290話 やっとの思い
「と言う事があったのだ。」
魔王クラメはネオンと出会った時の事を話し聞かせてくれた。
魔王として、獣人の子供を魔物から助けたと言う出来事を、あまり公にしたくは無いのだろう。
「あの時は本当に有り難う御座いました。ずっと会ってお礼が言いたかったんです。」
ネオンが幼い頃から思っていた事がやっと叶った。
本人も面と向かってやっと言う事が出来たと満足げな表情をしている。
「気にするな、自分でもよく分かっていない気紛れの行動なのだからな。」
魔王クラメとしてはお礼を言われても、実感が湧かない。
何故自分が助けたかも未だに理解していないので当然である。
「それで失敗の記憶とは何の事だ?」
気紛れの行動についてはネオンを助けた事だと話しから理解出来たが、もう一つの件については語られていない。
「記憶を消し忘れた事だ。」
「記憶を?」
「私は魔王だからな。人類に顔や姿を覚えられると面倒なのだ。」
失敗と言うのは、幼いネオンを助けた時に姿を見られてしまった事だった。
其の時の記憶を消し忘れたので、ネオンは魔王クラメの姿を幼いながらに覚えてしまった事になる。
人間側の認識としては、魔王や魔物は人類の敵であると言う考えが一般的だ。
故に強力な力を持つ魔王の情報は、冒険者ギルドで管理と共有をされて、国中に広まる事になる。
そうなれば力を持つ魔王でも、厄介な実力者達に付け狙われる事になるので、面倒事が増えるのだ。
そうならない為にもネオンの記憶を消しておく必要があった。
「成る程な、咄嗟に助けた事に気を取られて、頭が回らなかったって事か。」
自分で助けた理由が分からず困惑していて、記憶を消すと言う事が頭から抜け落ちていた。
「否定はしない。気が付いたのも随分時が経ってからだったからな。再び村を訪れた時には、既に居なくなっていた。」
「多分奴隷として身売りしたからでしょうね。」
村の近くで暫く待機したのだが、ネオンの姿は確認出来無かったと言う。
理由は家にお金を入れる為に、ネオンが自ら奴隷商人に身売りしたからだった。
「すれ違いになったと言う事か。」
「でもお陰でこうして覚えていられたんですから、私は良かったです!」
記憶を消されなかった事で、命の恩人の事を忘れずに済んだネオンは嬉しそうである。
「確かにネオンのお陰で初めて魔王クラメと対面した時、命拾いした様なものだからな。改めて俺からも、あの時は早とちりして済まなかった。」
櫓は魔王クラメに向かって頭を下げる。
初めて魔王クラメの魔力を感じた時、仲間達が危険だと言う思いしか浮かんでこなかった。
なので魔王クラメが言う事に耳を貸さずに全力で戦ってしまい、後少しで命を落とすところだったのだ。
ネオンが仲裁に入ってくれたので助かったが、記憶を消されていれば違った結末もあり得た。
「人間はつまらない事をよく覚えているものだ。」
「人間ってのはそう言うものだ。」
「まあいい、これで用は済んだか?」
魔王クラメとしては魔王リンガルの魔石が手に入ったので、長居する必要が無い。
仕方無く約束通り、話しをしているだけだ。
「未だ済んで無いです。クラメ様、私達の仲間になって下さい!」
ネオンは笑顔で手を差し出す。
前に魔王クラメと出会った時に、謝罪に加えて仲間にも誘いたいと言っていたからだろう。
「却下だ。次の用を早く言え。」
魔王クラメはネオンの言葉を即座に一蹴して、櫓の方を向き次を促す。
「な、何でですか!?」
ネオンは断られた事に対して、少し涙目になりながら不満を口にする。
「何をふざけた事を言っている。魔王である私が貴様達人類と手を組めだと?正気の沙汰とは思えん。」
魔王クラメの実力は相当高いので、即戦力に間違いは無い
しかし人類の敵である魔王と行動を共にしていれば、周りの反応は予想出来る。
人間側には魔王は敵だと言う根強い意識が付いてしまっている。
魔王クラメや魔王ソウガの様に、好んで人間を殺す魔王ばかりでは無いのを櫓達は知っているが、そんな事を知っているのは一部の者だけだろう。
「でも・・・。」
ネオンが困った様に振り向いてくる。
そう言われてしまえば返す言葉が思い付かないのだろう。
「仲間と言う形では無く、協力関係と言う形では如何ですか?」
ネオンに助け舟を出す為にシルヴィーが提案する。
「協力関係だと?」
「はい、我々の目的は幸いにも近しい様に感じられます。同じ魔王を目的としていますから。ですが協力関係もクラメさんの真の目的次第ですけれど。」
シルヴィーは魔王クラメの目的次第では協力関係を築いてもいいと考えていた。
「魔石を得て強くなり、何をするかと言う事か?安心しろ、お前達人類に牙を向ける為では無い。こうして今も悠長に語り合っているのが証拠だ。」
実際魔王クラメと二回出会って、櫓達に向かって自ら攻撃を仕掛けてきた事は無い。
加えて毎回争っているのは魔王や魔物とである。
「其の点については信じている。俺も協力関係を築きたいと思っている。」
「協力関係になって私に何のメリットがある?」
魔王クラメの返答として、櫓はボックスリングからとある物を取り出した。
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