287話 消し去りたい記憶
直ぐ近くに魔王リンガルが落下してきて、地面を赤く染める。
調査の魔眼で確認したが、魔王クラメの一撃で絶命していた。
魔王クラメは魔石を色々な角度で見ながら、ゆっくりと降下してきている。
離れた場所からでも分かる程、魔石は高品質で大量の魔力を秘めているのが分かる。
ランクの高い魔物を倒す程魔石の質は上がっていくので、ほぼ最高品質と言える程の魔石だ。
「感謝するぞ人族。普通に戦っても勝てたが、苦戦はしたはずだからな。」
魔王クラメは魔法で空中に水球を作り出し、血肉が付着した腕と魔石を洗っていく。
魔王リンガルの死体には興味が無い様で、魔石しか見ていない。
「この死体はどうするんだ?」
「私には必要無い。欲しければ持っていけ。」
櫓にも使い道は特に考え付かないが、貴重な魔王の死体なのでボックスリングの中に回収はしておく。
「ほう、便利な物を持っているな。収納機能付きの魔法道具か。」
魔王リンガルの死体が消えた事によって、魔法道具の方に興味を示してきた。
魔石から視線を外して、櫓の腕に付けてあるボックスリングを見ている。
人間だけで無く魔王にとっても便利な道具である事には変わりない様である。
「欲しいのか?劣化版でよければ譲ってもいいが、その前に幾つか聞きたい事がある。」
「先程も言っていたな。いいだろう、魔石の礼に付き合ってやろう。」
先程の約束は覚えていた様だ。
魔物の中では人間と交わした約束など律儀に守る方が少ないだろうが、櫓達の実力を目の当たりにして、戦うよりも話し合いで穏便に済ませた方がいいと判断したのかもしれない。
魔王クラメの了承が出たところで、後ろの方から駆け足で近付いてくる音が聞こえる。
「し、質問があります!」
ネオンが魔王クラメの前まできて、緊張した様子で話し掛ける。
シルヴィーとリュンも後を追ってきており、ゴブリンの大軍は全て倒し終えた様だ。
「なんだ獣人の小娘。」
「昔、獣人達が暮らすフックの村の近くにある森の中で、魔物に襲われている小さな子供を助けた事がありますよね?」
その小さな子供と言うのはネオンの幼少期だ。
魔物に囲まれて助けてくれる者もいない絶望的な状況だった。
だが突然現れた魔王クラメが魔物を全て倒してくれたお陰で、ネオンは助かったのだ。
「知らん、人違いだろう。」
しかし魔王クラメはネオンの質問を一蹴する。
「嘘です、以前私達と出会った時に見逃してくれたじゃないですか!」
魔法都市マギカルに向かう途中のオーガが大量発生していた森で、櫓達一行は魔王クラメと出会っていた。
櫓が危険な魔王だと勘違いして、話しを聞かずに攻撃を仕掛け続けた。
現場にネオンが到着して、其れを魔王クラメが確認すると去っていったのだ。
あと少しネオンが遅れて来ていれば、櫓は殺されていたかもしれなかった。
「人族と戦う気が無かっただけだ。」
前に出会った時も魔王クラメは櫓に向けて言っていた。
魔王であるのに人間では無く魔王や魔物を襲うのは、魔王リンガルが言っていた魔喰らいの魔王と言う言葉が関係しているかもしれない。
「それは違うな。早とちりをした俺のせいで、お前は俺を殺すつもりになっていた。だがネオンが姿を表した途端に戦意も殺意も消え失せ、その場から立ち去った。」
ネオンが到着する直前まで、魔王クラメからは感じた事の無い程の殺気を浴びせられていた。
死の予感はあったが仲間の為に引く事は出来無かったので、その時の事はよく覚えている。
「本当に覚えていないのですか?」
「・・・。」
魔王クラメはついに否定する事無く黙ってしまう。
「誤魔化す理由は分からないが、ネオンはお前に再び出会って礼をしたいと、ずっと思いながら生きてきたんだ。覚えているなら隠さないでほしいんだが?」
ネオンが櫓に命を救ってもらい、残りの人生を櫓と共に過ごす為に使おうと思ったのとは別に、ただ一つだけ小さな頃から抱いていた心残りだったのだ。
幼少期に終わる筈だった自分の命を救ってくれた者に、例え其れが人類の敵である魔王だったとしても、再び出会ってあの時のお礼をしたいとずっと思っていた。
「はぁ、十年以上も前の事を覚えているとは、呆れた小娘だな。」
魔王クラメが降参とばかりに溜め息混じりに呟いた。
その言葉は幼少期のネオンの事を覚えていると言っている。
「やっぱり覚えているんですね!」
ネオンは顔を輝かせて言う。
魔法都市マギカルの近くで出会った時には、お礼を言う暇も無かったので、再び出会えたのと幼少期の時の事を覚えてくれていたのが嬉しかったのだろう。
「なんで誤魔化そうとしたんだ?」
「我ながら間の抜けた事をした記憶だったので、消し去りたかったのだ。気紛れの行動と失敗の記憶をな。」
魔王クラメは嫌そうにしながらも過去の事について語ってくれた。
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