気持ちだけで充分ですよ櫓様、ありがとうございます。」
「旅をしていれば行く機会もあるでしょうから、その時に立ち寄ればいいですわ。」
話をしているうちにルクトの村の入り口と思しき場所までくる。
見張りの衛兵などはいない様で、そこから村の中を見ても、まだ昼過ぎなのに人の姿が全く見えない。
「見張りどころか農業している人とかも全くいないな。」
「廃村なのでしょうか?」
「取り敢えず入ってみませんか?」
シルヴィーが村に入ったので二人も後に続く。
入り口から村の中心部あたりに来ても人の姿は見えない。
「誰もいないですね。」
「いや、人はいる。皆建物の中に隠れているだけだ。」
「その様ですわね、警戒されているのでしょうか?」
「お二人共よく分かりますね、って言われてみれば人の匂いがします。」
ネオンはクンクンと鼻を動かしている。
獣人は身体能力や五感が人間よりも優れているため嗅覚で人の匂いを察知できた。
「どうしましょうか?無理矢理家に押しかけるのも悪い気がしますよね?」
「害が無いことを示せれば良いのでしょうけれど?」
ネオンとシルヴィーが唸って考えている。
すると櫓がボックスリングから木で出来たテーブルの様な物を取り出し、その上に魔法道具の鉄板を置き熱をもたせる。
そして美味しかったからと言う理由で備蓄しておいたホーンボアの肉を串に刺し、塩胡椒で軽く味付けして鉄板の上に並べていく。
「何してるんですか櫓様?」
「肉を焼いてどうするんですの?」
「まあ黙って見ていろ。」
そう言うと櫓は団扇を取り出し、ホーンボアの串焼きをパタパタと仰ぐ。
櫓が使っている団扇は魔法道具で、匂いを操る効果を持っている。
櫓はよく料理をするため、食欲をそそる美味しい匂いを逃さず食べ物の周囲に留めておきたいた思い、そのためだけに作った魔法道具であった。
櫓は団扇を使い一軒の家目掛けて匂いを送っている。
ネオンとシルヴィーが何をしているんだと櫓を見ていたが、五分ほどするとその家の扉が勢いよくガラッと開けられる。
ダメよと言う大人の声が聞こえた後、扉から小さな女の子が櫓達の方に走ってくる。
「熱いから気を付けて食べろよ?」
女の子が辿り着くと同時に櫓は焼いていた串焼きを渡してあげる。
「はぐはぐモグモグモグ。」
「モグモグ・・・。」
女の子は奪い取る様に串焼きを受け取り、夢中でかぶり付いている。
何故か女の子の隣でミズナも串焼きを食べていたが、気にせずスルーしておく。
女の子が食べ終わったのを見て新しく串焼きを渡してあげると、そちらも夢中で食べている。
その後ミズナも櫓に向けて手を差し出して来たが無視しておく。
「凄い食べっぷりですね。」
「お腹が空いてらっしゃるのを知っていたんですの?」
「ここに来るまでに少し荒れている畑を見かけてな、満足に食べられてないのかと思ったんだが当たりだった様だ。」
先程人がいないか探している時に、荒らされた畑がチラッと見えていた。
櫓は夢中で食べている女の子の頭を撫でて、こちらの様子を家の中から伺っている者達に害が無いことを示しておく。
三本目の串焼きを渡した後に女の子が出て来た家から、女の子の母親らしき女性がおずおずと歩いて近づいてくる。
「この子の親か?」
「は、はいそうです。」
見たところ出会ったばかりの頃のネオン程ではないが、結構やつれている様だ。
「聞きたいことがあったんだが、取り敢えず食べるか?」
自分に差し出されたと今の話でどう勘違いしたのか、櫓の持っている串焼きに手を伸ばしてくるミズナの手をペシっと叩きながら、女の子の親に串焼きを差し出した。
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