313話 有能な部下
「ひっ!?」
突然目の前に現れたミスリルの刀に驚き、魔法使いの男が尻餅を付く。
後に続いていた女二人が櫓を睨み付けている。
「何のつもりかな〜?」
「さっきの話し聞いてなかったの?」
トレインパーティーの裏には貴族が付いている。
雇っている冒険者の為に動くかは分からないが、脅し文句としては効果的だろう。
しかし櫓に脅しは通用しない。
「聞いて判断した結果だ。お前達みたいな奴らに渡す気は無い。」
魔物をトレインして逃げていただけの者達に、櫓達が倒した魔物の所有権は無い。
逆に危険な行動をしたのだから、周りの冒険者にお詫びするのが普通なのである。
「強いだけの脳筋か?本当に貴族に敵対出来るのか試してやるよ。どうせ口だけだろ!」
リーダーの男が剣を抜き、櫓に斬り掛かってきた。
一般市民が貴族に敵対するなんて行為は普通であれば出来無い。
そう言った反乱が起きない為に、王侯貴族を守る法も存在するからだ。
更に権力者が地位を利用して、一般市民の一人や二人の人生を簡単に変える事が出来るのも、なんとなく察せる。
なのでリーダーの男も櫓が強がっているだけで、実際には何も出来無いと思い込んでいた。
その結果リーダーの男の腕が剣を握ったまま、宙を舞う事になる。
「は?」
「今のは正当防衛だ、満足したか?」
一瞬何が起こったのか分からなかった様だが、直後腕から噴き出す血飛沫と激痛で、自分の腕を櫓に斬り落とされた事を理解する。
「ぐわあああぁ!?い゛た゛い゛いいいぃ!?」
リーダーの男が激痛に叫びながら地面をのたうち回る。
涙や涎が溢れ出てきて酷い顔になっている。
大体予想は付くが権力の後ろ盾を行使し続けて、他の冒険者を脅してこれまでやってきたので、これ程の痛みを伴った事も無いのだろう。
斬り掛かってきた時の太刀筋も大した事は無く、周りの冒険者達が言っていた様に、九階層には相応しく無い実力だった。
「っ!?ちょっと、何したか分かってるんでしょうね!」
「貴様、我々のリーダーをよくも!」
剣士の女とタンクの男が櫓を見て言う。
魔法使いの男は光魔法で治療にあたっており、弓使いの女も傷口を布で縛っている。
「先程自分達のリーダーが言っていた言葉を忘れたのか?冒険者ならば何が起きても自己責任だ。取る行動は慎重に選ばなければ、直ぐに命を落とす事になるぞ?」
櫓は暗にこのまま向かってくるならば同じ目に遭わせると言っている。
周りが迷惑しているパーティーであり、魔物のトレインを続けさせたら犠牲者が少なからず現れるのは目に見えている。
貴族に雇われているからといって、何でもしていい訳では無い。
他の者達だと貴族の後ろ盾を恐れて言う事が出来無い様なので、代わりに身を持って分からせてやる事にした。
「くっ。」
先程の魔物達を一斉に倒した事で、自分達では相手にもならない事は理解しているのだろう。
得物は構えているが向かってはこない。
「櫓様がやるなら私も参戦していいですよね。」
「この程度ご主人様が出るまでもありません。」
様子を伺っていたネオンとカナタだが、既に櫓が手を出してしまったので前に出てきた。
櫓に対しての言動から、二人共も相当腹に据えかねている様だ。
「はぁはぁ、貴様、絶対に許さねえぞ!」
治療を終えたリーダーの男が腕を押さえながら立ち上がって言う。
治療と言っても傷口を塞いで止血しただけなので、腕が元通りになった訳では無い。
「まだやるか?お前達程度ではとても倒せないぞ。」
櫓一人でも余裕で相手出来るのに、ネオンとカナタもやる気なのだ。
戦いにすらならない戦力差である。
「直接殺してやりたいが、魔物で勘弁してやる!せいぜい足掻くんだな、全員やれ!」
リーダーの男が指示を出すとトレインパーティーの面々が、懐から取り出した拳大の球体を周りにばら撒く。
球体は地面に落ちると割れて、怪しい色の煙を発している。
煙の色は黒とピンクの二種類だ。
「吸うな、口元を隠せ!」
櫓が直ぐに指示を出したが何人かの冒険者は吸ってしまっていた。
そして煙の効果を確認する為に神眼のスキルで調査の魔眼を選択して、冒険者達を視る。
すると状態の欄に、黒の煙を吸い込んだ者は誘惑、ピンクの煙を吸い込んだ者は睡眠と記載されていた。
誘惑は魔物を誘き寄せる効果を持ち、睡眠は急激な睡魔に襲われて眠りに付く効果を持っている。
そして睡眠状態の者はバタバタとその場に倒れていく。
「ちっ、厄介な事をしてくれた。」
中には両方の煙を吸い込んだ者達もおり、このままでは無防備に寝ているところを魔物達に襲われる事になる。
そうなれば間違い無く命を落とす事になるだろう。
そして混乱に乗じてトレインパーティーは既にいなくなっていた。
階段が近いので八階層に上がって逃げたのだろう。
「クロード居るか?」
櫓が呼び掛けると直ぐに目の前に姿を表す。
部下のフレアとサリーも同じく頭を下げている。
「はっ、逃げた者達はお任せを。」
「ああ、頼んだ。」
状況は把握しており櫓が指示を出すまでも無く、トレインパーティーの後を追って階段を登っていった。
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