72話 宝馬車
「じゃあ出発するか、この俺自信作の馬車に乗ってな。」
「見た目はシルヴィー様に頂いた時と変わらない様に見えますけど。」
ネオンは馬車の外観を見ながら言う。
ネオンもシルヴィーも櫓が馬車に相当な金をかけたことは知っている。
二人ともが馬車にそんなに金をかけなくてもと言っていたが、櫓は譲らなかった。
旅をしていて、毎日寝泊りできる宿などに辿り着ける訳もなく、普通であれば野宿が基本であろう。
そうなれば見張りを用意しなくてはいけなくなり、ゆっくり眠ったり、安心して眠ったりなど出来ない。
そう言った問題を無くすために、容易に屋敷を建てられるだけの金を馬車一台に注ぎ込んだのだ。
「いえ、外観だけでも差し上げた時と違う点はありますわ。」
「え?どこですか?」
「魔法が付与されているみたいですわ、そうですわよね?」
「流石だなシルヴィー、正解だ。馬車には重力魔法がかけられている。」
重力魔法により本来の馬車の重さを減らし、馬への負担を減らす事で、普通の馬車より早く長く走れる。
「全然分かりませんでした。」
「まだまだ修行が足りませんわよ。」
「外観は他にも色々あるが今発動しているのは重力魔法だけだな。取り敢えず馬車に乗るぞ、俺達が全員乗ったら走り出して良いからなミズナ。」
「わかった・・・。」
三人が馬車に乗り込み、ミズナはそれを確認すると手綱を使い馬を走らせる。
「すごい!広くなってますね!」
「空間魔法ですか、確かにこれはお金がかかりますわね。」
馬車に乗り込み前よりも広くなっていることに気づくネオンとシルヴィー。
元々この馬車は乗り込んだ場所が、六人が座れるくらいの六畳くらいのスペースであった。
それが今はその倍以上のスペースとなっていた。
当初の内装は影も形も無く、高価な魔法道具が沢山置かれていた。
「これほとんどが魔法道具ですか!?」
「馬車を宝物庫か何かと勘違いされていますの?」
二人は見たことも無い魔法道具の数々に驚かされているが、櫓にとっては馴染み深い物ばかりだ。
置かれている物の殆どは元の世界にいた時の物の見た目をしていた。
しかし性能は魔法を付与することにより、段違いである。
「取り敢えずこれらの道具がどう言うものか説明していくか。これから馬車の中で過ごす事も多くなるだろうしな。」
そう言って内装の説明に入る。
馬車内の温度変更はタッチパネルやリモコン操作で変更可能。
複数ある大きなソファベッドは回復魔法が付与されており、座った者を癒し、広げればベッドにもなり、座って寝たりしなくてもいい。
キッチンもあり、この世界にはない冷蔵庫や電子レンジなどの便利家電も勿論搭載されている。
「まあ大雑把だがこんなところか。」
「凄すぎて言葉が出ないですね。」
「確かにこれほどの魔法道具を揃えられるならば、野宿など論外ですわね。」
「分かってもらえて何よりだ。」
「それより櫓様そこの扉は何ですか?外にはなかった様に見えますけど。」
ネオンが指さした先には二つの扉があった。
馬車の外からでは、入ってきた入り口以外には窓はあったが扉などはなかった。
「まさかまだ空間魔法でスペースが存在しますの!?」
「そのまさかだ、これが無くては生きていけないからな。」
一つ目の扉を開くと、そこには洗面台や浴槽がある。
浴槽は一人様だが、足を伸ばしきれるくらい広く、シャワーまで付いている。
「これはまさかお風呂ですか?」
「拠点の様に広くはないですけれど、旅先でも毎日入れるなんて贅沢ですわね。」
「金は恐ろしいほどかかったけどな。」
風呂以外にもシャンプーやリンス、ボディーソープなどこの世界にはない細々とした付属品もしっかりと作り揃えてあるが、素材を揃えるのにかかった金は相当だった。
「ちなみにもう一つの扉はトイレな。」
こちらも拠点に作っていたので、洋式タイプだがネオンもシルヴィーも使用方法は分かっている。
そして女性陣二人からこの馬車で一番感謝されたのはトイレだった。
「最後に一番重要な所を説明しておくからよく聞けよ。」
そう言って最初の部屋に戻り、一つのテーブルに案内する。
「こいつがこの馬車の心臓と言ってもいい部分だ。」
櫓が示したテーブルの上には円筒形の物が一つ置かれており、その横には何も入っていない空箱と、右手の手形が描かれていた。
「なんですかこれ?」
「この筒にはメモリが書かれているのが見えるか?」
「零から百まで十刻みでメモリが振られていますわね。」
シルヴィーが円筒形の物を横から見て答える。
「それは魔力タンクだ。この馬車に使われている全ての魔法道具や機能に使う魔力はその筒から使われている。」
「なるほど、確かにほんとに少しずつですがゲージが減っていますね。」
「ああ、だから魔力に余裕のある者はそこの手形に右手を置いて魔力を流して補充するんだ、シルヴィーやってみろ。」
シルヴィーは言われた通りに右手を置き、魔力を流し込む。
すると五十くらいしかなかったゲージが八十近くまで回復した。
「ゲージが増えましたね。」
「この様にして馬車の機能は保たれるわけだ。」
「結構流し込みましたのに三十しか増えないのを見ると、相当の魔力を蓄えられる様ですわね。」
「何しろ使っている道具が多いからな。それとこの空箱は魔石や魔力玉を入れると勝手に魔力を吸収してゲージを増やしてくれるから、それも覚えておいてくれ。」
そう言ってボックスリングから魔石を取り出し空箱に入れて実演してみせる。
魔力タンクのゲージが少し増え、魔石はただの石になる。
「なるほど、私達の魔力を使わなくても済む訳ですね。」
「底ランクの魔物でも魔石回収が大事になってきますわね。」
「そう言う事だ。それと最後にこの馬車は外部から攻撃を受けると馬車に当たる前に魔力タンクから魔力を消費し、自動で障壁が展開され攻撃を防ぐ仕組みになっている。てことで魔力タンクだけはよく見るようにしてくれよ。」
「分かりました。」
「用意周到ですわね。」
「この馬車には金かけてるからな、簡単に壊されてはたまらん。」
馬車が壊れた瞬間かかった費用が全て吹き飛ぶと思うとゾッとする櫓だった。
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